この世界へようこそ(仮)

大豆

第1話 厄災の子

ザーッ

青い晴れ晴れとした天気の中、3時間にも渡り降り続く雨。

その異様な光景に、人々は首を傾げる。


「なんだ、この雨は。」

「こんな天気は初めてね。何かあるのかしら?」


ーーーーーーーー


「オギャァオギャァオギャァ」


同日、城のとある一室で、産声を上げる赤子。

母親の女性は子を産んだ安堵と疲労の中、男達の声を聞いた。


「おぉ、なんと言うことだ…」

「この子は、いずれ災いを呼ぶ。」

「殺さねば。」


赤子の声が一段と大きくなる。

母親の視界に、きらりと光る短刀が目に入った。


「やめて!!」


何をするのか瞬時に悟ったは母親は目を見開き、重たい体を持ち上げる。

それを数人の女性が取り押さえる。


「ダメよ、アノン!!逆らってはダメ!」

「アノン、分かって!厄災の子は必ずこの国に災いをもたらすの!

今ここで…今ここで…!!」

「いや!いやよ!!私の子よ!その子は災など呼ばない!やめてーっ!!!」


母親は泣きながら訴える。

押さえつけられた体でなんとかもがくがどうにもならない。


「さらばだ、厄災の子」

「いやーっ!!!」


ーーーーーーーーーー


「と、言うことだよ。」

「それ、何回も聞いた。」

「そうかい?大事なことだからねぇ。何度でも言うよ。」

「つまり、私はこの国に災をもたらす厄災の子で、生まれたその日に殺されかけたってことでしょ?本当、失礼しちゃう。」


黒の長い髪の毛を後ろで一つに結んだ女の子、エイルは腰に手を当て、憤慨のポーズをする。

それを、エイルの祖父、コーダが眉を下げて見つめる。

コーダは深くため息をつき、エイルにちゃんと話をいくよう促した。


「だけどおじいちゃん、私こうしてピンピンしてるの。不思議よね〜」

「あぁ、不思議だねぇ。」

「…何か知ってるんじゃないの?教えてよ、おじいちゃん。」

「お前にはまだ早いよ。」


コーダの言葉に、エイルは不服そうに口を尖らせる。

いつもそうだ。

私が生まれた時に殺されかけたと言う話はしても、その後の話はしてくれない。

分からないのか、はたまた隠しているのか。


「エイル、お前今いくつになったんだ?」

「えーっと、明日で16よ。」

「そうか…もうそんなになるのか…」


コーダは木でできたテーブルの上に置かれた、自分の手をじーっと見つめる。


「おじいちゃん?」

「エイル…私はな…明日…」


コンコンコン

コーダの言葉を遮るように、扉を叩く音がした。


「あら、誰かしら。」


ここは、人里離れた森の中。

エイル達の住む家は、簡素な作りでポツンと立っている。

そんな場所に訪れる人間はほとんどいないが、訪れる者はいる。


「はいはい。」


エイルが扉を開けると、そこにはウサギや馬やリス、鹿に熊達がいた。

みんなそれぞれに木の実や魚、さらにはバケツに汲まれた水を持っていた。


「あらま、こんなに沢山。いつもありがとう、皆。」


エイルがそう話しかけると、言葉が通じたのか皆嬉しそうにする。

物心つく前からこの森に住んでいるエイルは、何故か動物達に歓迎されていた。

エイルに深く頭を下げるもの、敬愛の眼差しで見るもの。

動物たちの言葉がエイルには通じないが、皆が何を思っているのか、エイルは感じ取る事ができた。

そうして、エイルはコーダや動物達に支えられ、今までずっと、何不自由なく生きてきた。

しかし、ただ一つ。


「おじいちゃん、皆が持ってきてくれたわよー。」

「あぁ、ありがとう。」


何故か動物達は揃って、コーダの顔を見ると威嚇の体勢をとるのだ。

それは昔からなので、コーダは極力動物達の接触は避ける。

ある時、コーダ1人で家の外に出た時、馬に襲われかけた事があった。

間一髪、エイルが駆けつけたことで助かったが、あの時は本当に肝を冷やした。


「唸らないで。

もう、なんで皆おじいちゃんにはそうなの?仲良くしてよ。」

「エイル、中にお入り。食事にしよう。」

「あ、うん!皆も食事にしましょ!今準備するわね。」


エイルがそういうと、動物達は一歩下がり頭を下げる。

そうして、そのままゆっくりと全員立ち去ってしまう。


「あ、ちょっと!」


いつもそうだ。

どんなにエイルが食事に誘っても、彼らが一緒に食べることはない。

確かに皆と私は食べるものが違うけど…


「いっつももらってばかりで申し訳ないのに…」

「エイル、薪を拾ってきてくれるかい?

どうやら昨日使い切ってしまったみたいだ。」

「あら、それは大変。じゃあ急いで取ってくるわ。」


エイルはいそいそとカゴを背負い、外に出る準備をする。

コーダは、動物に襲われて以来森に出るのが怖くなってしまったそうだ。

そのため、薪を拾いにいくのはエイルの役目。

それ以外は動物達が世話をしてくるので、本当にありがたい。


「それじゃ、行ってきます。」

「あぁ、気をつけて。」


エイルはコーダにそう言って家を出た。

森の中はいつも綺麗で、光に溢れている。

さんさんと降り注ぐ日の光が心地よく、頬を掠める風も最高の気分にしてくれる。


「あ、きのこ。これ、食べられるのかしら?」


道半ばで発見したのは不思議な色をしたきのこだった。


「色は少しおかしいみたいだけど、大丈夫よね。」


と、エイルがキノコをカゴに入れようとした瞬間、大きな突風が吹いた。


「きゃっ!」


あまりの突風に驚き、持っていたキノコを思わず落としてしまう。

すると、どこからともなくリスが現れ、そのキノコを持っていってしまった。


「あぁあ…取られちゃった…珍しい。」


エイルは仕方がないのでキノコは諦め、本来の目的である薪集めを始めた。

エイルが歩けば、自然と薪が現れる。

鼻歌交じりに機嫌よく薪を拾っていく。

籠が一杯になるのに、時間はそうかからなかった。


「よし!これくらいで良いわね。」


足取り軽くコーダの待つ家へと戻る。

今日はいつもより早く拾ったもの。きっと褒めてくれるわ。

ルンルン気分で足を進めていると、家が見えてきた。

エイルは勢いよく扉を開ける。


「おじいちゃん!薪拾ってきた…」


先ほどまでの楽しい気持ちとは打って変わり、エイルは顔色を変えた。


「おじいちゃん!?」


眼前に広がる光景に、エイルは驚きのあまり絶句した。

先ほどまで元気に送り出してくれたコーダが、口から血を吐き倒れていた。

コーダの手には、短刀が握られている。

それには、コーダの物とみられる血が付いていた。


「おじいちゃん!!」


エイルは血相を変えてコーダに走り寄る。

持っていた籠を捨て、コーダの体を支え起こす。

胸から大量に血があふれていた。


「な、なんで…おじいちゃん?!」


外でゴロゴロと雷が鳴り始める。

エイルが自分の手でコーダの出血部分を抑えると、瞬く間に赤色に染まった。

血の気の無いコーダ。

閉じていた瞼をゆっくりと開く。


「やく…さい…のこ…」

「え…」

「おぉ…るな…いあん…いま…ゆくよ…」


コーダはそう呟いたかと思うと、ぐったりと体を倒した。

閉じられた瞼はもう開く事はなく、血の気の無い顔は、どこかおだやかに見えた。


「おじいちゃん!!おじいちゃん!!」


もう無駄だと分かっていても、エイルはそう叫び続けた。

窓の外で激しく雷が鳴り、雨が降りしきる。

エイルは徐々に冷たくなっていくコーダの体を、涙を流しながら抱きしめた。


『お怒りだ。あの日と同じだ。』

『嵐が来る…嵐が来る…』






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