第11話 精霊ティーパーティ(1)


 それは、はじめて学校に行った翌日のことである。

「お茶会?」

 僕が口にしたその言葉に、目の前の少女はこくりとうなづいた。

「そうです。お茶会」

「お茶会、か……え、ドレスコードとかあるの?」

「まず気にするところがそれですか。まあ、ないと言えばウソになりますけど」

「うわー……堅苦しいの嫌い……」

 うなだれた僕の肩にアキちゃんは手を置いて。

「でも、今日はなにがなんでも行ってもらいますよ、お姉ちゃん」

 真面目な顔してそんなことを言う。

「……なんでだい?」

「精霊の重要な会議だからです。……魚介人類がらみとか、あと私たちのこととかが議題らしいので」

「あ、そういう。……確かにその中心人物がいなきゃおかしいか……」

 どうやら、僕とアキちゃんは精霊たちの中でもレアなケースらしく、長年精霊と敵対していた魚介人類への切り札になりえる……らしい。よくはわからないが。

 実際に魚介人類と戦って勝てたのは未だ僕たちだけらしいということもあって。

「制服でいいですから」

「……どーせだったらドレス着たかったかも」

 ため息を吐いて、冗談を言いながら、僕は寝間着兼部屋着の中学ジャージを脱いだのだった。


 何故僕らは魚介人類と戦っているのだろう。

 そんなことをふと思ったのは、下町から高級住宅街への境となる踏切を超えた時のことだった。

 僕が戦う理由は、大切な人たち――たとえばハルとかアキちゃんとかを守るため。

 これから会う精霊たちは魚介人類に襲われ数を減らしているという。

 ならば、魚介人類が精霊を襲う理由はなんだ?

 精霊が世界を壊すからだと、以前倒した鯖人間は話していた。アキちゃん自身もそれを承知しているような素振りをしていた。

 そうだ、すべては噛み合っている。噛み合ってる、ように見える。想像力と推理力の足りない僕から見れば、だが。

 しかし、僕は残念に思うのだ。

 彼らも出てこなければ戦う必要もなかったのに。精霊や人間を襲ったりしなければ、殺されずに済んだのに。

 最初の戦いでは虫けらとしか思っていなかったその生物に涙があると知って、死にたくないと願うことも知って。

 堂々巡りのまま、精霊か魚介人類が殺されあう。どちらも死ぬことが怖いはずなのに、どちらか片方は確実に――。

 ああ、その運命のなんと悲しいことか。

 戦わずに済めば、それが一番いい。そのはずなのに。

 もういっそ、もっと大きな敵でも出てこないものか。魚介人類と協力せざるを得ないような状況でも、訪れないものか……。そう、不謹慎ながらも夢想した。

 ツンっとわずかに耳鳴りがした。

「どうしました、お姉ちゃん」

「いや、なんでもないよ。行こう」

 僕らはただ、目的の場所まで足を進めた。


「……ここでいいの?」

「そのはず、ですが」

 古き良き高級住宅街。和風な感じのお屋敷が多いこの地域には珍しい、ひときわ大きな洋風のお屋敷。

 その巨大な門の前。僕らに近寄る一人のメイド……違う、警備員……いや、門番。

「なんの用でしょうか」

「これ、なのですが」

 そう言って、アキちゃんが上着のポケットから取り出した一枚の紙。

 それを見ると、門番警備員メイドは血相を変えた。

「は、はい。わかりました。ではご案内いたします」

 いいのかなこれ。返してもらった紙をたたんでポケットにしまいなおすアキちゃんと青ざめた顔のメイドさんを見て少しだけ罪悪感を覚えつつ。

 僕らが案内されたのは、温室だった。

「うわ……おんなのひといっぱい……」

 花園の中に美しい華が咲き誇る。

 それはまさに典型的なティーパーティ。洋風のお茶会の光景であった。

「……あら、ご苦労ねアン。下がっていいわ」

「はい。失礼します」

 案内してくれたメイドさんが門番の仕事に戻っていくのを見て、それからこの屋敷の主と思しき女性、周りの光景を見比べて。

「ねえ、やっぱりドレス着てきた方がよかった気がするんだけど」

 女子高生の制服は完全にアウェーだった。ちなみにアキちゃんのほうは少し上品なワンピースだ。

「ですかね……不勉強なあまりに……」

「いえ、大丈夫よ。お気楽に楽しんでちょうだいね、お嬢さん」

 その声に少しびくりとして振り返ると。

「ふふ、可愛らしい反応ね。あなたが……シキさん?」

「は、はい。あなたは?」

 答えると、彼女はドレスの裾を軽く持ち上げた。

「はじめまして。この屋敷の主にしてこのお茶会の主催者、ウズ・アルフォズル・ハーヴィと申します。ウズ、とお呼びください」

 たしか、カーテシーと言うんだったか。それがとても様になっていた。まさに典型的な、ドレスの似合うお嬢様、といった雰囲気の美少女。

 ウズさん、僕とは正反対だ……。軽い自己嫌悪をしつつ。

「ど、どうも。僕、来宮シキと申します……。よ、よろしく。ウズさん」

「よろしく。……あなたも、久しぶりね」

 軽くあしらわれ、次に彼女が見たのは、僕の隣にいる少女。

「はい。お久しぶりです、オーディン」

「その呼び方は久しぶりに聞くわね、スクルド」

 ……どういうことかわからないが、きっと古くからの知り合いなのだろう。

 それにしても、スクルドって……。

「お姉ちゃん。精霊同士は能力名で呼び合う習わしがあってですね……」

「え、能力名? ナニソレ」

「そこからですか……」

 アキちゃんはため息を吐いた。

 精霊というのは一人一人に特殊な能力が宿っていて、その特殊能力の名前が能力名らしい。

「ちなみに、わたしたちの能力名は『戦乙女(ヴァルキリー)・未来編纂(スクルド)』です」

「そんなかっこいい名前がついてたんだねこの力」

 ヴァルキリーとかめちゃくちゃカッコイイ。なんかよくわからないけど僕の中の男の子な部分がひどく興奮したのは確かである。

「それで、スクルド」

 一息おいて、話しかけてきたのはオーディンことウズさん。アキちゃんに、鋭い視線を向けて。

「……なんで人間と融合なんてしたの?」

 いきなり核心を突く質問をした。

「能力向上のため、です。それによって、魚介人類と対等以上に渡り合うことができるようになりました」

「そう。……しかし、よりにもよって『スクルド』がそれやるとは……すごく危ないと思うのだけれども」

「……」

 アキちゃんが無言で僕のスカートのすそを引っ張る。

「あ、うん。行こう? ……ごめんなさい。答えたくないみたいで」

「いいのよ。できれば聞きたかったところだけれども」

 少しだけ雰囲気が険悪になりそうだったところに、一つの声。

「なーに辛気臭い顔してるんデース! 折角のTea Party、楽しまないとデス! ネ、オーディンさまっ! そこのキミたちも!」

 知らない女の子に手を取られる僕とウズさん。そして僕の制服のスカートをつかんで離さない我が妹……ちょ、やめてくれない!? スカートめくれるから! スパッツ履いてるから下着は見えないんだけどさ!

 顔を真っ赤にした僕。……あれ、ほかの精霊たちが集まってきてるような。ちょ、待って! かわいがらないで! もみくちゃにしないでよぉ!! 嬉しいけど嬉しくないよこんなの! 嬉しいけど!! あばばばばばば……

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