見たくないもの、見られたくないもの


和泉君とは二年生に上がってから同じクラスになった。

それまでは彼の存在すら知らなかった。

今でこそ皆んなが騒ぐような存在になってるけど、彼が目立つようになったのは二年生になってからだ。

何がどうなってそうなったのか。見た目が劇的に変わったわけでは無い筈だ。そうであれば、さすがに私も気になる。と、思う。多分。


「んっと、二年の時に校外学習あったろ」

「うん」


二年生の始めの頃、大型バスに乗って隣県の有名観光地に行ったのを思い出した。所謂遠足だ。


「あの時、行動班一緒だったの覚えてる?」

「あ、あー、あの時ね……」


ごめんなさい。覚えてません。


「ははは……まあ、覚えてなくても仕方がないかも。俺、その頃は普通な感じだったからね」


今は普通じゃない自覚はあるらしい。確かに普通じゃない。


「あの時さ、桜井は班の皆んなに気を配って色々世話を焼いてくれただろ?気分が悪くなった娘に付き添ったり、皆んなにお菓子配ったりして」

「うう……そう聞くと近所のおばさんみたい。私」


お母さんがバスで配ってね、と言ってお菓子を持たされたのだ。私はおばさんじゃない。お母さんがおばさんなのだ。


「おばさんて……俺も助けられたんだよ?ホラ、慣れないローファー履いて行ったから靴擦れになっちゃってさ」

「あ、絆創膏」

「そう、あれめっちゃ助かったよ」


普段は制服でもスニーカーで登校しているけど、一応、皆んな黒のローファーを持っていた。のだけど、殆どの生徒はスニーカーで登校していた。校庭で朝練がある運動部の生徒はその方が楽なのは分かるけど、それ以外の生徒は何故ローファーを履かないのだろうか。

多分、小学校からの流れで革靴に違和感があるのだろう。慣れるまでは靴擦れとかあるし。

私は一年生からローファー派。上履き下履きと履き替えている。折角革靴持ってるのだから履かないと勿体ないし、少しだけ大人っぽく見せたかったから。


遠足当日は沢山歩くだろうと予測して絆創膏を持参して靴擦れや怪我に備えた。実際、他の班の何人かにも配って感謝された。

でもあれ?あの時の彼が彼?だったのかな?雰囲気がちょっと違うような……


「えと、ごめんなさい。あの時は違う人だったような……」

「いや、アレは俺だよ。髪型とかあれから変わったから印象が違うと思うけど」

「そうなんだ」


「その後頑張ったからね。見た目も勉強も運動も」

「そっか、すごいね」


あの後辺りからか。和泉君の優秀さが目立ってきたのは。見た目は元々良いのだろう。それを自分で意識して表に出し始めたのがあの頃なのだろう。


ん?つまり?


「あの頃から俺は桜井を意識し始めたんだ」


!! そんな……前から?


「だから、頑張った。俺を見て貰う為に」


「……そんな」


思った以上に彼は真剣に私の事を考えてくれていた。まさか彼が変わった原因が私だったなんて。

そして変わっても尚、騒ぎ立てる周りに惑わされず私に告白してくれた、って事?……


私は……どうしたら良いの……


「優しくて可愛い桜井が好きになったんだ」

「……」


言葉が出なくて下を向く私に彼は言い募る。


「この間、桜井が好きになったからと言ったろ。あれは……正直、テンパって口を突いた嘘だ。……本当は、」


下を向いていても、彼がこちらを向いて私を見ているのがわかる。


「好きになった、じゃない。ずっと、好きだったんだ。二年のあの頃から」

「じ、じゃあ、こ、こ告、白が今なのは」

「本当は高校受験の後にするつもりだったんだ。K高校志望だろ?俺も同じだから勉強がんばらなきゃだし、もし、桜井の邪魔になるような告白になったりしたら嫌だったし。受かる受からないは別にして、たとえ高校が別でもうつもりだったんだ。でも、そうもしていられない事になってさ」


察しがついた。凛の予想は当たらずとも言えど、遠からず。


「新入生歓迎会の桜井のパフォーマンスの後、桜井が男子に注目されてるのは知ってる?」

「まあ、うん。友達が言ってた」

「あの遊びの誘いは俺が焦って無理矢理やった事なんだ。急でごめんな」


私にはとても焦りや急ぎは感じられなかったけど、やっぱりすぐにあたふたしてしまう私なんかとは違うのだろう。彼等のグループの人は。


そして、私はどうしたい?真剣に考えなくてはいけない。


和泉君は一年も前から私を気にしていてくれた。優しくて可愛いと言ってくれた。そんな風に見てもらえるのはすごく嬉しい。しかもあの和泉悠真君が、だ。

今までの私ならあたふたしながらも、なし崩し的に付き合ってしまっていたのかも知れない。多分。


でも、彼には一年越しの告白なのだろうけど、私には突然過ぎる告白なのだ。まさに青天の霹靂。同じクラスに居ても彼と彼のグループの人達は、私には別の世界の住人にすら見えていたのだ。

だから、急に誘われてついて行ったあの時は、最後に告白というダメ押しが無くても、すごく疲れた。精神的に。


いや、そうじゃない。疲れるからとかそういう事じゃないでしょ。


私。私は誰が好きなのか。それだけでしょう?私。


そして……そう考えるともう、一人の顔しか思い浮かばなかった。


七瀬さん……


この想いがある限り、和泉君の告白を受け入れる訳には行かない。ずっと想っていてくれた和泉君にごめんなさいするのは恐い。彼を傷つけてしまうのは怖い。申し訳ない気持ちで一杯になるけど、このままではもっとダメだ。


断ろう。


いつもの大通りに差し掛かる。ここを渡ったらすぐ私の家に着いてしまう。その前に、彼に話さなくては。

私はその場で立ち止まった。彼も歩みを止める。


「ん?どうした?桜井」


首を傾げる彼を私は真剣に見つめる。私の表情に何かを感じ取ったのか、体ごと私の方へ向いた。見つめ合う形になる。


「あの、和泉、君」


思い切って口を開く私。真剣さは崩さない。


「……うん、なに?桜井」


目を少し細める彼の表情は、愛おしい者を見るような、哀しさを滲ませているような、私には彼の心中は計れない。

期待しているのか、不安なのか、それとも両方か。

私がこれから話す事に彼はどんな言葉を返すのか、どんな表情を見せられるのか、どんな……気持ちになるのか。


そんな考えが頭を巡り、心が、締め付けられる。

でも彼に、ちゃんと言わないと。


「あのっ、……あの私……っ」


「葉月ちゃん?」

「――っ!!」


咄嗟に私を呼ぶその声の方を見た。


「な……なせ、さ……っ?!」


制服姿の七瀬さん。……の隣には彼と腕を絡めた女性、南雲さんの姿があった。


何が起こっているの?何でまた彼女と一緒なの?なんで腕を組んでるの?それに何でこんな時に、和泉君と一緒にいる時に現れるの?一番見られたくない人に見られた。隣に居て欲しくない人を伴って。


私はパニックに陥った。パニックになって、


「……ひ……ひっく」


みるみる視界が滲んでくる。ただただ、悲しくて。


「桜井?どうし……」


「放してっ!!」


和泉君に腕を掴まれたのを、思い切り振り払った。


「桜井――っ!」

「は、葉月ちゃんっ、これはっ……」


困惑の表情の和泉君。

慌てた様子の七瀬さん。


「…………っ」


私は走り出した。この場に居たくなくて。見てしまった、見られてしまった。何でこんな事に……!


「葉月ちゃん!待って!……!!……!」


七瀬さんが何か叫んでいるけど、何を言ってるのか分からないし聞きたくない。全力で大通りを横切る。


何か聞こえる。この前もこんな音を聞いたような気がする。

視界はぼやけたままで、地面のアスファルトと横断歩道の白だけがぼんやりとわかる。それを頼りに走っていたのに、不意に体が浮いた感覚に陥った。


直後に鈍い音と私が倒れる感覚、耳元で誰かの呻き声。


そして何かの大きな音。



目を開けると、見覚えのあるネクタイ。……ネクタイ?

身体は、何とも無い。地面に倒れたのは自覚している。

顔を上げてみる。と、


「……っ、な、なせさん?」

「や、は、葉月ちゃん。大丈夫?」


私を抱き抱えた七瀬さんだった。


「は、えと、え?」 


身体を起こすとそこは歩道だった。私と七瀬さんは歩道に倒れていたのだ。

道路側に目を向ける。と、そこには、


「!……え……」


車が、大通りの真ん中で横転していた。














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