部長の武器


教室に入ってもチラホラ注目されているのがわかる。既に和泉君との事は、かなり蔓延してしまっているようだ。

私は勤めて気にしない素振りで席に着く。すると、すかさずいつもの友達が近寄ってきた。


「ちょっと葉月、どうなってんの?葉月といず……和泉君の事ですごい噂が流れてるよっ!」


声量を落として詰め寄る美久。だけど、あまり効果が無い。普通に声が大きい。


「え、えと、なにかな?」

「なにかなって、葉月と和泉君がつきむぐぐっ?!」


彼女の口を手で塞いだ。聞いた私も悪いが、この娘も声が大き過ぎる。教室でなんて事を口走ろうとするの?


「しーっ!美久、黙ってっ!」

「でも葉月、もう学校中に広まってると思うよ?昨日も一緒に帰ったんでしょ?」

「何で穂乃果がそれを……」


美久の隣にいる穂乃果が既に、昨日の放課後の事を把握していた。考えてみれば不思議じゃない。下校時に大勢の生徒に二人で歩いているのを見られているのだ。


「皆んなが二人が仲良く並んで歩いているのを見たって」

「な、仲良くって……」

「だって葉月、すっごい笑顔だったらしいじゃん」


確かに和泉君の話で笑っていたけど、そんな所まで見られていたとは。


「てかさ、葉月」

「え?」

「そろそろ美久、離してあげて?」

「はっ?!」


口を押さえられた美久がくったりしていた。なんなら鼻もなんとなく押さえていた。

ぱっと手を離して美久を解放すると、


「……あの舞台に立てるなんて夢のよう……」

「美久?!しっかりして?!」

「帰ってきて!美久!」


覚醒したかに見えた美久が、恍惚の表情でなにやら呟き始めた。慌ててこちら側へ引き戻そうとする私と穂乃果。

肩をガクガク揺さぶってやっと、夢の舞台から生還させた。


「ふ〜、いい夢みたぜぇ」

「ごっ、ごめんねぇ、美久〜」


多分2.5次元の舞台で、イケメンと共演する夢でも見ていたのだろう。窒息していた割には元気だ。


結局その後はすぐに担任の先生がやってきて、美久と穂乃果は席に戻って行った。


朝の和泉君との話し合いのせいか、終業まで彼との会話は無かった。そして放課後、私はアトリエへ向かった。テスト期間中で部活動は休みだけど、凛と会う為に澪に鍵を開けてもらった。アトリエなら余計な注目が無いからだ。


「それで和泉君とはどうなったの?」

「ええと、それが……」


私は、昨日の出来事を凛に話した。帰る途中で七瀬さんに遭遇した事、逃げ出して事故になった事、七瀬さんの食事のお世話をする事になった事。


「通い妻じゃん!」

「つ、妻?!」

「大胆ね、葉月」


鍵を開けてくれた澪もこの場に同席している。きらりと光るシルバーフレームの眼鏡。そのレンズ越しに細めた眼差しが私を射抜く。この二人を私一人で相手にするのはちょっとコワイ。


「何も和泉君と一緒に居たからと言って、走って逃げ出さなくてもいいんじゃない?まるで浮気現場を見られたみたいじゃない。どっちとも付き合ってないのに」

「だ、だってショックだったんだもん。和泉君にごめんなさいしようとした瞬間に、いきなり七瀬さんが現れるなんて」

「まあ、驚くよね。イケメンとの逢引きの最中に本命が現れたら」

「澪!話聞いてたの?!逢引とか言わないで!」


古風な言葉で間違った解釈をしている澪。更に凛が、


「でも一緒に帰るのはデートだよね」

「どうしてそっちに結びつけるのよっ、凛!私はお断りしようとしてたのっ!」

「でも逃げ出した?」

「う……七瀬さんと一緒に南雲さんが居たの。……腕を組んで。それ見たら我を忘れちゃって……」

「それ早く言ってよ!腕を組んでいたの?それってつまりそう言う事?!」


その時は、それがショックで気が付いたら走り出していた。しっかりと今の状況を整理、清算してから七瀬さんと向き合いたかった。のに、その出鼻を挫かれたのだ。そう言う私の心を、冷徹な美術部部長が潰しにかかる。


「それはもうそのセクシーフェロモン美女と付き合ってるね」

えぐらないで?!澪!」

「まるで南雲さんを知ってるかのように彼女の見た目を言い当てる澪って怖いわ〜」


戦慄している凛を余所に、澪が私に迫ってくる。


「で、どうするの?このモテモテ美少女!」

「何で怒ってるの?!モテモテじゃないし!」


最早敵がい心を燃やしているとしか思えない物言いに私も強く反発する。


「まあモテモテだよね、づっきー。最初に直接アプローチしてきたのが和泉君じゃなかったら今頃大変だったよ」

「だよね。いきなり人気トップ男子が告ったせいで、その他大勢のモブ男子が手出し出来ないでいるのが現状よ」


凛は兎も角、鉄の女、澪が男子をモブ呼ばわりする。この娘、理想高過ぎるの?


「そのトップ男子!和泉君に告られやがった美少女小娘!どーすんの?!」

「あのさ、澪。和泉君好きなの?」

「凛?!そ、そんな事っ、ないもんっ!私の事はいいでしょっ!」


慌てて否定する澪。鉄の女が崩れかけていた。


「ああ、うん。わかったよ澪、そういう事なんだね」

「ちょっと葉月!そういう事って何?!ち、違うからねっ!」


凛のツッコミで分かりやすい反応の澪。顔が真っ赤だよ?なるほど。分かるよ、澪。確かに彼はカッコいいし人当たりも良い。好きになっちゃったのね……って、のんびり客観視してる場合じゃない。


「とっ、兎に角っ、振るの?断るの?NOを突きつけるの?どれなのっ?!」

「うん澪、落ち着いて?どれも同じだからね?」


まさかこの娘を宥める事になるとは思わなかった。澪のように和泉君に想いを寄せる女子が大勢いる。

澪みたいないつも冷静な娘でも、恋をすればこんな風に取り乱してしまうのだ。放っておいたらすぐに別の女子から私に、何らかの接触があるだろう。

状況が悪化する前にはっきりさせよう。取り敢えず今は、この恋する我らが部長だ。


「澪、聞いて。私が好きなのは七瀬さんなの。和泉君みたいなカッコいい男子に告白されれば、それは勿論嬉しい。けど、だけどそれでも私は七瀬さんが好きなの」


大真面目に、澪に自分の気持ちを話した。


「づっきーがこんなにハッキリ七瀬さん好き宣言するなんて……顔を赤くせずに」

「凛、茶化さないで欲しいんだけど」


そういう事言うから顔が熱くなってきたじゃない。凛まで赤い顔でくねくねしないで?


「すっかり年上高校生に参ってしまってるのね、葉月。和泉君が勝てないなんて信じられないけど」

「どっちがどうとかじゃないよ、澪」


たとえ見た目だけを天秤にかけても私は七瀬さんが好きだ。勿論そんな事しないし、そもそも二人を天秤にかけるなんておこがましいにも程がある。


「澪、ありがとう。私の為に部員の口止めとか部室開けてもらったり、話を聞いてくれたり。私、ちゃんとするから。全部終わったら澪の事、応援するね?」

「急に何言ってるのよ、箝口令なんか何の役にも立たなかったし、私がここに居るのはアトリエの鍵を預かっているからだよ」


ぷいと横を向いて早口でそう返す澪。耳、赤いよ?良い娘だね。


「ツンツンしちゃってカワイイな〜こいつめぇ」

「むぎゅ……んな、なによっ凛!離してっ」


凛が澪に抱きついてなにやらもみくちゃにし始めた。


「よーし、私も応援するよ〜澪。皆んな彼氏作ってトリプルデートだね!」

「だから私がいつ彼氏が欲しいなんて……ちょっと凛!どこ触ってんの!」


実はこの美術部部長、首から上は銀縁メガネのおさげ髪で、絵に描いたような真面目さんなんだけど、首から下が……その、規格外と言うか何と言うか。つまり、サイズが一般的じゃなかった。彼女と話す男子の目線は大体彼女の首からやや下だ。


「こんな良い武器持ってるのに彼氏がいないのはおかしいと思わない?澪」

「ソレが目的の男なんてこっちから願い下げだよ!いいからその手を退けて!」

「澪が恋しちゃった和泉君だって男子だよ?女子を見たら考える事は大体同じなんじゃないかな?」


凛?全国の中学生男子に謝って?流石に言い過ぎだよ?それとも奥村君が意外にもそんな感じなのかな?


「凛、そろそろ放してあげなよ。私、行く所あるから帰るね。二人共ありがとう」


「あ、ああ葉月、また明日。りーんー!離してってばっ!」

「やっと二人きりになれるな、澪」

「いっ?!凛?!どう言う事?!ちょっと葉月!助けてぇ〜〜……」


ピシャッ。


そうか、凛はそっちもいけるのか、気を付けよう。部室の扉を閉めながら思った。


澪が最後に、私を呼んだ気がした。気がしただけだ、うん。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る