第3話 手紙

王国に降り続く雨は止む気配はない。

そして、その雨は人々の心を疲弊させていく。


「もう我慢ならん。厄災の子はまだ生きているのか!」

「はい、南の森でいまだに。」

「殺すしかあるまい。」

「しかし、16年前のようになったら!」

「案ずるな。手は考えておる。」


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エイルは、手元にある手紙を開けようか開けまいか悩んでいた。

コーダはこの手紙を本に隠していた。

つまり、誰にも見て欲しくないという事。

だけど、もしそうならわざわざここに隠す理由はあるだろうか?

残していたというとは、遅かれ早かれ見つかる可能性が高い。

頭の中でエイルは何度も考える。

見ても良いのか、それともダメなのか。


「いいえ、ここにあると言うことは、見られる覚悟があるという事よ!」


エイルはそう考え、勢いよく手紙を開いた。

結果的にいうと、見なければよかった。


【ルナ、イアンよ。


私は、お前たちがいなくなってから、どうしようもない虚無感に負われている。

その虚無感は日に日に大きくなっていくばかりだ。

エイルは、どんどんイアンに似ていくよ。

その度に愛おしさもでてくるが、それ以上に憎しみが膨れ上がる。

エイルをどうにかしてしまいたい衝動に駆られるんだ。

ルナ、お前だったらどうだ?

私もイアンもいない世界で、エイルを育てられるか?

それに、私は、エイルが16になる前に彼女を殺さなければならない。

大切な孫を、この手で殺さなければならない。

あの子は何も知らないんだ。

エイルは良い子だ。

あの子がもっと嫌な子だったら、私はこんなにも迷わなかったのだろうか?

生きていてほしい。

だが、それ以上に、あの子はこの世に存在してはいけないんだ。

あの日のこと、私はずっと覚えている。

今も夢に見るよ。

あの子がいる限り、この恐怖は無くならない。

あの子をこの手で殺めることが、私にとっての罰なのだろう。

できるのだろうか…

ルナ、イアン。

お前達は、お前達ならどうする。

私はどうしたら良いんだ。】


読み終えたエイルは、思わずその手紙を破り捨てそうになった。

エイルに湧いてきた感情は怒りか悲しみか、自身にもよく分からなかった。

頭の中が真っ白になるとはこういうことなのだろう。

手紙を何度読み直しても変わらない。


おじいちゃんは、私を殺そうとしていた。


「私が…私が厄災の子だから…」


エイルは、流すような涙もなかった。

それほどに、手紙の内容はエイルにとって衝撃的で、受け入れ難いものだった。

おじいちゃんにとって、ルナとイアンというのは何なのだろう。

おじいちゃんにとって私は邪魔な存在だったのだろうか。

だけど、思い出すのは優しいおじいちゃんの笑顔。

あの笑顔が到底嘘とも思えない。

一体、厄災の子とは、私とは何者なの。

「あの日」一体何が起きたの…?

頭の中でぐるぐると色々な事を考える。

分からない。何も。

情報がなさすぎるし、私は何も知らない。

分かっているのは、私が厄災の子で、おじいちゃんは16になる前に私を殺すつもりだったということ。

だけど、私はこうして今も生きている。

代わりに、おじいちゃんはいない。


「おじいちゃんは、どうして私を殺さなかったの…?」


度々、私に厄災の子の話をしていたのは、もしかしたら決意を固めるためだったのかもしれない。

私を殺すという決意を鈍らせないために…


「そうだ…本…」


ショックもしばらくすれば収まってくる。

少し冷静になった頭で考え、コーダの持っていた本の中から、「厄災の子」について書かれたものがないか探す。


「違う…違う…これも…」


しかし、どれだけ探しても本の中には答えなどなかった。

厄災の子について書かれた本は一冊もなく、エイルは途方に暮れた。


「私、これからどうしたら良いの…」


自然と目から涙がこぼれ落ちる。

窓の外は、土砂降りだった。

そういえば、おじいちゃんが亡くなってからずっと、太陽を見ていない気がする…


「ふぅ…」


手紙を読んでから三日。

エイルはますます食欲がなくなった。

相変わらず動物達は食事を持ってきてくれるが、エイルは受け取らなかった。

食べようと思っても、体が食事を受け付けない。

その代わりなのか、エイルはコーダの部屋に入り浸り、本を読み漁るようになった。

今までコーダは本をエイルに見せたことはなかった。

本自体は見たことがあったが、エイルが見ようとするとコーダは必ずしかめっ面をする。

いつしか、エイルも見ようとするのをやめるようになった。

本は面白く、エイルの心を満たしていく。

元々勉学が嫌いではないのだろう、本を読むことで、自分の知らないことを吸収でき、本当に楽しかった。

1日中本を読み、気がつけば夜になり、食事も取らず眠りにつく。

そして、日が上り身支度を整えたら、また本を読む。

エイルの生活は、本漬けになっていた。

しかし、それも終わりが近づく。

最後の一冊を読み終えた時、エイルは決めた。


「私、この家を出るわ。」


それは、誰に言うでもない、自分を鼓舞するために出した言葉。

本を読んでいる間も、エイルはコーダのこと、自分の事をずっと考えていた。

厄災の子の事、エイルが生まれた日に起こったこと、自分の親のこと。

しかし、いくら考えても結局はエイルの考えのみ。

予想の範疇に過ぎなかった。

だから、知ることにした。

この家にいても、体も心も疲弊していくだけ。

それならば、答えを求めにいくのも良いじゃない。

幸い、本は色々なことを教えてくれた。

病気のこと、怪我のこと、食べ手はいいもの、悪いもの、そして王国の事。

ちなみに、エイルがこの前食べようとしていたキノコは、毒キノコだった。

旅なんてしたこともないし、する気もなかった。

だけど、知らなければいけない。

そうと決まれば!

エイルは勢いよく立った。

その瞬間、足元がふらつき、バランスを崩す。


「体力、つけなきゃ…」


そういえば、おじいちゃんが亡くなってから、ほとんど食べてなかったんだ。

エイルは、思わず苦笑した。

何よりもまず、食事だわ。

その日、エイルは久々に食欲が沸き、ご飯を食べた。



『晴れた。太陽だ。』

『元気になられた。めでたい、めでたい。』

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