ちゃんと

和泉君と別れた私は、近所のスーパーへ向かった。七瀬さんの夕食用の食材を調達する為だ。

メインはカレーに決まっているので、付け合わせの野菜とか食後に出すデザートとか。


あの後、和泉君はすぐに帰ったのだろうか。思った以上にショックを受けていたように感じた。彼の事は嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも、私の中では七瀬さん以外は考えられないでいる。だから……心が痛い。痛いけど、仕方がない。彼のテスト勉強に支障が出ないといいけど……彼は普段から優秀だから大丈夫だと思いたい。

私も切り替えて頑張らないと!


スーパーに着いた。買い物に掛かるお金は、予め七瀬さん(のお母さん)にお財布を預かっていて、その中から支払う事になっていた。勿論、レシートは取っておいて、後で七瀬さん経由で彼のお母さんに渡してもらう。


入り口でカゴを持った所で見知った顔を見つけた。見つけてしまった。正直言って今、一番会いたくない人だ。何とかタイミングをずらして、会わないように買い物を済ませようと思ったのだけど……困った事に目が、合ってしまった。しかもやたら手を振っている。

……仕方がない、諦めて挨拶しておこう。事故現場では彼女の冷静さに助けられた所もあるし。


「こんにちは、南雲さん」

「偶然だね〜、葉月さん。怪我は無かったの?」

「あ、はい。私は全然。昨日は私のせいでご迷惑をお掛けしました」


ぺこと腰を折って謝った。 


「あー大丈夫大丈夫、怜君は?怪我してたようだけど」

「七瀬さんは、腕とか……あちこちに怪我をさせてしまいました……」


病院で見た痛々しい姿の七瀬さんを思い出して、声が尻すぼみに小さくなって、顔は下を向いてしまう。と、

両の頬に温かい手が添えられて、俯いた顔を優しく上向かせられた。背の高い彼女は少し屈み込んで私の目の前に、その整った綺麗な顔を近づけて言った。


「ふふっ、怜君てば名誉の負傷だねぇ。お姉さん嫉妬しちゃうな〜」

「め、名誉って……」


頬に添えられた手の優しさとは裏腹に、南雲さんの表情は悪戯っ子のそれだ。

すっと離れた手は、今度は自身の腰に当てて、


「それで?中学生女子がスーパーなんかに寄ってお使いかな?」


なんかその物言いが、子供扱いされているようでちょっとムッとして、返しが素気ない態度になる。


「これから七瀬さんの家に行って夕食を作るんです」


その言葉に彼女は目を丸くした。


「おおー、上手いことやったね!葉月さん。通い妻とは!」

「ちょっ、南雲さんっ、声大きいですっ」


近所の噂の発信源、主婦の皆さんの只中で、制服中学生を捕まえて妻呼ばわりしないで欲しい。すごく見られてるんだけど!


「な、南雲さんこそ何でここに居るんですか?」


はぐらかそうとして、話題を変えた。それにこの女子大生がスーパーで買い物とか似合わな過ぎで訊いてみたかったのだ。が、


「え、だって食料品調達しないと。私一人暮らしだし、週二でここ来るよ?」

「ええっ」

「ちょっと?葉月さん、その驚きは何?私が一人暮らしは不自然なの?」


不自然で不思議で不気味です。この人が?家事するの?自炊するの?お米を研いでいるよりも刃物を研いでいる方が似合いそうなのに?


「葉月さん?何か失礼な事考えてない?」

「あ、いえ。南雲さんと家事が結びつかなくて」

「それ十分失礼だからね?!」


だって外食しかしてなさそうなんだもん。


「すみません、人は見かけによらないという事ですね」

「葉月さんの見方が変わったわ。なかなか厳しい性格なのね……」

「それじゃあ、買い物がありますから」


戦慄している南雲さんを残して買い物をしようとする私を、南雲さんが待って待って、と引き留めた。


「何ですか?」

「う〜ん、私葉月さんに嫌われてる?」

「……何か私が南雲さんを嫌う要因に心当たりがあるんですか?」


この人が、どういう認識で七瀬さんと私に接しているのか探りを入れてみた。


「あるよ?事故の時とか。もっと言えば最初に会った時から私に好印象は持っていなかったでしょう?」

「……」


始めから分かっていて、七瀬さんにちょっかいを出している。そして私には挑発とも取れる言動。


「南雲さんには彼氏さんが居ると聞いてますけど。


七瀬さんがバイトをしているファミレスで、七瀬さんが南雲さんに言った事だ。見た目と相まって、この人の印象を決定付ける会話だった。つまり、遊び人。異性にだらしない人。


「ふぅん?それが葉月さんは気に入らない?」

「違います。そんな複数の男性とお付き合いしているような人が、七瀬さんに近づくのが心配なだけです」


自分でも驚くくらい敵意剥き出しの言い方になった。


「言うなぁ……でも怜君カワイイからつい構っちゃうんだよねぇ〜」

「密着するのはどうかと思います」

「葉月さん。お姉さんくらいになると、あれくらいただの挨拶みたいなものなんだよ?そうね、親しみを込めたスキンシップって言うのかな?」


人差し指を頬に当てて首を傾げながら、何でもない普通の事だと言う南雲さん。


「どうせ私はまだ中学生の子供なのでわかりません」

「そうね〜、葉月さんにはまだ早いかな?中学生だものねぇ」


完全に子供扱いだ。それがとても癪に障る。この人に言われると特に、だ。


「……もういいですか?買い物したいので失礼します!」


今度は呼び止められても無視するつもりで歩き出した。後ろで南雲さんの声が。


「あ、葉月さん。一応言っておくけど私、今フリーなの」


彼女の言葉に一瞬足が止まりそうになったけど、なんとか思い留まって食材の吟味をする事にした。



買い物が済んで、スーパーを出た。

レジに並んでいる時に、わざわざ私の後ろに並んだ南雲さんが、そっと耳打ちをしてきた。


『ねぇねぇ葉月さん、怜君と二人きりだね。どうするの?』

『どうするって、七瀬さんの夕飯を作るって言いましたよね?』

『その後は?』

『勉強を教えてもらいます』

『へぇ〜、勉強、ねぇ。何のお勉強かなぁ』

『……南雲さん。親戚のおじさんみたいですね』

『あっはっは、確かに!』


そう笑い飛ばして、


『ねぇ、葉月さん』

『なんですか』


『怜君、好き?』


以前ならあたふたしていただろう。でも今は違う。特にこの人に対しては、男性を惑わすような言動をするこの人は、七瀬さんに近づけたくない。


『はい。七瀬さんが好きです』


彼女はふ、と笑みを浮かべて言った。


『そうだよ、好きならちゃんと言わなきゃね』

『え……』

『ほら、レジ。あなたの番だよ』


それきり、彼女は私を構う事無く、またねーと言って帰って行った。両手に持った買い物袋はパンパンだったけど、週に二回来ていてあの量なの?どれだけ食べるの?エルゲル係数高そう。


いやそうじゃなくて、さっきのアレは何だったんだろう。好きならちゃんと言えとは?南雲さんにははっきり言った。言わなくてはいけない人だから。

凛と澪にも言った。何かと助けてくれる友達だから。あと……和泉君にも。


でも、南雲さんが言ったのは多分……七瀬さん本人に好きと伝えろ、と言っているような気がする。

何故南雲さんがそんな事を言うのかはわからないけど、そんな気がした。そうだとすれば私は南雲さんに応援されているのだろうか?あの人の考えている事はわからない。考えてみれば、彼女と知り合ってまだ数回しか会っていない。その時々で表情が変わる大人の女性を、私が理解できるのはもう少し先だろう。


取り敢えず南雲さんが言った事は頭の隅に置いておいて、七瀬さんの所へ向かう。そろそろ帰ってきている頃だろうし。


七瀬家に向かう途中、何故か誰かに見られているような気がして振り向いたりしたけども、誰もこちらを見ている様子は無かった。











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