第2話 下
「一体何だというんだ、この雨は。」
「もうずっと降ってるぞ。」
「聞いたか。隣村の川が氾濫して大洪水みたいだ。」
「恐ろしい…けど、このまま降ればいずれはうちの村も…」
「厄災の子め…」
ーーーーーーーーー
「おじいちゃん…」
エイルは、コーダが亡くなってから、もう一週間もろくにご飯を食べていなかった。
【エイル、食事にしようか。】
そう言って優しく笑う祖父はもういない。
その現実がエイルには耐えられなかった。
コンコンコン
「皆…」
動物たちは、エイルの事を心配してか、相変わらず食事を持って来てくれた。
あの後、コーダの亡骸をどうすることもできなかったエイルに、埋葬するよう教えてくれたのも彼らだ。
一生懸命エイルに伝わる様、頑張ってくれた。
コーダが握っていた短刀は、エイルが綺麗に拭いて鞘にしまった。
「ごめんなさい、まだ食欲がないの。」
皆は顔を見合わせて、悲しげな顔をする。
この一週間でエイルは随分と痩せてしまった。
あれほど活発で元気だったエイルは、今ややつれてしまっている。
馬がエイルに近づき頭を下げる。
しとしとと降り続く雨が、馬のたてがみを濡らす。
「何…?」
馬は何か言いたそうな目で見つめるが、あいにく何もわからない。
「おじいちゃんはなぜ死んでしまったの…私が、私が何か悪い事をしたのかしら…」
風がひゅーっと吹き、雨が強くなる。
「どうして…私…何もわからない…」
ゴロゴロと雷も鳴り始める。
「せっかくの誕生日だったのに…おじいちゃん…」
エイルの気持ちと呼応するように、天気が荒れる。
森の木々は自身を揺らし、川もどんどん水かさが増える。
一瞬のうちに、森は嵐に包まれた。
嵐はそれからほんの数分間で終わった。
しかし、いまだに雨は降り止まず、地面を濡らしている。
「おじいちゃん…」
エイルは家の中に閉じ籠り、塞ぎ込むしかなかった。
あまりに分からないことが多すぎて、気持ちが追いつかない。
何故コーダは突然自害を図ったのか。
最後に言ったルナ、イアンという名前。
そして、「厄災の子」
あれは間違いなく私の事だった。
そういえば、おじいちゃんは事あるごとに私が「厄災の子」という話をしていた。
「厄災の子…」
コーダがかつて話してくれたことを思い出す。
厄災の子。
それは、黒い髪に白い肌、そして赤の目を持つ女の子の事。
黒い髪には魔が宿り、白い肌はあの世の姿、赤の目は悪魔を呼ぶ。
昔から、その容姿をした子供が生まれると、必ず災いが起こるとされている。
飢饉、天災、恐慌。
それらは、その子どもが生まれた年に、必ず起こる。
エイル、お前は厄災の子なんだよ。
だから…
「だから…」
コーダはその後なんと言おうとしたのだろう。
いや、分かっている。
「厄災の子は殺さなければならない。」
「そんなの迷信よ。
私には特別な力なんてない。ないの。」
何故コーダは、しつこいくらいにエイルを厄災の子と言っていたのだろう。
私にに分かって欲しかったから?
それとも、もっと別の理由…?
ふと、エイルの頭にとある光景が浮かんだ。
『おじいちゃん、毎日それを書いてるけど、いつから書いてるの?』
『お前が…生まれた時からだよ。』
『ふぅん。楽しい?』
『いや…』
『じゃあなんで書いているの?』
『…忘れないためさ。全てをね。』
その時コーダはじっと手記に視線を落としたまま、エイルを見ることはなかった。
その時の表情はひどく悲しげで、印象に残っている。
おじいちゃん、いつもどこに閉まっていたっけ…
エイルはコーダの部屋に入り、ベットの下を覗く。
そう、コーダはいつもこの下に手記の本を入れていた。
そこには、大量の本があった。
「これ…」
それは分厚い立派なもの。
エイルはその一冊を取り出し、中を読む。
字はコーダから教えてもらっていた。
コーダは教えるのが上手く、エイルもまたコーダに褒めてもらうのが嬉しくて、一生懸命覚えた。
本の内容はエイルの知らない事ばかりだった。
コーダは生きるために必要なことはエイルに教えていたが、それ以外は大して教えていなかった。
エイルもまた、自分とコーダ以外の人間と接触したことがなかったのと、この森から出たことがなかったせいで、何も知らなかったし、疑問に思わなかった。
エイルは初めて、外という概念を知った。
ここは、ドム王国という国である事。
その国にはいくつもの村や街があり、多くの人間が生活していること。
そして、この森以外にも大地が続いているということ。
「すごい…」
今まで、この小さな家と森でしか過ごしたことのなかったエイルにとって、本の内容は衝撃的だった。
エイルは必死に本を読んでいたが、ふと我に返る。
「そうだ、私、おじいちゃんの本見つけるんだった。」
あまりの興奮のあまり、本来の目的を忘れていた。
少し後ろ髪引かれながらも本を横に置き、ベットの下をもう一度覗き込む。
「あれ…?ない…」
いくら探しても、コーダの持っていた本は見当たらない。
「いつもこの下に入れていたのに…」
全ての本を取り出して、一冊一冊調べてみてもやはりなかった。
不思議に思いながら、エイルは本をベットの下には戻さず、綺麗に並べ始める。
すると、一冊だけ妙な本があった。
普通表紙を開くと、ちゃんと最初のページが現れる。
しかし、その本だけは、表紙を開くと次のページになってしまう。
どうやら、何かで表紙と最初のページをくっつけているようだった。
題名は、「厄災の子について」
エイルはどきりとしながら、くっついたページをゆっくりと剥がしていく。
すると、手紙が出てきた。
「ルナ、イアンへ」
それは、最後にコーダの口から出た言葉の人物だった。
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