第25話 加藤①

 翌日、金子がマコトに何か言ってるだろうと思ったが、マコトから電話もなく、何事もなかったかのように僕はあんなと会っていた。あんなとは、それなりにやっていた。良くも悪くもなく、それなりという表現が正しかった。配達員の一件以来、特に変わった事もなく、僕達はゆっくりと日常を取り戻し始めていた。

 あんなは就職活動が本格的に動き出していて、そのプレッシャーからか、事件のことが頭にあるのかはわからないがイライラしている様子を見せたり、今まで言わなかったようなワガママも言うようになっていた。

 それに対し、僕も言いたい事の一つもあったが、大変な時期なのであろうと大目に見ていた。あんなはネイルサロンの店を持つという夢の第一歩を歩き始めたのである。あんなは僕と付き合っている内に自分の夢と僕との結婚を両天秤にかけ、一時は結婚の方へ傾けていたような気がしていたが、事件後、それが少し変わった。あんなは、事件のことを振り切るように夢の為の時間を費やすようになっていった。事件後の僕の無鉄砲な行動があんなの気持ちを蔑ろにし、不安や心配をかけていたことに原因あるだろう。

 僕としては、あんなが夢に近づくにつれ『僕から離れていく不安』と『一度の人生を楽しんでほしい』という複雑な思いがいつも僕を苦しめていたが、カタチ上はあんなの夢を応援していた。


 金田との一件から、3日程経った頃。未だにマコトからは何も連絡がなく、僕に少し不安を過った。金田の性格上、あのまま何事もなく過ぎ去る訳がない。もしかしたら、マコトが追いこみをかけられているのでは?と思い、こちらから連絡してみることにした。


『仕事中だから、終わったら連絡するわ』と返信がきたので、僕はマコトの連絡を待つことにした。夜遅くにマコトから折り返しがきて、『今から行っていいか?』というので、自宅でマコトを待つことにした。


『ピンポーン』

『おう、開いてるぞー』

『お疲れ、悪いな、遅い時間に』

『おう、何も気にすんな!まぁ座りな』


 珍しい事に、マコトはかなり疲れた顔をしていた。

何かあるのだろうと察したが、缶コーヒーを渡し、いつも通り接しマコトが口を開くのを待った。


『そういえば金田の件、大丈夫だったか?』

『まぁ大丈夫だ。次の日なまらブチギレてたけどな』金田は飲み会の翌日、案の定マコトに怒り僕に『詫びをいれさせろ』としつこかったらしい。マコトも面倒臭いので、僕と連絡が取れないと言い、断り続けてる状態であった。


『悪いな。もし、あんましつこかったら、詫び入れにいくから言ってくれ』

『ケジメの代わりに何かシノギ回されるぞ』

『だよなー。金積んでいくしかねーか』

『積む程、金ねーだろ』

『ねー!100万ウォンならあるけど』


 くだらない冗談など言いあっていたが、マコトは話を合わせてるような態度で、浮かない顔をしたままだった。マコトは、少しして『最近、あんなの調子どおさ?』と聞くので、『夢に向かって一直線って感じだな』と僕はタメ息を交え答えた。

『そっか』


 また沈黙が少しあり、いよいよ我慢できずに僕が口を開いた。

『マコトよぅ、腹割って話そうや。何か言いにきたんだろ?』『まぁな』とマコトは、大きく深呼吸して覚悟を決めたのか僕の目を真っ直ぐ見て話始めた。


 話の内容は、飲み会の翌日の話の続きの話であった。朝一番から金田から昨日の事をやかましく文句を垂れられた後、仕事をしているとヤンキー少年がマコトの会社を訪れたという話だった。

 ヤンキー少年は加藤という名前で地元の暴走族をやっていた。その日、加藤は金田に用事があったらしく、金田と事務所で話をしていたが、帰り際に工場で作業をしているマコトに挨拶をして『電話番号教えてもらえますか?』と金田の目を盗むように電話番号を書いたメモをマコトに渡してきた。

 仕事終え、携帯を見ると着信があったので、折り返すと『相談があるので会いたい』と言われた。マコトは、面倒臭いと思いながらも、加藤の相談を受けにファミレスへ向かった。ファミレスに到着すると、マコトは神妙な面持ちの加藤に『まぁ食え』と注文し、一通り落ち着いた後に加藤が話始めた。


 加藤の相談事としては、極道の世界から足を洗いたいという事だった。加藤は以前同じ暴走族の先輩達に狙われていた所を金田に、ケツを持ってもらったことがキッカケで金田と付き合いすることになった。正式に杯などを貰ってないので、正式な組員ではないが、金田のシノギを頻繁に手伝わされる準構成員みたいな役割であった。

 色々なシノギの中で一番キツいのが、AV撮影。飲み会の日は未遂で終わったが、現実に一人暮らしの女の子の家を襲撃したり、夜中一人歩きの女性を車に引き吊りこんだりと、人間失格と言えるような行為を夜な夜な繰り返していた。それをビデオ撮影をして、裏ルートで高値で回す。被害者に声上げさせぬように、しっかり脅しつける。最低以外何者でもない。そして、生け贄を用意するのは、いつも加藤の役目だと言った。僕達の時のターゲットも加藤が数週間前に知り合った女友達の家だという。


『最悪だな。どうにかして断れよ』とマコトが言うと、『俺の女もやられたんです、、』

加藤は涙を浮かべ、彼女が金田に襲われた事を打ち明けた。


 加藤は、金田と付き合い始めて、数ヵ月経った時にあるシノギのヘマを責められ、『代わりに金を用意するか代わりのシノギを回せ』と金田に脅された。その"代わりのシノギ”が彼女を襲わせるという結果となってしまった。彼女は高校生で学校の帰り道、金田達に待ち伏せされ、車の中に引き込まれ、車内で数人の男達に暴行された。襲われた後、もう一台の車の中で震えながら待っていた加藤に金田は『サツに駆け込むなよ。お前がしっかり守ってやれ』と言った。その後、加藤は彼女から初めてビデオを撮られ、ジャブも射たれた事実を聞き、どん底に落ちた。それがAV撮影の最初の仕事で、それから日々、加藤は生け贄を探し続けていた。

『元は自分が悪い事は十分わかってます。だけど、僕にはどうしていいかわかりません。マコトさん助けて貰えませんか』

加藤は泣きながらマコトに頭を下げた。マコトは、決断することができず、店を後にした。


 僕は衝撃的な内容に落胆した反面、それ以上に加藤に怒りを感じていた。

『で?マコトはどうすんだ?』

『、、、』

『迷ってんのか?』

『、、、』

『それとよ、一つ聞きてんだけどよ。何で俺に相談したんだよ?俺と加藤が被ったのかよ?俺とそんな野郎一緒にしてんじゃねーぞ!俺はどんなに追い込まれようとてめーの大事なもん差し出ししねーよ!それで頭抱えて、被害者ぶってるような奴は話にもなんねーよ!』

マコトが悪い訳ではない。マコトの責任感の強さは、僕が一番良くわかっている。弱気を助け、強気を挫く。そんな人間である事は重々わかっているが、僕にはどうしても加藤を許すことができなかった。恨む相手、復讐する相手が目の前にいるのにも関わらず、自分は何もせず頭を抱えて、被害者のフリをする。そんな人間をどう同情すればいいのか。


『、、、わりぃ帰るわ』


マコトはそう言い残し、立ち上がり部屋を後にしようとした。

『マコト、わりー、感情的になって、、』

『気にすんなよ。けど、、、俺ももう少し考えてみるわ』

『わりぃ!今度またあんなとじゅりも含めて飯でも行こうや』

そう言うと、マコトは少し笑い部屋を後にした。

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