第15話 ディープブルー・スプリング(1)
「……なんというか、二人とも全然女の子っぽくないよね」
ハルの言葉に、僕と霜田さんは弁当をほおばりながら振り向いた。
「なにやつ」
頬を膨らましていた張本人をごくりと飲み込んでから聞く霜田さん。そういえば面識なかったっけ。
「あ、あたしはハルだよ。クラスメイトの、伊東ハル。よろしく、霜田さん」
「……よろしく」
なんか姉妹みたいでいいな……。僕は微笑ましげに見て。
「というわけで、本題だけど」
「ちょっと待って、なんでしれっと僕たちの間に入ってきてるの」
今日も校門の前のベンチでランチ。霜田さんが誘ってくれたのだ。それなのになんで呼ばれてもいないはずのハルがいるのかな。
「シキと一緒にいたいからに決まってるでしょ」
「そんな恋人じゃあるまいし」
ただ幼馴染というだけでこんな恋人面されても……うん、普通に重い。なんかめっちゃ重たい。
僕は諦めるようにため息を吐いた。
「それで、本題とは何なのだ」
見た目通りの高い声に似合わない文語体口調でせかしてくる霜田さん。ハルは微笑んで。
「いや、二人とも女の子っぽくないな、と思って」
なんでさ。僕は精一杯周囲の女子に擬態していたつもりだが。そりゃ頭を撫でられたりとかはするけど。
「例えば、弁当箱とか。アルマイトの箱なんて、いまどき誰も使っちゃいないよ?」
「失礼な!」
ここにいるじゃないか。ほとんど装飾のない銀色の四角い武骨な箱を持ってその中に無造作に詰められた白米を掻きこむ高校生が一人。僕である。
そりゃ女の子っぽくないと言えばそうだけど!
「それに、何段も重ねられた装飾過多重量過多豪華絢爛な重箱弁当を一人で抱え込んであまつさえほぼ一瞬で完食なんて、もはや人間業じゃないよ!?」
そりゃ精霊ですもの。人間じゃないんですもの。胃袋もきっと人間のそれとは全然違うのだろう。
……というか霜田さんもう完食してたんだ!?
「けぷ」
これは確かに人間にできる業じゃねーわ。並の精霊でも怪しいかもしれん。少なくとも僕は無理だ。
可愛らしく息を吐く霜田さんに、ほんの少しだけ畏敬の念を抱いた。
余談はおいとくとして。
「というか、その女の子らしさって何なのさ」
僕は疑問を呈した。
「ん~……女の子って感じ?」
「ごめん、全然わからん」
ふわっとしすぎだ。霜田さんのほうを向いてみても。
「理解不能。……申し訳ない」
首を横に振るばかりだった。
「なんというか、かわいいとかそういう感じ。わかるかな」
「それでわかんないからこうして問い詰められてるんだろ僕らは」
頭を抱えているハル。僕も白米を口の中に放り込んで、弁当箱の蓋をする。黒いゴムバンドで蓋が外れないように縛って。
「ごちそうさまでした」
「……律儀」
「そうかな。当たり前にやってるつもりだったけど」
「そういうところ女子力あると思うよ、シキ」
おや、また新しい言葉が。
「女子力とは」
「女の子っぽさ的な!」
「えぇ……」
またしても理解不能。僕はため息を吐いて聞いた。
「結局、その女の子っぽさって何なのさ」
「ぶっちゃけわかんないっ! ……この会話デジャヴじゃん」
ハルにすがすがしいほどの笑顔でツッコまれ、僕は頭を抱えた。
「女の子っぽさっていったい何なんだ……」
ズンドコベロンチョか何かなのか……そこまで頭を働かせていると、肩をポンと叩かれる。
「……別に、なんだっていいのではないだろうか。その『女の子っぽさ』というものは」
霜田さんは言った。
自分たちは女の子っぽくなくたっていいじゃないか、別にステレオタイプに固執する必要なんてないじゃないか、私たちは私たちのままでいればいいじゃないか、と。
「確かにそうかも」
「霜田さんいいこと言うじゃない!」
僕らは笑った。確かにあんまり気にしなくてもいいじゃないか。僕は僕のままでいいんじゃないか。そんな結論に達した。
……果たしてその『僕』とは一体何なのか、というのは考えたらきりがないのだけれども。
「というわけでさ、三人で名前で呼び合ったりとかしない?」
「どういうわけだよ」
話のつながりがあんまり見えてこない急展開だ。
「でもいいと思わない? 霜田さんも」
呼ばれた霜田さんは、少しだけ目を逸らして、もじもじして、数秒ののちに意を決するように言葉を発する。
「良いと、思う。ハル…………シキ……」
とんでもなく緊張したようで、彼女はうつむいた。
「わわ、大丈夫? しも……」
「ふ、フユ、である。……私だけに呼ばせたのでは、不公平ではないだろうか……」
「……フユちゃん、大丈夫?」
ハルが聞くと、霜田さん――もとい、フユはこくりとうなづいた。
「問題は、ない。それよりも……」
顔を真っ赤にして、僕を見つめるフユ。これはもしや。
「……フユ?」
呼んでみると、彼女はさらに顔を赤くして、また少しぎこちなく笑った。
「……こういうのに、憧れを抱いていたのだ。礼を言う。……ハル、シキ」
その笑顔に、今日の会話のすべてを取られたのだった。
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