二、

 手を突いて膝を立て、荒い息を吐きつつどうにか立ち上がる。痛む節々をさすりながら、陽射しを透かす障子へ向かった。

 縋るようにして引いた隙間から、風は蝉の声と共に奥へと吹き抜けていく。もう少し引き、縦框たてかまちに体を預けて息を吐いた。長く垂れた庇の先に、陰の多い緑の庭が広がっている。松の下に岩は苔生し、木賊色とくさいろの池は小さく紋を打つ。冬には椿が咲き揃うが、それまでは特に見どころもない庭だ。


――ここなら休んでいても、気に病まなくていいだろう。

 良人が私を後妻として迎え入れ、この離れを与えてから五年になる。

 初めて会ったのは十年ほど前、私が二十二、三だから三十頃だろう。庄屋筋の跡取りと紹介を受けて現れた良人は、「憑きもの祓い」の客だった。離縁した妻が夜な夜な夢に現れては髪で首を絞めるのだと、憔悴した表情で零した。

 しっかりとした四角い顎の、実直で徳のある顔立ちをしていたが、くすんだ色のしみついた目は落ちくぼみ、広い眉間にも深い皺が刻まれていた。そして確かに、その頭をもぎとらんとする女の生首と長い黒髪が頭と首に巻きついてもいた。


 離縁した妻は美しい女で気立ても良かったが、二人の娘達を産んだあとから少しずつおかしくなっていったらしい。我が身の抜け毛一本、肌艶の翳りまでも全て娘達のせいだと、若さや美しさを盗まれたと泣き始め、やがて恨むようになった。離縁はやむなく、娘達への折檻が理由だと言った。妻は自分より娘達を選んだ良人への恨みを血文字で書き遺したあと、首を掻き切って自害していた。

 恨みの籠もった女の視線に嘘でないことを確かめ、黙って良人の肩を払った。途端に良人は垂れていた頭を上げ、あちこちを確かめながら私にも分かるほど深く息を吸った。そして、信じられないような表情を向けた。

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