第32話 本当の愛とは②
『ピンポーン』
僕が玄関ドアを開けると、あんなが俯きながら『ただいま』と言った。泣き腫らした後なのであろう。目を赤くして、表情は曇っていた。
『お帰り。とりあえず中入りな』と言い、あんなを椅子に座らせた。
『私ゆうちゃんに謝らないといけないことがあるの』とすぐに話を切り出すあんなに、僕は顔を強ばらせた。『昨日の夜から連絡が取れなかったのは、男の人と居たからなの』
その日、あんなは一緒に旅行に行った友人とあんなが就職する会社の先輩と居酒屋で飲んでいた。面子としては2対2の飲み会で、二次会三次会と会が盛り上がっていくに連れて、カップルが成立し最終的にはその先輩とホテルで一晩を共にした。
悲しみ?怒り?後悔?隠す事なく正直に打ち明けるあんなに僕はどの感情を持っているのかわからなくなっていた。色々な感情が僕を苦しめたが、『離れたくない』という思いがどんな感情よりも勝っていた。
約30分程、僕は何も言えずに沈黙をした後、『正直、すげー悔しいよ。悔しいけど、、起きた事は取り戻せない。俺は何をしても、どんな事があってもあんなが好きだ。これから人生長いんだし、色々あるだろ。これから俺も少しずつ忘れるよう努力するし、あんなも忘れな』
人によるのかもしれないが、恐らく殆どの人が僕の言葉に不満を持つと思う。僕自身、何故このような話をしたのか、今になって理解できる。恐らく怖かったのだと思う。僕は正直に真っ向から話をしようとしたあんなから逃げていた。僕は僕なりの本気の言葉で答えるべきだったのだろうと今になって後悔もあるが、当時の僕にはあんなとの別れが怖すぎて、全てをなかった事にしようとしていた。
『ごめんね・・』
あんなはどこか寂しそうに言っていた。
その後、二人とも疲れていたこともあり、眠くなりHをするような雰囲気になったが、体は正直なもので僕は何もできなくて、それを誤魔化すように寝たフリをしていた。
『怒って欲しかった』後に、あんなの友人から聞いた言葉だった。それから数日間、僕は心ここにあらずといった状態だった。仕事をしていても、車を運転していても、あんなと会っている時もいつもあんなの失態を思い出しては、沈んだ表情をしていた。
たかが浮気、たかが一人の女、そう言い聞かせ、立ち直ろうと努力したが、僕の周りを纏わりつく怒りや悲しみを振り切る事はできなかった。我ながら情けない限りだった。今まで散々突っ張って、どんな時もどんな相手にも強気で振る舞ってきたくせに、肝心な時にまるで世界中の不幸を全部背負ってるかのような顔をしていた。
僕が不幸な顔をすればする程、あんなが罪悪感で自分を責めることを知っていたのにも関わらず。
世の中で一番残酷なのは、自分自身だと思う。
自分で自分を追い詰め始めると、何のフォローもなく、自分を攻撃しながら最後まで追い込んでしまう。
最終的には、自分の居場所をなくし、新しい居場所を探すようになる。
それから一週間後、僕達は別れた。当時の僕には、あんなの気持ちを理解することはできなかった。何度も恥ずかしい位に投げかける僕の言葉は、的外れで、どこか嘘のように聞こえる不誠実な羅列された言葉だった。そんな覚悟のない言葉に誰の心も動かすことはできないだろう。ただ一つ言えば、あんなと過ごした時間、愛し合ったこと、互いを信じあったこと、励まし合ったこと、笑いあったこと、それらは嘘偽りなく真実であり、そんな二人の歴史は僕の拙い言葉であっても、あんなを苦しめていたと思う。
それでも一切折れることのないあんなの決意は、きっと本気の恋なのだろう。本気の恋の別れは、別れを言う側も言われる側も、平等に辛いものだと思うから。浮気じゃない。本気の恋だ。僕への罪悪感と本気の恋心により、あんなの居場所は、僕の隣ではなくなってしまった。
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