六、

 ああ、痛い。

 疼く肘をさすり、皮膚の下を這いずるものを叩いた。しかし叩けばそれは更に散って、胸や脚に新たな巣を作っていく。もちろん、幻覚ではない。赤黒く染まった腕に、体中にできる膨らみから線状の「虫のような何か」が這いずる様は良人も、医師も見ている。これは寄生虫でも、血管の病でもない。

 数を増したそれは体中の神経に触れ、その度に叫び声を上げてのたうち回る。どこが痛いのかも分からぬほどの痛みに気を失い、痛みに醒めてまた失う。その繰り返しだ。

 負けてはならぬことは分かっているし、負けてはならぬ理由も増えた。だからこそこうして耐えている。殊更誇ることではないことも、分かってはいる。


 一頻り身悶えしたあと、荒い咳をしつつ裸同然の体を起こす。襖へ凭れ、ようやく痛みの収まった腕をさすった。障子越しに仄明るさを眺め、夜明けを確かめる。今夜もどうにか乗り切った。これを、あと十三年か。

 知らず溢れた涙を拭い、汗だくの肌を寝巻に包み直す。痛みの残る体をひきずるように、四つん這いで布団へ戻った。

 枕元には昼のまま、一日遅れとなった新聞がある。こんなものを見たからだろう。洟を啜り、倒れるように崩れた。

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