第22話 金田①
『ゆうじ、今度下の者に車屋やらせんだわ。お前、車イジれんだろ?ウチで働けや』
配達員の一件から数週間が経ったある日、極道の比山さんから電話がきた。
『いやー自分はまだ半人前です。車屋ってカスタム系ですか?』
『借金のカタで取り上げた車よ、今までは組織の人間に流してたりしてたけどな、最近はそうはいかなくてよ。まともな物もあるからよ、見栄えよくして売るからよ』
闇金融からお金を借りる際に、車などを担保に入れる事は多い。支払いが焦げ付くと支払いの代わりに担保に入れている物を取り上げる。その流れは大手銀行でも同じでやり方自体は問題はないが、ヤミ金から流れてくる車は曰く付きが多いし、それ以上に所有者の殆どが不良系か経済的弱者という客層であった。
いくら給料が今の倍以上の金額で、仕事内容も適当な楽な仕事であっても気乗りする訳がない。比山さんの下で働き、そんな車を扱うようになれば、見事に"半グレ"の出来上がりということになる。
あんなの一件以来、振る舞いは少し前の僕に戻りつつあったが、内情的にはなにも変わらず、仕事に対しては真摯に向き合い、社会的にも一人前の男として生きたいと思っていた。僕としては、親との関係を修復した上で、あんなに結婚を申し込む。それ以外の人生は考えられなかった。
比山さんには断る前提で『ちょっと考えてみます』というと『おう!マコトとか他の奴にも聞いてる所だからよ、まぁよく考えてくれや』と言い電話が切れ、僕はホッと肩を撫で下ろした。
車が三度の飯より大事な僕達は、それぞれ車に関係する仕事に就いてる人間が多かった。誰もが、いつかは独立する事を考えてやっていたと思う。
僕もその一人だが、僕の場合は少し違った。僕の親父が車屋を経営していたので、他所で技術を学んだ上で親父の会社に入社し、後を継ぎ、会社を大きくしよう。勘当され、一時は糞食らえとそんな夢を疎ましく思うようになっていたが、親を見返したいという気持ちは親と会わなくなってから、一層強くなっていった。結局僕は、同じ夢を目指し始めていた。
そして、この話に意外な人間が乗っかった。マコトである。マコトは、昔から機転が利き統率力があり、尚且つ思いやりもあるような、人の上に立つ為の才能を小学生の頃から持ち合わせていた。勿論、現在もチームの頭として、しっかり尊敬されていたので、起業しても成功するだろうと思っていた。
しかし、比山さんの下で働くという事はどういう事を意味してるのかを理解しているのか?マコトはどちらかといえば保守的に物事を考えるタイプなので、僕としては、意外すぎる結論だった。
どう考えても、今の仕事を辞めて、半分極道として働くには勿体無い気がしたので、僕は初め反対をした。しかし、マコトの意思が固く、引き止めることができそうではなかったので、心配ということもあり、僕も設立までは協力するという運びとなった。
協力すると簡単に言ったものの、実際にやってみると死ぬ程やることがあり大変だった。僕は、本業があるので尚更かもしれないが、、
事務処理みたいなものは、比山さんが取り仕切ってやってくれたが、その他雑務は、僕達で全てやらなければならない。従業員は全員で4人。マコトが工場長となり、それ以外の3人は、マコトの知人で構成された。
そして、驚いたのが社長の椅子に座ったのは、金田だった。金田は、正月に比山さんに新年の挨拶行った際に、帰り際に出会った人間である。その時の様子から、僕達のことをよく思ってないであろうと思っていたので、僕は苦手意識があったが、話してみると意外と冗談好きなキャラクターで僕が描いたイメージとは違い、割りと接しやすい人間であった。無論、社長と従業員の関係は上下をハッキリとしていて、そこはしっかりとヤクザをやっていた。
『あそこに工具一式あるから、取りに行ってこい』
車を整備するにあたり、最低限ジャッキや手工具が必要であるが、1つの機械や工具を取り揃えるために必要以上の労力と時間がかかった。金田に行き先の住所のみを教えられ、『行けばわかるから』とあちこちの廃工場やスクラップ施設などを回った。皆でボロボロの箱車に箱詰め状態で向かい、工場に着くと雑品から使える物を捜しだし持ってくる。仕事というよりは、完全な小間使いの雑用ばかりだったが、ある種の体育会系のノリで、当時はマコトを筆頭に若い力で一致団結していたように思えた。その他にも、潰れたビデオ屋にいき、ビデオのラック30セット以上を運んで来たり、廃倉庫で鉄や銅、亜鉛など換金できそうなものをトラックに積んできたりと完全に車屋の仕事とは言えなかった。必要以上に労力を費やした結果として、僕達の工場にはいわく付きの物ばかりが取り揃えられていた。
恐らく正規のルートで仕入れたものは、作業服くらいだったと思う。それは、マコトのこだわりがあり、皆でお揃いの作業服をポケットマネーで支払った物だった。
それでも、自分達の会社を創る為、各々愚痴を溢さず頑張り通した。僕もとりあえず『会社が出来上がるまでは』と休日返上で手伝い続けた。そして、ようやく会社設立までこぎ着ける事ができた。
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