Lyydia

§ § §




私はリュ-。

リュ-ディア・キルシ・ヴェテライネン。


公爵令嬢でありながら、王族由来の金髪を受け継がなかった、みそっかす。

手入れをされた艶やかな髪は、それでも意味嫌われた赤。大地と空の色が混じる神秘的な瞳も、呪いのようだと気味悪がられた。


親は、疎まれている子を時に厳しく、しかし甘やかした。

私は真っ直ぐ育ちすぎて、表裏が無さすぎる性格は、他人の誤解を産み続けた。

私には、何処か欠陥があるんだろう。しかし、それは家庭環境のせいではない。


私には、出来た姉がいる。

姉は才色兼備で女らしい。芯は強いが表には出さず、それでも弱いところはあるはずなのにそれすら隠す。私にはそんなこと出来ないから、いつも尊敬している。姉は隣国イピロスの王弟に嫁ぎ、しっかりと王弟を支えてる。

その姉がいたからだろう、第二王子には立派な女性をと、私に白羽の矢がたった。姉の出来が良いと妹は苦労する。


出会った王子は秀麗だが、ときめなかった。第二王子は見目がよくても中身が嫌いだった。

「好きなら出来るだろう」「俺が好きじゃないと乗り越えられないぞ」、それが彼の口癖。

好き嫌い以前に私はやるべきことはやるだけだ。苦手なものすら王子からのサポートはなく、克服していくしかなかった。

結果、彼は出来ないことすべて、私に押し付けた。


彼は恋愛脳で、私にはあわなかった。その苦手意識からか、あまり男性にときめかなくなっていた。

「人を愛したことがないんじゃない?」、王妃様からそういわれると、自分が欠陥品であると感じた。

たぶん私は恋などできない。それは悟った。恋愛脳になれないのだ。なれないなりに考えた。

恋愛できなくても、家族を、人を大切に出来る。

父や親族なら、大切にしてこれた。そう思って、私は彼を家族と思って接することにした。

そう、弟。

私には手のかかる弟達がいたから、弟だ。


ある程度の作法や教養を身に着けた私に、王子は「頭の固い女はモテないぞ」「もっと魅力ある女になれないのか」「女に学があっても仕方ないな」、と罵詈雑言を浴びせた。

男は身勝手な生き物だと知って、飲み込むしか出来なかった。


第二王子の婚約者となった頃には、私は人に表裏があることを知って、それなりには対処していた。しかし、不器用で表情はまだ隠すことになれてないから、上手く隠せなかった。

何を言っているのか分からない私は、世の中にはこんなひどいことを言う人間がいるのだと勉強した。そして、今度はもっと上手くやろうと、少しずつ慣らしていった。

幸い社交界はそういう場所だ。嫌でも慣れていく。


あれはいつのパーティだったか。

幼い頃に友人だったご令嬢が、控え室で壁の花になっていた。

私が忙しくなって会えなくなっていたが、久しぶりに彼女を見かけ、懐かしさと嬉しさを味わう暇すら与えられなかったのを覚えている。






「あの子、まだ婚約が決まってないのよ」


ブルネットの巻き髪をゆらし、ベーラ候爵夫人が扇で口許を覆う。


「まあ。あの年で婚約できないとなれば、モーリス子爵夫人と一緒になってしまうわ。あの方、今は未婚でしょう?」

「貧乏伯爵だから、誰も気にかけてくれないの?可哀そうだわ。誰か紹介してあげましょうよ」


ブルネットに続き、ショートカットの子爵夫人とショートボブの男爵令嬢が便乗する。


「あら、リュ-ディア様」

「ごきげんよう皆様。今日はこちらにお集まりでしたのね」

「嫌ですわ、リュ-ディア様。まるで私たちが、ねえ」

「そうですわ。誤解ですわ」


リュ-ディア様をのけ者にしてるみたいな言い方だと、子爵夫人と男爵令嬢が肩を寄せ合う。

二人はそそくさとリュ-ディアと距離をとって、侯爵夫人のそばに控えた。

そして先ほどの話の続きとばかりに、きゃっきゃと声を弾ませた。


「あの子自身、問題があるのよ」


扇をぱちん、と閉じて、ベーラ候爵夫人がちらと、壁の伯爵令嬢を一瞥した。

壁の彼女が僅かに身じろぎしたことで、リュ-ディアは彼女が聞こえていると確信した。

夫人は少しも小声ではなかったのだ。周囲に聞こえるように、彼女にはギリギリ聞こえるかもしれない程度に声を調整している。

彼女達は、ここがパーティ会場でないこと、男性の目がないことをよく理解していた。


「この前のパーティのことも、貴方の優しさに気づいてなくて、調子に乗って断っていたじゃない」

「まあ、何を断ったの?」


候爵夫人は男爵令嬢に問う。大袈裟に、子爵夫人は男爵令嬢をうかがう。

もったいぶるように何も言わないようにしていた男爵令嬢は、たっぷり二秒ほどためて、そこまで言うなら言わないとしょうがない、と言いにくそうに口を開いた。


「確か招待状を任されていたから手伝ってあげようと思ったのです。100人もいる招待客を一人で裁くなんて大変でしょう?でも、一人で良いって」

「まあひどい」

「でしょう?」


男爵令嬢の話に聞き耳を立てていた令嬢達が集まって、加勢する。


「なら、一人にしてあげましょうよ。強いお方なのよ」

「だあれもお友だちがいないなんて、私には考えられませんわ」

「まあ、一人でされるの。よっぽどお出来に成るのだわ。ついでに私の会場調整の仕事もやってもらおうかしら。だって招待状がお一人で出来るのだもの。お譲りしたいですわ」


止めの子爵令嬢の声は、高らかに控え室に響く。控え室には、騎士さえ居ないのだ。誰も止めるものがいない。

だが、それだけでは終わらない。


「それは良い考えですわ。所詮目立ちたいだけでしょう?叶えて差し上げましょうよ」

「やだわ、お可哀想よ。出来もしないのにやりたがって、惨めな姿をみせるなんて」

「勇気があるわ。私なら出来ないわ」

「リュ-ディア様もそう思うでしょう?黙ってらっしゃらないで。まさかあの子と友達な訳でもないでしょう?」


ついにリュ-ディアに指名があり、いたたまれなくなった壁の伯爵令嬢は控え室から走り去っていく。

リューディアは、何も言えなかった。

底意地の悪い笑い声が控え室に響く。


「あらあら。みっともない。みました?あの顔。おかしいったら。能力もないのに調子に乗っている人、私嫌いなのよ。あの子、生意気だわ」

「子爵夫人は、彼女と何かあったのですか」


子爵夫人は、彼女に何の恨みがあるのだろう。そう思ってリュ-ディアは聞いた。

途端、リュ-ディアに子爵夫人は目を剥いた。すごい形相で睨み付ける子爵夫人に、リュ-ディアは表情を変えないよう取り繕った。


今の話だって、男爵令嬢が伯爵令嬢に少し冷たくされただけで、彼女がどうこうされたわけではない。

しかも、一介の男爵令嬢が、伯爵令嬢に話しかけるのは無礼だ。身分が上のものから声をかけられて、それで話せるというのに、今の話だと、男爵令嬢は明らかに礼儀を怠っている。

彼女は、伯爵。子爵より身分が上だ。いくらでも子爵夫人を貶められるのに、そうしない。

その理由は、ここをしきる侯爵夫人のせいだ。

侯爵夫人は公爵令嬢であるリュ-ディアすら、配下同然に扱う。

それは、侯爵夫人の娘が現在の王妃だからだ。


追い出された伯爵令嬢はそもそも子爵夫人に何か出来るほど器用な人ではないし、他人を嫌って何かを仕掛けるような好戦的な人でもない。

きっと子爵夫人にとって気に入らないことがあるんだろう。それが逆恨みなのか何なのか、リュ-ディアには理解不能だ。


「あなた、いじめっこでしょう」


ベーラ侯爵夫人は、リューディアを見据え、子爵夫人を自分の背に庇った。


「折角良くなった空気が台無しだわ、止しましょう。悪口は醜いですし、何も産み出しませんもの」

「それもそうですわね。さすがベーラ様はお優しいわ。あら、その指輪、今流行りのローグのものではなくて?」


目障りな攻撃対象がいなくなって、子爵夫人は候爵夫人にすり寄った。


「ええ。夫が今日つけていきなさいって」

「まあ、羨ましい。いつも仲睦まじくて。私とは違いますわ」

「そうかしら」

「そうですわ。それにすごくお優しい紳士で素敵な旦那様。夫人にぴったりですわ」


子爵夫人がゴマをするのは、侯爵夫人の夫が、自分の夫の上司だからだ。この先の夫の昇進が、上司の機嫌を損ねて叶わないなど、あり得ない。

子爵夫人は夫が嫌いだが、楽な暮らしのために一肌でもいくらでも脱ぐのだ。


「あら、あなたの旦那様、ヴァリス子爵は仕事がお出来になって、今度書記官長になられると聞きましたわ」

「ええ。急に仕事が増えて、眠れなくって。でも、夫も喜んでおりますわ」


子爵夫人は、ほころぶような笑みを隠しているつもりらしい。それは侯爵夫人のつてのお陰で手にいれたものだと、分かるものには分かる。もちろん侯爵夫人は子爵令嬢の意図を明確に汲み取って、満足げに頷いた。


「いけませんわ。睡眠不足はお肌の大敵ですわよ」

「モーリス子爵夫人も、最近お肌の調子がお悪いみたい。やっぱり人手が足りないっていう噂は本当なのね」


ヴァリス子爵夫人は、次にモーリス夫人を名指しした。彼女は離縁によって実家に戻っている。

それを攻撃しようという意図を、男爵令嬢はきちんと汲み取った。


「ほら、お世話する人が増えたといいますから。うちの従僕をつかいにやろうか、訊いてみましょうか」


彼女たちの標的がどんどん移り変わっていくのを、リュ-ディアは、ただみているだけしか出来なかった。







王位継承一位の婚約者とはいえ、寵愛もされていない。頭の固い女にすぎない私は、老獪な権力の巣窟に立ち向かうことが出来なかった。

ヴェテライネンの家しか後ろ楯がない、その家に迷惑をかけることを恐れた私のふがいなさだ。


私は友達に駆け寄ることも出来なかった。

醜聞になるようなことは、出来ないのだ。彼女たちは私を追い落とすつもりで、この話題を出したのだと知っている。

だから、私はなにも出来なかった。出来るだけの能力がないのだ。すれば家に迷惑がかかる。

昔の友が困っていると知って、そのままにすることはつらかった。だが、何もできなかった私に、彼女の心配をすることはおこがましいといえた。


彼女が死んだと聞いたとき、その小さな絶望は私の心を蝕んだ。


ベーラ侯爵夫人は「まあ、何があったのかしら。変わった考えをする子だったから、分からないわ」といって、標的を変えていくだけだった。

子爵夫人は「常識がなかったし、そうなりますよね。冗談も通じないんですもの」と無愛想だった。

男爵令嬢は、最後に彼女にあったらしい。「この前のお茶会、誘わなくってご免なさいって声をかけただけですわ。ほら、お一人が好きな方でしたから。ちゃんと一人にして差し上げたんです。何がいけなかったのかしら」、そういって笑いながら首をかしげた。彼女はいつも通りに口角をあげていて、本当に不気味だった。





公務は一層増えていった。


隣国の王女とのやり取りや、外交の主体が次世代になってきたことで、リュ-ディアの社交の回数が増えたのだ。

書類の精査も増え、その中でも毛色の違う書類に目を眇る回数が増えた。それらは第二王子と連名になっていたり、あまり懇意にしていない他国の王子などとの社交に関するものだった。


第二王子は、王子の職務を王妃や第一王子に押し付けているらしい。

確かに公務は一人では成り立たない。だが、彼は好き嫌いで公務を選んでいるらしかった。

だから、王妃は息子のロスをカバーしていた。第一王子には屈辱だっただろう。表の華やかな公務は第二王子、裏方の準備は殆ど第一王子の仕事だった。

だが、誰もそれを指摘しない。


忙殺される中、第二王子に呼び出された。

呼び出した本人は、特段用事もなかったらしい。ただ、週に二、三回、顔位見るものだろうということだった。

忙しいということを伝えると、「俺を頼ったことがないな、お前は」、と王子は不機嫌だった。

頼れと言いたかったのか。そのあたりは理解が追い付かない。


今から思えば、その時に気づけたのに、そんなはずないと、私は不意に浮かんだその考えを否定した。まさか、国の手本となる王族がそんなはずはないと。

結果はこのとおりだ。


彼は、体のいい使用人が欲しかったのだ。

王妃の代わりになるような、母親の代わりになる女が。


そのうちに女の噂を聞いた。

だが、気にも止めなかった。弟のように手のかかる年上に、構ってやるのが面倒になっていた。どこの女だとか、何処かの令嬢が言ってたかもしれない。記憶にない。

恋愛はもう面倒でしかない。

色々ありすぎて、少し疲れ始めていた。

それでも、家族だから、そんなひどくならないと高を括っていたのだ。


それが裏切られ、塔に閉じ込められた。

不思議と彼に裏切られた衝撃は少なかった。少し肩の荷がおりたような心地がした。

考える時間がなくなっていたから、久し振りに物思いに更ける時間が出来た。久し振りがいつなのか思い出せない事実に驚いた。


犠牲にしてしまった執事に申し訳ないことと、従妹への腹立たしい感情はある。

あれはもう、家族ではない。他人だ。見知らぬ人。それも今さらか。意識するほどでもない。







「まず、生き延びないとね」


冷静に吐き出された言葉が、部屋に響き渡る。


暗い色の石が隙間なく壁を覆う、窓のない部屋。

窓があれば鉄格子がはめられるだろう。

たとえ窓があっても、そこには絶望しかない。雲海が見えるか、自分を助けようとした忠臣が吊るされるだけ。


食料は、わずかにパンと水。囚人らしく、恵まれていない環境だろう。固いパンを水に浸し、口に含む。

お腹はすいていないが、これからのためには、エネルギーになるものをとらねば話にならない。


食料の確保もしなければならないが、それより先にすることがある。

この部屋には二つの扉がある。

一番近い扉は、権限がなければ開かない扉。もう一つは部屋の隅にある。少し窪んだ壁に埋まるようにあるため、はじめは気づかなかった。

それは鍵がかかっておらず、一度開けたことがある。階段だった。上層階へ続いているようだ。



ミズベーの塔は竜を飼っている。

何処かの侯爵が道楽で研究をしていたか。それはともかく。

竜は人の世話を必要とはしない。だが、好意を寄せる人の世話は受け付け、その背にのせてくれるという。背にのせられれば、その人間は、どんな高所も水中でさえも、呼吸が可能になるという。

まずここで生き抜くには、必要なことだ。


爬虫類は苦手だ。

あのぎょろりとした目が気持ち悪い。ざらざらしてそうな肌も苦手。熱の通っていない肢体も、何より毛がないことが許せない。


リュ-ディアは、部屋の奥にある扉を開く。

上方へ続く階段が、螺旋になっている。そこへ片足を踏み入れた。

上方からは、明るい光が漏れている。そこを目指すのだ。


復讐は面倒。

そんなつもり毛頭ない。

かわいくなって見返してやる、男のために綺麗になる、バカにしているやつを見返してやる。それが価値観ならそれはそれで良い。とことん見返してやっつけてやれば良い。

だがそんな面倒なことを率先してやるのは、リュ-ディアの性にあわなかった。


簡単にいうと、疲れる。

エネルギーの無駄遣い。

相手が近くにいたり、目の前から離れないなら排除したくなるのも分からなくはない。が、いつまでも彼ら彼女らを気にして生きていくのは、面倒でしかない。

関わってこないならもう関わりたくない。背負うものでもないのに侵略してくる彼らをいつまでも相手にするのが、どうにも不要にしか思えない。


ただ。

これで死ぬのは違うと思っただけだ。

友人を見捨ててまでしがみついた地位を奪われて、絶望して死ぬのは、違う。


リュ-ディアは思う。

今度は自分のために、我慢せずに生きたい、と。

もともとそうだったのに何を無理していたのか。

どこへだっていける。

自由だ。誰もいない場所にいく空想に、リュ-ディアは心を踊らせた。



そして、友の墓前に行きたい。


せめて詫びたい。

しがらみのない私なら、もう友達だとちゃんといえるのだと。

あのとき何も出来なくてごめんと。

戦う力がなくて、赦されないことをしたと。


今さら遅いと、叱ってくれないのは、分かっていたけれど。



螺旋階段の頂上にある、黒い扉のノブに手をかけた。


全身が圧力にさらされる。突風がリュ-ディアを襲ったのだ。白く霞んだ空気、雲のでき損ないが、リュ-ディアの体をすり抜けた。

冷たい風だ。怯まずリュ-ディアは足を踏み出す。


空気が薄い。軽い目眩と頭痛がリュ-ディアを襲う。

足元をふらつかせながら床を進むリュ-ディアに、風が容赦なく叩きつけられる。

進んでは押し返されながら、風を起こしているその存在に、近づく。


扉の先に、天井はなかった。螺旋階段ような、壁があるだけ。

所々、空が見えた。

壁のないところに吹き飛ばされれば、塔から落ちてしまうだろう。


そこには竜達がいた。大きいものや小さいもの。色は灰色。緑がかった灰色もあれば、青みがかった灰色も、赤みのある色もそれぞれで飛び交う。

群れだ。

これは、その風圧だ。

彼らはフォーメーションを組むように動く。何かを囲うように、飛んでいる。

竜が飛び交う中央には、直立したなにか。


その中央にある存在に気付いたリュ-ディアは、呆然とする。

石碑然としたそれは、リュ-ディアの十倍はある、巨体。


そこに突き刺された十字剣が、陽光をうけて煌めいた気がした。

伝承では、柄に赤の石が嵌め込まれた剣が、ゲオルギウスが使ったといわれるものだ。そして、煌めいたそれは、赤い光のように思えた。竜の頭に刺さったそれは、余りに高すぎて確認しようがないが。

ゲオルギウスはこの戦いで愛剣を失い、以後槍を使うようになったという。

ゲオルギウスは豪胆でありながら知略に長けた武人。そう思われる彼だが、剣はあの竜にくれてやった、元カノと同様、もとの鞘には戻らぬというユーモアな名言を残して、世を去ったという。

彼の愛剣が巨大すぎて誰も鍛えられなかったこと、槍であれば穂と柄を別で作れたからという説もあるので、定かではないが。


こんなところで建国史が思い出されるなんて、リュ-ディアは混乱を自覚した。


陽光に目を眩めたリュ-ディアに、竜達が気づいた。風が一層強く吹き荒れた。

竜はより大きく翼を広げ、リュ-ディアに突進する。広げた翼は、遠目に見ても彼女より遥かに大きい。


暴風が吹き付けて、リュ-ディアの足が浮く。肌を刺すような風だ。

どん、と大きな音を立て、竜が目の前に降り立つ。竜はその体躯を曲げてリュ-ディアを覗き込んだ。


青みがかった灰色の巨体に、獰猛な金の眼。爪は頑強ながらも尖っており、呼吸のために開いた口には鋭い牙が並んでいる。

吐き出される息は体温を感じないが、生臭い気がした。

太い足はリュ-ディアの何倍もあって、尾は足の倍の太さ。眼前から見下ろされると、羽根はもう視界に収まらない。


「わあ。これは無理かしら」


彼女は何処か他人事のように、独りごちた。






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