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「これを誰が出したのかはわからなかったが、内容は私が書いたものだ」
「なぜそんな真似をした?」
「父さんを助けようとしたんだ」
「助ける?」
「そうだ。このままでは大変なことになると思った。だから止めたかったんだ」「そのために訴えようと考えたというのか?」
「ああ」
「バカなことを考えるな」
「どうしてだ?」「どうしてもこうしてもあるか。お前のやったことは犯罪行為に当たるんだ。そんなことをすれば人生が終わるかもしれない。それがわからないほど子供でもあるまい」
「そんなことわかっている」
「わかっていない。だいたい、この訴状の主は一体誰だ?」
「それは言えない」
「言えんような奴を訴えるためにこんな物を書くなど言語道断。全く、何を考えているんだ」
「父さんのためを思ったからこその行動だ」
「余計な世話だ。私は自分の身は自分で守れる」
「嘘だ。父さんは騙されているんだ」
「一体何の話をしている?」
「父さんは騙されているんだよ。この女に」
そう言って、私は柳枝さんが作った原稿を父に投げつけた。「これがどうしたというんだ?」父は難なくそれを受け取ると、パラパラとめくった。「よくできているじゃないか。こういう本を出せばきっと売れる」
「違う。その文章は全て柳枝さんが考えたものだ」
「柳枝……? あの柳枝先生か? まさか、これは彼の作品なのか?」
「そうだ。彼がこの本を出すことで、父さんの会社は大きな損害を受けることになる」
「なるほど、それで訴えようとしてきたわけだな」
「話が早くて助かるよ」
「だが、訴えることはできない。なぜならば……」
父は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「柳枝先生が認めているからだ。この訴状の内容について」
「えっ……?」
「彼はこの小説を高く評価しているし、この通り出版する気満々だ。訴えても無駄な話さ」
私は絶句してしまった。なんてことだ……。
「さあ、話は終わりだ。帰りなさい」「待ってくれ」
私は慌てて引き留める。「もう一度だけチャンスをくれ。絶対に後悔はさせない」
「いいや、ダメだ。もう諦めろ」
「頼む、後生だから」「しつこいな。お前には失望したよ」
父は私の肩に手を置くと、そのまま押し出すようにして玄関まで連れていく。そして、乱暴にドアを閉めて鍵をかけた。
「くそっ……」
力無くその場に膝をつく。完全に打つ手が無くなってしまった。
「こうなったら最後の手段だ」
私はスマホを取り出すと、ある番号に電話をかけた。「もしもし」
『はい』
「突然電話してすみません。お忙しいところ申し訳ないのですが、ちょっとお願いがありまして」
それからしばらく話をした後、通話を終える。これで準備は整った。
「さて、後は結果を待つだけだ」
数日が経ったある日。私は柳枝さんの家の前にいた。
呼び鈴を押し、中に入る。彼はリビングにいた。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃいましたね。どうぞこちらへ」
柳枝さんは私を応接間へと通す。ソファに座って待っているように言われたので、大人しく座っていた。
「失礼します」
しばらくして、柳枝さんが紅茶を持ってきてくれた。目の前に置かれたティーカップからは湯気が立っている。
「ありがとうございます」一口飲む。温かい。緊張していたせいか、体が冷えていたようだ。
「いえ、ところで今日は何用でしょうか?」
「実は折り入ってご相談したいことがあります」
「ほう、なんでしょう?」
「実は、この度私の父を訴えることになりました」
柳枝さんは眉一つ動かさずに「そうですか」と言った。
「驚かれないんですか?」「ええ、まあ。薄々そんな予感はしていましたから」
「そうなのですね」
「はい。それで、具体的にはどのような方法で訴えるつもりなのですか?」
「まずは訴状を書いて裁判所に提出しようと思っています」
「わかりました。では、その訴状に私も署名をしましょう」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」柳枝さんは机の上にあったボールペンを手に取ると、サラサラっと何かを書いた。
「これでよし。では、この訴状を提出してください」
私は受け取った訴状を鞄に入れる。
「ありがとうございます。必ず提出させていただきます」
「はい。頑張ってください」
「それでは、失礼致しました」
私は立ち上がり、頭を下げてから部屋を出た。家に帰る途中、ふと思い立って公園に立ち寄ることにした。ブランコに座り、空を見上げる。
「結局、父さんには勝てなかったなぁ」
最初からわかってはいたことだけど。でも、少しくらい期待しても良かったんじゃないかな。
そんなことを考えながら、私はゆっくりと目を閉じた。
【了】
私と父と小説と レバノン @rebanon
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