第12話 精霊ティーパーティ(2)


「……これで役者はそろったみたいですね」

 何故か妙に若い女の子たちからモテモテだった……なんとなくデジャヴを感じたシーンから数分後。

 僕らはテーブルについていた。

「そうデスねー、オーディンさま」

 そう「にへらっ」と屈託なく笑うのはバルドル。そのオレンジの髪をしたギャルに、隣の青みがかった黒髪ぱっつんのいかにも優等生めいた少女、ニョルズが「少しは落ち着きなさい」とたしなめる。

「で、本日の議題はなにかしら?」

「見慣れない顔がいますけど~」

 言って僕の方に顔を向けたのは、緑色のウェーブがかかった髪が特徴のゆるふわ系女子、フレイ。……さっきの乱痴気騒ぎにはいなかったらしい。

「この子は、新しい……いや、もう一人のスクルドというべきかな。あのちっさいのと融合してスクルドの力を手にした人間さ」

 ボーイッシュな水色ショートヘアのウルの説明に、場は凍り付いた。

「ゆ、融合って」

「それって、あの禁忌の?」

「失敗したら死んじゃうやつデース?」

「そう、それだ。彼女は死ぬかもしれない禁忌を犯し、生き残ったんだ」

 沈黙。ただ、沈黙。数秒の沈黙。長い長い数秒の果てに、やっと口を開いたのはオーディンだった。

「今日の議題は、スクルドの処遇。あと、魚介人類への対処よ」


 処遇。僕と、アキちゃんの。

「確かに。仮にも、禁忌を犯しちゃったんだから。罰を受けなくてはならないわね」

 ニョルズの言葉に、僕は不覚にも頷いてしまった。禁忌を破るということの意味くらいはわかっているつもりだ。

「なにか、言い訳はあるかしら?」

 オーディンはアキ――スクルドを見据えて、問い詰め。


「ほう、ならば、なぜ精霊が存在するのかということも、聞いてみたいのぉ」


 幼い声が、響き渡った。その場の全員がガタリと席を立った。

 次の瞬間だ。温室の天井が破壊されたのは。

「ははははは! 覚悟せよ、精霊たちよ!!」

 巨大な火球。それが空中に浮かんでいた。この温室を、それどころか、この広い屋敷全部を余裕で燃やし尽くしてしまえそうな程の大きさと火力を有しているような火の玉が、空に浮かんでいたのだ。

「我は、精霊を殺すもの。魚介人類の女王(クイーン)じゃ……!」

 言葉と同時に地上に舞い降りたのは、女王というにはあまりに小さい女の子。

 紫色のツインテールをふわりと揺らし地上に降り立った彼女の藤色の鋭い眼光は、僕らへの殺意に満ちていた。

「オーディンよ。我を呼んだこと、後悔するがいい。この場の全員が殺されることになったのはお前のせいなのだから」

「……どういうことだい?」

 長く誰もしゃべっていなかった中、ようやく口を開いたのはウル。翡翠色の瞳を半眼にし、疑う。

「敵を知るのは、大切なことですもの」

「そんなことで死にたくないデース……」

 バルドルの不安げな言葉に、オーディンは微笑。

「あなたたちは死なない。死なせないわ。絶対に」

「いいや、殺す。世界のために……ッ!」

 憎しみをぶつける少女に、オーディンは語りかけた。

「世界。あなたにとって、世界って何?」

 哲学的な問いだ。僕も一言で答えられは――いや、するけどさ。でも、僕がおかしいことはわかってるつもりだ。普通はこんな問いに答えられまい。

 まして、目の前の少女にこたえられるはずもなかった。

「……世界が滅びる前に、精霊を滅ぼさなきゃ」

「答えになっていないわ。それに、その理論なら最終的に自分も死んじゃうわよ」

 その言葉は、魚介人類のクイーンと名乗る彼女が、人でも、まして魚介人類でもない、彼女が滅ぼそうとしていた存在そのものであったことを周囲に悟らせ。

 その精霊は叫んだ。

「いい! そんなこと、世界の前には、わた……わしの命なんて、どうでも!」

 論点をずらして、答えるべきことから逃げている。それが丸わかりだった。

「その、命を投げうってまで守るべき世界って何? 身近な人? 大事な場所? 地球? それとも宇宙?」

「……わかんない。わかるわけないじゃんっ!」

 叫んだ少女。火球が、僕らの命を刈り取らんと動き出す。ゆっくりと、しかし確実に。

「はは、みんな、みんな死んじゃえば! 世界は……世界、は……っ!」

「あなたの言う世界は、どうなるの?」

 優し気に問われる少女。しかし、怒りをにじませたその声色に、幼い精霊は一筋の涙を落して。

「すく、われる。救われる、から――」

 見上げたその先の障壁に、声が枯れるほどに叫んだ。

「邪魔を……するなァァァァァ!!]

 僕の作った『最強のバリア』。この程度の火にはびくともしない、何物をも寄せ付けない完全防御。

「これが、人間と融合した精霊の力……」

 驚愕する精霊たちに、僕は当然のことだろうと少しだけ胸を張った。“想像で何でもできる”能力、それがスクルドなのだから。

「僕は、この力で僕の世界を守っているだけさ。君の邪魔をしてるつもりはない」

 世界。僕にとっての世界は、と聞かれたら真っ先にこう答える。

 自分にとって大切な人たちこそが僕の「守るべき世界」なのだと。それを悟ったのもつい最近だけれど、覆す気は全くない。

 慢心かもしれないけど。

「これが、僕の戦う理由だから」

「き、さま……ッ!」

 力を強めたところで、無駄だ。

 そう思えていたのは数秒前までだった。

 ガラスの割れるような音が響く。

 一瞬、なにが起こったのかを理解できなかった。

「割れた……?」

 誰かが口にした。訝しんだ。この現象を。

 割れた。最強のバリアが。火球も同時に、跡形もなく消滅。空の攻防は第三者の介入によって不本意にも決す。

 誰だ。

 推察する前に。

「避けてっ!」

 オーディンの叫び。混乱する精霊たちの直上に黒い影。

 飛来したのはカマキリ。しかし、常識で知るモノよりそれは何十倍、何百倍も大きい、黒い影のような姿。

 その怪物は、人を丸呑みにしてなお余りあるほどのあまりに巨大な顎を力強く開き、カマを振り上げて、本来発しないはずの雄たけびを上げた。

[キシャァァァァァァ!]

 この生物が人間であるはずがない。明らかな異形だ。

 また、魚介人類であるはずがない。そうであったならば統率者たるクイーンが知らないはずはない。

 かといって精霊であるはずもない。そうでなければ、オーディンが首を振って恐怖したりはしないだろう。


 未知の敵。誰も知らない化け物が、僕らを襲う。

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