第30話 嫉妬
翌日。朝方に電話が鳴った。
僕は爆睡してたが、まさの兄貴からの電話とわかり、飛びつくように電話を取った。
『まさの事だけどよ、昨日、あいつセルシオ狩りにあったんだわ。犯人見つけ出して、こっちでケジメ取ったからよ。お前ら動くなよ』
『・・・まさは大丈夫なんですか?」
『おぉ、全治1ヶ月って所だな。まぁ大丈夫だ。それで悪いんだけどよ、しばらくまさと連絡とるの辞めてやってくんねーか?お前らも色々話してー事もあるだろーけど、お前らといるとあの馬鹿また悪さするからよ。今回、あいつにとってもいい薬だったんだわ。今、ゆっくり考えさせてやってるから、少し時間やってくれや』
そこまで言われてしまうと僕は何も言えずに『わかりました』と答えた。マコトにも昨日からの一連を説明をしたが、まさの兄貴の言う通りにするしかないという話となった。僕は少し府に落ちずに反論したが、マコトもまさ同様『お前はあんなを守ってやれ』と言われ、僕は複雑な気持ちになった。
僕はあんなを大切にする事、守っていく事を忘れた事はないが、それだけが全てではない。仲間のピンチに手を差し出せない人間にはなりたくはないし、チームの特攻隊長のプライドがある。"全てを投げ売ってでも、仲間を守る。やる時はどんな時でも行く"そういう信念は、死ぬまで持ち続けていたいと思っていた。
マコトやまさが随所で言葉にする『あんなを守ってやれ』と誤魔化されるような物言いに僕は憤りを感じていた。しかし、その言葉の本当の理由があることを僕はこの後、絶望と共に知ることとなる。
■
『今度、内定貰った会社に三日間研修に行ってくるね』
『そうなの?会社にまだ入ってないのに?』
『うん。研修があって、行かなきゃならない訳でもないんだけど、課題もあるし、今から出来ることはやりたいんだ』
ある日、あんなと車でドライブに行ってる時に、あんなから内定をもらった東京の企業研修に行くと聞かされた。僕からすると、まだ入社もしてないのに『なんで?』という疑問を持ったが、説得するように僕に説明をするあんなを見て、『娘と親父か』と突っ込みをいれた。
僕自身もあんなを見習い、仕事や実生活を頑張っていたつもりではいたが、やはりあんなの夢に対しての取り組みには勝てる気はしなかった。自業自得なのかはわからないが、前に進もうと努力すればする程、闇に足を引っ張られるような現状に、僕はあんなに対し、どこか劣等感を持っていた。
研修とは言っても、旅費は企業に出して貰える。せっかくならと研修3日間にプラスして観光2日間の計4泊5日の旅行に行きたい。あんなとしてはご褒美旅行も兼ねてだったのであろう。承諾するといった権限を僕には与えられずに、『楽しんできな』と作り笑いをした。
研修出発日は、『空港まで送っていく』と言ったが『学校の友達と一緒に行くから大丈夫』と言われてしまい、僕に入る隙間はなかった。とは言ってもあんなが東京へ旅発った後でも、毎晩のように電話をくれ、その日の出来事を報告してくれていた。
僕にとっては長い長い5日間が経過し、早く顔を見たいと空港まであんなを迎えに行った。久しぶりに会うあんなは物凄く元気で、全てが吹っ切れた美しい顔をしていた。帰りの車中、旅行話を本当に楽しそうに話すあんなを見て、"行って良かったな"とこちらも嬉しくなった。
その日から、あんなは今まで以上に活発的になり、灯台のように周りの人達を明るくするような元気が漲っていた。あんなは、出会う人出会う人に東京での話を嬉しそうにしていた。それを聞くと、僕がもの凄く束縛してきたみたいに思われるので、止めて欲しい気持ちもあったが唾を飲み込む事しかできなかった。
『さやに会いたい』とあんながみのるの彼女に会いたいというので、僕達はみのるの家に遊びに行った時の事である。あんなとさやは、兄弟のように仲が良く、僕がいなくても、個人的に遊んだりする関係であったので、僕はあんなを連れて、みのるの家にお邪魔することがよくあった。
いつも僕達がみのるの家にお邪魔した時は、僕はみのる、あんなはみのるの彼女のさやとそれぞれ喋るのが定番であった。僕とみのるは、チームの事やまさの事など重たい真剣な話をしていたが、そんな僕達を一切気に止めず、女性陣はキャピキャピと会話が盛り上がっていた。
『あの人、格好良かったな~』
真剣な話をしている中、僕はハッキリと聞こえるあんなの声に反応した。僕は目の前のみのるの話を聞かず、あんなの言葉に耳を澄ましていた。
『なんか紳士で、お洒落で、爽やかだったの』
『歳はわかんないけど、手も綺麗で』
『飲み会があって、隣の席に座ったんだけど』
『最後に手紙もらっちゃったさ!』
あんなの一つ一つの言葉全てが、僕の心に突き刺さり、それだけで僕はダウン寸前になった。みのるの家から帰っている時に、何の気なしにその事について聞くと、あんなは何の躊躇もなく『だって会社の先輩になる人だよ?別に何もないし、ゆうちゃん嫉妬してるの?』
『そりゃするだろっ』と僕が言うと『あははっ』とあんなは笑っていた。
あんなは、僕と付き合ってからというもの、未だかつてあんなは、他の男に目を向けた事は一度もなかった。好きなタイプも哀川翔と言っていた位だ。それが急にお洒落とか爽やかとか。たったの5日間でこうも変わるのかという程、あんなにとって東京という街は刺激的で魅力的だったのであろう。
『手が綺麗って』
あんなを送り届けた後、僕は一人で呟きながら、車いじりで黒ずんだ自分の手を眺めた。『汚ねぇな~』と一人で突っ込み、溜め息を吐き、僕は現実から目をそらすように、車を飛ばした。
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