第13話 クリスマス
あんなと付き合い始めて半年の月日が経った。
僕達は変わらず、いつも一緒にいた。仕事や学校などで会えない時は、『頑張って』とお互い励ましあっていた。
いつも前向きに頑張っているあんなを見て、ファッションショーの僕の失態を通して、"しっかりしないと"と僕は思い始めていた。あの日から、僕の脳裏には"結婚"の文字があり、あんなとの幸せの未来像を想像することが増えていった。
『2級取ったらとりあえずは一人前だ』
昔、親父が言っていたその言葉を僕は思い出した。
当時、僕は自動車整備士の仕事をしていた。自動車整備士と言えば3Sと言われる仕事で、"きつい、安い、汚い"と昔から言われていた。『Sつかねーじゃん』と皮肉を言って返していたが、なんだかんだ僕は親父と同じ職種に就いていた。
結婚するのであれば、僕が一人の男として一人前にならなければ、あんなに対しても失礼だ。
親とも和解し、社会的に認められた上で初めて『結婚しよう』という言葉を口にできるのだと思った。
僕は勤め先の社長に『一生懸命やるので、整備士2級取りに行かせてください』と直談判をした。社長は快く『いいぞ!ゆー頑張れよ』と快諾してくれた。
忙しい中、夕方になると仕事を抜け、整備士講習を受けに行かせてもらった。その代わりと言ってはなんだが、僕もなるべく人のやりたくないような仕事を『俺やります』と頑張っていた。
僕はあんなと出会ってから、あんなの頑張りを見てきて、少し後ろめたさみたいな感情を持っていた。それが結婚を意識し、行動し始めると大変なんだけど、毎日が充実し、そんな後ろめたさからも解放されていった。
"理想と現実の距離を縮めていくことの面白さ"みたいな物を知ることができた。
お互いに忙しい日々を過ごしながらも、あんながバイトの日は迎えに行き、休みの日は家に行き『お互い頑張ろうね』といつも励ましあっていた。
街はすっかり雪景色になり、気付けばクリスマスになっていた。
クリスマスは、背伸びして、普段は全く行かないような丘の上にある高級フレンチのディナーを食べに行った。店に到着し、二人共緊張して店に入ると『お客様』とタキシードを着た店員が僕達を引き止めた。
『お召し物が、少し、、』というので、僕は『嫌、大丈夫ですよ』とスマートに答え、店員を振り切った。
あんなが『ん!?』と困惑した顔をして僕を見るので、『なした?』と聞くと、あんなが店員の方を向き『服装ですよね?』と聞いた。
店員は少しはにかみ、小さく頷いた。
僕は"お召し物"が"お飯もの"と解釈し、"今日はご飯ものが品薄なんだな"と馬鹿丸出しの解釈をしていた。
間違いに気付き、僕が真っ赤な顔をしていると『他のお客様もいらっしゃいますので』と続けた。
『えっ!?これじゃダメなの?』と服を広げるようして店員に見せたが、その時の格好は黒のプレイヤーズのツナギに太い金のネックレス、ラメが少し入ったダウンジャケットを着ていて、完全にダメだった。
あんなはドレスのような服装で問題はなかった。僕は当時"ドレスコード"という言葉さえも知らないような無知な人間だったので、本気で驚いた。
このまま帰るわけにもいかないので、何とかならないかと店員にすがりつくと『従業員用のタキシードならございますが、、』と悪魔の選択肢を追加してくれた。
しょうがないと思い、店の更衣室を借り着替えることにした。いざ、タキシードを着てみると『誰これ?』と鏡の前に突っ込む僕がいた。
タキシードをなるべく格好良く着ようと思い、胸元を空け、パンツを腰で履いてみると完全ホストになった。
先に席についているあんなの元へ行くと『似合ってるよ』とゲラゲラ笑いながら、言っていた。僕は恥ずかしながらも、笑いが取れたと少し満足気な顔をした。
その後、料理が運ばれてきたが、『タキシードが運んでくる料理をラフタキシードがそれを食べる』という絵面に二人ともツボに入り、笑いを堪えながら、赤い顔をして二人で豪華な食事をした。
勿論、味は覚えていない。
『有難うございました。美味しかったです。次くる時はスーツで来ます』と"恥ずかしすぎて二度とこれないな"と思いながら言い、僕達は店を後にした。
車に戻り、夜景スポットがあるとわかったので、向かうことにした。数分車を運転して高台に着くと、視界全体を包むような壮大な夜景を見ると感動した。白い雪が広がる街並みに電飾の温かみが際立ち、とても綺麗な景色だった。
あんなに、『これ、大した物じゃないけど。メリークリスマス』とそっとプレゼントを渡した。
『ありがとう。あたしからも』とあんなもプレゼントをくれた。
『ありがとう。先開けていいよ』と言い、あんながプレゼントを開けると、『えー!?ありがとう。てかびっくり、そっちの中も時計だよ』
就職活動にも使えると思い、僕は腕時計を渡したが、あんなも腕時計でブランドも同じであった。
『マジで!?』と開けてみると本当に腕時計で、二人でまた笑い、キスをした。
僕達は普段から、相手の事を考えてたら連絡がきたり、同時に同じことを言ったり、時にはお互い同じタイミングで電話して話し中になることもあった。
以心伝心。意志疎通。当時の僕達は本当に神ががっていたと思うし、どこか運命みたいな物を感じていた。あの時までは。
夜景を見た後、少しドライブをしてあんなを送り届けた。『今日はありがとう。すごい幸せだったよ』と微笑むあんなをみて、僕は幸せな気持ちになった。
『うん。俺もだよ。したらまた明日、おやすみ』とまたキスをした。
『おやすみ』とあんなが助手席のドアを開けた時だった。
『ゆうちゃん、、』と僕を呼んだ。あんなが後ろの方に視線をやっている。僕もドアを開け、後ろを見てみると、"ビクッ!"僕の車のすぐ後ろに人が立っていた。
年齢にして50代の小汚ない男だった。一瞬、幽霊かと思う程にボーっと不気味に立っていて、僕が見ていても数秒、棒立ちのままだった。
あんなも怯えている様子なので、僕が車から降り、立ち上がるとその男は下を見ながら、歩き始めた。
あまりの突然なことに、僕は声さえ上げれなかったが、すれ違い様に僕の顔をチラッと見たので、『おい!何よお前、何か文句あるんかコラ』と苦し紛れの脅しを入れた。
僕の言葉に一切反応しない男に更に追い込みをかけようと口を開いたが、『ゆうちゃん!』とあんなに制止され、そのまま帰してしまった。
『なんだ、あの野郎』と僕がイラつきを出す横であんなは、『怖い』と怯えていた。
そのままあんなを部屋の玄関まで送り、帰り際、先程の男の行方を追ったが、探し出すことはできずに、僕も家路についた。
『二人お似合いだよね。いつもラブラブだな。このまま死んでもいい位最高!大好き!愛してる。』僕達の事を誰もが認めてくれていた。幸せを願ってくれていた。
"俺達は上手く行く"そう信じて止まなかった思いは、少しずつ闇に足を引っ張られるように崩れ去っていった。
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