第8話 夏祭り①

暑さが纏わりつく夏。


 僕は、当時自動車整備士の仕事をしていたが、この季節は大変だった。ただ立っているだけでも、汗が流れてくるのに、長袖の作業服は袖や裾を捲ることは許されず、日焼けとホコリまみれになり、いつも真っ黒な顔で作業していた。


 作業服の中は熱の逃げ場所がなく、熱がこもる。キツイ体勢での作業や力を使う作業では、全身から汗が吹き出た。

 特にエアコンをガンガン効かせて、走ってきた車の点検の時は最悪だ。ボンネットを開けた瞬間、熱い熱気が吹き上がり、それだけで意識が飛びそうになる。


 サウナで言えば、ロウリュのような感覚でそれを毎日浴び、仕事が終わり帰宅すると直ぐにシャワーを浴びると『整い』、直ぐ様遊びに行くというルーティーンだったので、当時は本当に体力があった。


 あんなと付き合い始めて2ヶ月が経った頃、街では夏祭りの準備がされていた。当時は、夏祭りともなると会社も仕事が午前中までの半ドンとなり、餅代として数千円のこずかいを持たせてくれた。愛情のある良い社長、会社だった。


『今度の祭り一緒にいこうね』

『うん。めっちゃ楽しみ!浴衣着ていった方いいかな?』

『そうだね。多分、皆着てくるんでないかな』と僕は鼻の下を伸ばして言った。

『私、こういうの初めてだから、めっっちゃ楽しみ』とあんなは、無邪気な子供のような可愛いさと幼少期は"イベントというイベントに参加させて貰えなかった"少し可哀想な面を一切悲観していない明るさがあった。そんなあんなを見ると『めちゃめちゃ楽しませてやる!』と僕は心に誓っていた。



 祭り当日。仕事を終えた僕は、直ぐに準備してあんなを迎えに行った。着いたよとワンコールをすると、あんなは少し照れながら家から出てきた。

 紺色系のベースに花柄模様があしらわれた浴衣に頭には花飾りがつけられていた。僕は普段とは違うあんなのおしとやかな姿に『最高です。有難うございます』と照れ隠しで言った。


 祭り会場までは、それぞれ地下鉄で向かい、仲間達とは現地で待ち合わせとなっていた。メンバーとしては、マコトとテツが彼女連れできて、後からまさなど他のメンバーと合流する形になっていた。


 祭り=喧嘩と言っても過言ではないメンバーだったが、女連れで喧嘩をするような馬鹿はいなかった。

 他の敵対するチームとかち合っても、どちらかが女性を連れていたら、喧嘩はご法度であり、気がついてもお互い目を合わさないようにする。

 全ての人間ではないが、そういうある種の常識がこの時代はまだあった。


『お疲れ~』『お疲れちゃ~ん』


 僕達は現地に到着し、マコト達と合流した。マコトの彼女のじゅりとテツと彼女は、水商売をやっている事もあり、アレンジにアレンジを重ねたド派手な浴衣姿であった。じゅりは、両肩を露出し胸元を少し魅せていて、特攻服✕浴衣のような姿に周囲の視線を集めていた。


『あんな可愛い~』とじゅりはあんなに駆け寄り、『あ~じゅりも和風にしてくれば良かった~』と言っていた。『じゅりちゃんめっっちゃ可愛いよ!』とお互いを誉め合う二人を見て、『お前ら、おぎやはぎか』と突っ込みながらも、僕は少し安堵していた。


 端から端まで、500m以上はある空間に隙間なく詰め込むように立ち並ぶ屋台は、圧巻であり、癖の強い的屋衆が多くいた。


 密集した人混みの中、女性陣にくっついて歩きながら、僕達は『ここは、3万の上がりだな。ここは30万いくかもな』などと的屋側の目線で祭りを楽しむ、特殊な楽しみ方をしていた。


 金魚すくいやくじ引き、射的など僕はあんなに祭りの定番を体験して貰おうと、『あんな!射的やろうぜ』『次はあっち面白そうだな』と、積極的にとにかく何でもやってみた。


 景品が取れないと取れるまで金を注ぎ込み、手持ちが一杯になると、近くの子供達に『これやるか?』とプレゼントしたりしていて、僕は脚長叔父さんにでもなった気分だった。

 一通り園内を周り、腹ごしらえをしようとビールや焼きそば、お好み焼きなどを買い、どこかで食べようとワイワイと賑やかにスペースを探し歩いていた。


『あれ!?テツじゃねー?』


 どこからか男の声が聞こえ、そちらを見ると二人の男がテツに話しかけていた。

 二人は、いかにもお兄ちゃんというような風貌だったが、僕にはテツが少し気まずそうにしているように見えた。

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