第14話 精霊ティーパーティ(4)
そのとき、大気は凍てついた。
急低下した気温。空気中の水分はが霜となって、視界を白く染め上げる。
凍り付く世界。ただ一人、突然天空から舞い降りた一人の精霊だけが、その場を支配する。
「空を裂け、シグルドリーヴァ」
動きの止まった眼前の怪物。その胸部が、一撃で切り裂かれて。
黒く染まった、水晶玉のようなものが、切り口から出現する。
――もしかして、これは精霊のコアと同じもの、だろうか。
精霊は、コアが破壊されない限り死なない。ならば、コアが破壊されれば。
つじつまが合う。最初にアキちゃんと会ったとき、魚介人類に後ろから刺されて消えかかっていた。
もしも、このカマキリが同じ性質を示すのならば。
一か八かだけど、勝ち目が見えた。
瞬間、火炎が僕を巻き込む。硬直が解ける。
……礼は後で言おう。
一瞬が勝負だ。敵の身体が修復される、その前に。
僕は大きなアイスピックを出す。
そして、跳躍。獲物を振り上げ――。
そのコアに突き刺した。
ひび割れるその球体。シンクロするように、修復されかかっていた怪物の黒い身体に、白いひびが広がっていき。
僕は悟る。
「ビンゴだ」
そして、音を立てて、球体は割れた。
悲鳴。それとともに、怪物の身体は形を保てなくなって崩れ落ちていく。
僕は落下し、土の地面に尻から着地する。
終わった……。
座りながら息を吐く僕に、差し伸べられた小さな手。
「……大丈夫か?」
「ああ……うん。助かったよ、クイーン」
ふふん、と笑う少女。憑き物が取れたみたいなすがすがしい笑顔だ。
僕はその手を取って、立ち上がり。
少女は息を吸ってオーディンのほうを向いた。
「わしは魚介人類陣営を代表して、精霊への惨殺行為を謝罪し、今後一切、精霊への襲撃を禁じさせるとともに……魚介人類と精霊との友好関係を望みたい」
「理由は?」
「……わしの、新たな理想――誰も傷つかない世界の構築のため、じゃ」
瞳を輝かせて語られるそれは、荒唐無稽な少女の夢。
「理想はあくまで理想じゃ。きっと、そうやすやすと実現できはせぬ。けれど、いつか誰も戦わなくていい世界ができるならば、誰も傷つかずに、誰も殺されたりせずに生きていけるならば……そんな世界を、わしは見てみたいのじゃ」
「ふふ、いかにも幼い考えね。でも……一考する価値はあるわ」
オーディンは笑った。笑って、少女に手を差し出す。
「今夜はうちに泊まりなさい。停戦条約についての会談よ」
そんな様子を横目に、僕は周りを見渡して、探す。さっき僕らの窮地を救い出した白い髪の女の子。
「……なにを探している」
「うわ!?」
背後から制服姿のさっきの少女――よく見たら、学校で同じクラスだった霜田さんだ――が、僕の背後から話しかけていた。
「なにを」
「わかった! わかったから! 探してたの君だから!!」
そう言ってみたら、霜田さんは目を真ん丸にした。
「何故?」
「い、いや……なんで僕らを助けたのかなって」
言うと、彼女は息を吸って。
「気配である。私の能力は見たことのある精霊の能力を一部使用できる能力。そのうち『悪意を感じる』能力によって、感知した悪意の気配の位置を探り」
それはもう長い長い説明であった。
要約すると。
まず、悪意を感じる能力で感じた悪意をたどって戦闘中の僕らを発見。いくつかの精霊の能力を活用して、僕らをサポートしたということらしい。
「って、それはいきさつだろ……。そもそもなんで僕らに加勢しようとしたんだい?」
「……人類の、救済」
なんかものすごいことを言い出した……。
軽くドン引きする僕に、また背後から声。
「つまりは人助けってことよ」
「でじゃぶっ!?」
勢いをつけて振りかえると、ゴンっと鈍い音。
眼前には、鼻血を垂らして白目をむくオーディン。というかウズさん。
……振り向いた拍子に顔がぶつかっただけでこうはならんやろ。いやなっとるやろがい。
そのままぶっ倒れるウズさん。え、まじ?
「その精霊は身体があまりにも脆かったのである」
「説明はいいからっ! 早く何とかしないと……」
あたふたしている僕の足を、ウズさんは最期の力でつかんだ。
「……あし、た……生徒会室に……きな、さ……」
がくっ。彼女はそこで力尽きた。
「ウズさぁぁぁぁん!!」
『何の茶番ですかこれ』
僕の中で、アキちゃんが静かにあきれていた。
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