第20話 小さな光②
僕にとっては、本当に待ちに待った犯人だった。一ヶ月以上、寝る間も惜しみ、誰にも理解されることのない努力が、ようやく意味を持ち始めた瞬間でもあった。この経験から、0を1にすることの難しさを思い知らされたし、自分の垣間見える意思の弱さも知ることができた。
それでも結果として、押しても引いても微動だにしない山が数センチでも動いたことが嬉しく、気分的にはこれから喧嘩をするというよりかは、飲みにでも行こうかというような達成感を感じていた。
僕は、早速あんなに新聞会社の場所を調べてもらい、向かうことにした。僕とじゅんやは、新聞社へ先回りし、新聞社から少し離れた所に車を停めた。
『どうするんですか?』とじゅんやが聞かれ、『とりあえず拉致って、洗いざらい吐かせる。じゅんや、帰るなら帰っていーぞ』
『いや、ここまできたら俺もやりますよ』
これから始まる犯罪行為にじゅんやを巻き込ませたくなかったが、正直に言えば、じゅんやの言葉に救われた僕がいた。早朝は、思った以上にジョギングをしている人や犬の散歩をしている人達がいて、慎重にやらなければならない。落ち着いていこう。
僕達は車内で作戦会議をしていると、遠くから1台のパトカーがやってくるのが見え、パトカーは新聞社の前に停車した。パトカーの後部座席のドアが開くと、あんなが降りてきて、こちらを見た。僕はあんなから目をそらし、ため息を吐き、計画変更せざる得ない事に落胆した。
あんなはそのままこちらに向かってきたので、僕達も渋々車から降りた。
『警察呼んだの?』
『うん、やっぱ不安だったから』
あんなは、僕の心中を読んでいた。あんなの後ろから続いて、警察官もこちらの方へやってきて、『ここは私達に任せて』と我が物顔でいきり立っていた。僕からすれば捕まえたのは僕ら。"あんた達何したの?"という思いで『とりあえず俺らに喋らせて』と言い、とりあえずは先手を取れるようにした。
それから数分後、新聞社の前で警察官と少し会話をしていると、新聞配達を終えた犯人がやってきた。僕達は無言で犯人の方へ目をやると、犯人は俯きながら疲れた様子で自転車を漕いできた。僕達の視線を集めながらも、犯人は一切目を合わすことはなく、僕とあんなの間を無表情で通り抜けようとした。瞬間的に僕は、自転車に軽く蹴りを入れ『おい、待てや』と犯人を引き止めた。
『えっなんですか?』一瞬、人違いかなと疑う程の犯人の知らばっくれた反応だった。
『お前、配達するとき、いつも訳わかんねー物置いてくよな?』
『えっなんの事ですか?』
『何、とぼけた顔してんだ、コラッ!こっちはビデオ撮ってんだこの野郎』
その瞬間、僕は犯人の目の奥の"怯え"を見逃さなかった。間違いない。
それでも『いえ、置いてません』と言い張る犯人にイライラしながらも、警察の手前、殴り飛ばす訳にもいかず、僕は拳を強く握った。『とぼけてんなよ、この野郎!テメーがやったんだよ!』
やった。やってない。こんなやりとりが何回か続き、徐々にヒートアップし始めた時に警察官の若手の方が僕に加勢してきた。そこにあんなも加わり、いよいよ収拾つかなくなってきた時に、今度は味のある経験豊富そうな警察官が『まず、本人同士に喋らせてあげよう』と一括した。
僕達もそれに同意し、新聞社の倉庫に移動し、僕達と警察官が見守る中、あんなと配達員のおっさんとの話し合いが始まった。おっさんは、あんな相手だと強気な口調で話をしていた。あんなも始めは、強い口調で話していたが、おっさんの陰湿な物言いに段々と押されてしまい、仕舞いには泣いてしまった。
それを見て、僕は事件の事がフラッシュバックした。"あんなの怯えた顔、あんなの涙、喧嘩した事、一人の張り込み、最悪に目覚めの悪い朝、ゆうじの為と皆が協力してくれたこと"
すべては事件の為に、今まで動いてた。僕はいつからか、犯人を捕まえた事でどこか満足していた。
"ふざけんじゃねー!こっからだろう!なに満足してんだよ!腕落とされてもやるんだろ?目潰されたってやるんだろ?殺せよ"もう一人の僕が叫んでいた。僕は瞬間的に全身に血が回るのを感じた。
『バシーン』
気づくと、僕は犯人の帽子を払い飛ばし、右ストレートを繰り出していた。よろめく犯人を見て、僕はようやくスイッチが入れた。
僕は警察官が止めに入れてくるだろうと、犯人に続けざまに膝を腹に入れ、警察官と反対方向に犯人を投げ飛ばした。犯人がバランスを保とうと手を床に着いた瞬間に追い付き、顔面を全力で蹴りあげた。そのまま顔を押さえ倒れこんだ犯人に馬乗りになり、同時に床に頭を何度も打ち付けた。警察官が僕に追いつき、後ろから僕の左腕を抱えるように引っ張ってきたので、バックヘッドバットを警察官に食らわせ、ひるんだ隙に犯人の首を全力で絞めた。
僕を引っ張る警官、引き離されないように犯人に足を絡め首を絞める僕、必死で抵抗する苦しそうな犯人。おっさん、僕、若手、おっさんとおっさんサンドイッチ状態が何秒か続いた。僕はもう自分をコントロール出来なくなっていた。人を殺す人間の気持ちが少しわかった気がする。
その均衡を破ったのは、じゅんやだった。
じゅんやは僕達にラグビーのタックルのように体当たりして、犯人と僕を引き離した。結果的に、僕も犯人もじゅんやに助けられたようなものだった。犯人は、その場で警察官に容態を心配されながら、ゆっくりと体を起こした。
その後、僕は警察官に取り押さえられ、パトカーに連れられる所で『よう、お前がやったんだろ?』と犯人に言った。犯人は、意識が朦朧としているのであろう、頭を抱えながら『はい』と非を認めた。
結局、僕は犯人より先に警察に連行されることとなった。犯人はその後、病院に行き、事情聴取は明朝に行われるということだったが、僕は警察官に『君は同席できない』と言われ、僕の代理としてじゅんやが同席することになった。
僕はその日の夕方までたっぷりと絞られたが、それでも当日に釈放してくれたのは、情状酌量であった。
翌日、交番にて取り調べを行うために、あんなとじゅんや、犯人が集まった。これ以上のトラブルを避ける為に、あんなとじゅんやは事情を説明するとすぐに帰され、その後、犯人の事情聴取が続いたが、2.3時間拘束され注意を受け、嫁の迎えの元、帰されていた。取り調べ後、じゅんやは、犯人の住所、電話番号、家族構成などのメモをしており、それを僕に渡した。
嫁の金で生活し、年頃の一人娘を持つ50代の男。自分は新聞配達のアルバイトをして、どこか報われない思いをあんなに向けれたという動機だった。
これで終わらせるはずはない。
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