第19話 小さな光①
事件後、2週間が経った。事件を大昔の事のように思えた。朝起きて、事件の事を思い、仕事をしながら思い、仕事が終わると、あんなの家の前にいた。僕は何も変わらない。
ただ、2週間必死に動いて、何も手掛かりがないと途方に暮れるような気持ちが芽生えてきていた。諦める気は一切ないが、孤独と向き合いながら、あんなの悲しい顔を見てると、今度は自分の行動に疑問が出てくる。
『俺は誰の為にやってるのだろう』
人間は弱い。前向きじゃないと生きていけないと思う。未来に光が見えないと生きようと思わない。少なくとも僕はそうだった。自分に負けたのかはわからないが、僕は少しずつあんなの要求を聞き、張り込みの時間を減らしていった。それはそれで、毎日悪夢を見る。朝起きると、汗が垂れ、『殺す』と心の中で誓った。毎日。
心の中では悶々としていたが、耐性がついてきたのか、あんなの前では、明るく見せていた。あんなも、少しずつ明るく振る舞っているのがわかった。生活サイクルも、表面上は普段通りに戻っていった。
僕は、悪夢を見るのが嫌で、あんなに黙って深夜に張り込みを再開した。あんなと会い、解散した後で、帰ったようにマフラー音を響かせた後、静かにあんなの家から少し離れた場所に車を停める。
これは、あんなにバレないようにする為とストーカーを欺く為にやっていた。張り込みは、アパートの向かえにある民家の庭に忍び込み行った。経験した人間にしか理解できないことであるが、ハッキリ言って、夜中の1人の張り込みは、色んな意味で怖い。幽霊が出てこないか、変質者や泥棒と間違えられないか、神経を研ぎ澄ませてやるので、必要以上に疲れた。それでも、自分を励まし奮い立たせ、毎日張り込んでいた。
そして、その努力の積み重ねが、一つの光をもたらせた。
■
事件から1ヶ月。あんながある異変に気がついた。
朝、家を出る時に郵便受けや玄関の前に、ゴミが置いてあるのである。
そのゴミは、布の切れっぱしやエロ本の切り抜きや紙を丸めた物であった。最初は、ただのイタズラかと思ったが、週に2、3回は入っていた。あんなに聞くと、以前にもこのような事があったらしいが、特に気にもしなかった。僕にはストーカーの気持ちはわからないが、定期的に誰かがイタズラをしに来てるという事はチャンスである。
まずは、犯人を突き止め、そこから芋づる式に全員捕まえることができる。殺す気はないが、半殺し又はそいつの大事な人間をやるとか、僕は色んな事を頭に浮かべる事によって、少しずつ、活力を取り戻していった。
あんなには『警察に突き出そう』と言い、張り込みを許可してもらった。チームの人間にも、もう一度協力を頼み、週末に時間がある時で構わないからという事で張り込みをお願いした。張り込み時間は、大体夜の11時位から翌朝まで行った。皆、平日は仕事をしていて、週末は遊びたいのが当たり前だが、代わる代わる来てくれる仲間達を見て泣きそうな程、感動した。
僕達の車だと目につきやすいので、知り合いから、箱型の軽を借り、アパートの駐車場に駐車して、車内から見張りをした。あんなも、出来るときは家から見張り、何かあったら連絡させるようにした。
見張りを開始して、4日目。しっかり見張っていたつもりだったが、張り込み終了して目を疑った。あんなの部屋前に、雑誌の切り抜きが置いてあった。怪しい人間なんて通ってない。僕は、同じアパートの人間を疑ったが、それにしても無理があった。
寝不足の頭でいくら考えても答えは出なかったが、『ビデオカメラ仕掛ければいんじゃね?』とマコトの名案が降りてきた。
今考えれば、二秒で動画撮れば良いと考えつくが、当時は携帯にそのような機能はなかったし、それ以前に頭が悪かった。そして、その週末、山が動き始めた。
その日の張り込みメンバーは、僕、あんな、じゅんやの三人だった。夜11時頃、張り込みを開始した。サービス精神もあったが、いつも僕は張り込みの際は、牛乳とあんパンを2人で食べるようにしていた。
僕は、昔から胃腸が弱く、牛乳と寝不足で毎日腹を下していたが、皆が喜ぶので定番を通した。その日は、僕とじゅんやは翌日仕事が休みという事もあり、テンションが上がり、今日は途中で交代せず、徹夜で張り込もうという話になった。
午前5時半頃
『兄ぃ!兄ぃ!多分、あいつなんか置きましたよ』
徹夜と言いながら、爆睡している僕をじゅんやが起こした。一瞬で目覚め、犯人の顔を確認した。それを見て、追いかける必要がないと判断した。犯人が帰るのを待ち、僕達は車から降り、ビデオカメラを確認した。白黒の映像であるが、間違いなく何かを置いている。玄関の前にもエロ本の切り抜きが雑に置かれていた。
その犯人は新聞配達員だった。
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