来襲
もう暗いから、という理由で家まで送って貰う事になってしまった。
「この後アルバイトなのに悪いです」
「もう暗いからね、僕の精神安定に付き合ってよ」
そういう事らしいけど、なんか申し訳ない気分。
家に着くと、またもやお母さんが外に出ていた。
「え、え?葉月?その人は?」
「えと、七瀬、さん、です」
目を丸くして訊いてくるお母さんに、この後の反応が予想出来るだけに詰まりながら答える。
「あらー!あなたが七瀬さんっ?!」
「は、はいっ?!七瀬、ですけどっ?!」
その後はまーいい男とか、夕飯食べて行けとか恥ずかしいやり取りがあったけど、七瀬さんはこれからアルバイトなので、と言って帰っていった。
彼が去った後もお母さんは興奮しきりだった。わかるけど!やめて!
次の日、部活で部員皆んなモチーフ選びでワイワイしている時、部室、もとい、アトリエの扉をノックする音。
はい、と澪が出る前に扉がガラリと開かれた。
途端、皆んなが息を呑んだ。
「失礼します、桜井さんいる?」
「いい和泉先輩っ?!」
「はあ?!和泉君?!」
「葉月ってっ?」
「うわっ、和泉君キタコレ!」
皆んな動揺していた。勿論私もだ。凛が壊れ気味に声を上げた。
動揺している場合じゃない。私は兎に角、彼をこの場から移動させる為に動いた。
「和泉君!取り敢えずこっち来て!」
「うわっ?!桜井?!」
大胆にも彼の腕をがしりと掴んで部……アトリエを出た。
廊下の端まで来て手を離す。
「あーびっくりした。桜井も大胆だねー」
「びっくりしたのはこっちだよ……急にどうしたの」
突然美術部に顔を出すとか、この人は自分の影響力を分かっているのだろうか?分かっている筈だ。女子と話すだけで他のクラスにまで知れ渡ってしまうのだ。
あの掲示板のタイトルを思い出した。
『和泉王子様の動きを逐一報告するスレ』
今も新たに書き込まれている可能性がある。いや、何人かに彼の手を引いて歩く私の姿が見られている。あの中にサイトの存在を知る者が居たら……
「一緒に帰ろうと思ってね。ホラ、俺達お互いをよく知らないだろ?教室で話してたりすると周りがうるさいし」
「う、うん?そう、だね?」
分かっててこの行動なの?教室じゃなくてもここ美術部だし!確信犯なの?これはもう……
「外堀を埋めに来てるね、和泉君」
取り敢えず彼には廊下で待って貰って、アトリエに戻った私に凛は言う。
「そう、なのかな……」
「決まってるでしょー、部室までわざわざ来るんだから」
「アトリエだ。凛」
「あー、めんどくさいな!澪は!」
取り込み中でも信念を曲げない部長の鏡は、今度は私に向かって、
「やっぱり何かあったのね、葉月?」
きらりと眼鏡のシルバーフレームを光らせる。
「だって、話せる訳ないでしょ。和泉君が……その……」
「何?告白でもされたの?」
「んにゃあっ?!」
いきなり核心を突く澪。取ってはいけないリアクションを取ってしまった!この娘コワイ!
「ウソ!マジで?桜井!」
「先輩、すごいですー!事件ですー!」
「オイオイ、歳上彼氏の次は和泉かよ、どーなってんだ?!」
「まってまってまってー!」
パニックになる私と部員達。その時、部屋中に響き渡る手叩きの音が。
「落ち着け美術部諸君」
澪が冷静に部員を見渡す。何故か眼鏡のレンズがおかしな反射をして彼女の目が見えない。
一瞬にしてアトリエを静まらせた部長が話し出した。
「美術部全
「え?部長、観光例ってなんすか?」
「しーっ、黙って」
澪ってばまた何かのアニメにハマってるのね。私に階級付いてるし。中尉とか前線の指揮官なの?くるーてなに?
「尚、口外した者は厳罰に処すからそのつもりで」
「具体的には?」
凛が訊く。すると、澪の眼鏡がギラリと光った。
「定期課題を三倍に増やした挙句に全部リテイクの刑だ」
「「「うっわ、きっつ!」」」
それ即ち終わりが無いのと同義。だが、澪は必ず遂行する!
「横暴だぞ、部長!」
三年生の男子が噛み付いた。何それ、言いふらしたいって事?
「つまり、貴様は吹聴して回りたいというのだな?軍曹」
「いっ!いやそうじゃないけど……軍曹て……」
「なら従って貰おうか。黙っていればいい、簡単な事だ。いいか?これは我等が美術部の最高機密なのだ、決して口外は許さん」
「わかった、よ」
不満そうにそう言う男子に澪はずいっと詰め寄り、不敵な笑みを浮かべた。相変わらず目が見えない。眼鏡の主張が怖すぎる。
「言って置くが、私は裏サイトにも精通しているぞ。たとえ貴様からでなくとも、この情報が漏れた場合は貴様の仕業だと思うからな」
「わ、わかったよ!言わねーよ!誰にもっ!」
その男子は震えながらガクガクと首肯を繰り返す。凛がこの部長やべーよ、と呟いていた。私もそう思う。
「澪〜、ありがとう〜」
頼もしい部長に縋り付いて感謝する私に、
「だけど和泉君があの調子ならすぐに全校に知れ渡るよ。あんたはさっさと態度を明らかにする事、いいね」
「う、うん」
厳しく釘を刺されてしまった。
申し訳ないけどやっぱり和泉君には謝ってお断りしないといけないよね。
荷物をまとめてアトリエを出た。廊下の先で和泉君が数人の友人らしき男女と談笑していた。ううっ、行き辛い。
このまま気づかないフリして帰ってしまうのはアリ?それじゃ和泉君に悪いでしょー、私。
「あ、桜井ー、こっちこっち」
思い切り呼ばれた。私と彼の間には何人もの生徒が居る。
その全部が彼を見た後こっちを見た。同時に。
「え、誰だっけ?」
「ほら、美術部の……」
「和泉君と仲良いの?」
「さあ、でもそんな感じに見えるよね」
コソコソと話し声がする。丸聞こえなんだけど……
私が動けないでいると、彼の方からやってきていきなり手を取られた。
「んにっ?!」
「どうしたの、ぼーっとして。帰ろう?」
わぁーとか、うそーとか聞こえる。和泉君に手を引かれながら私は俯き加減で周りを見ないようにしていた。
さっきのアトリエでの箝口令は、全く役に立たない事態になってしまった。あれ?つまり私がやっちゃった感じになっちゃうの?リテイク地獄になるの?
昇降口から外へ出ても、隣に和泉君が居る限り注目を浴びてしまう。
その場に居る全部の生徒がこちらを見ているような気がする。実際見られている筈だ。そして色々な憶測が飛び交っているのだろう。こういうのを針の
そんな中でも和泉君はどこ吹く風とばかりに平然としていた。
「へぇ、桜井は一人っ子なんだ?俺は兄貴がいてさ、結構仲いいんだよ、兄貴がバンドやっててさ、よくライブ観に行ってるよ」
「へぇ、そうなんだ」
そう言えば聞いた事がある。たまに和泉君自身もゲストボーカルとしてライブハウスで歌ったりするそうだ。それ目当てでクラスの女子が観てきたと言って興奮していたのを思い出した。
てか、もう普通に話掛けられてるよー、周り皆んな見てるよー。
「桜井は休みの日とか何してんの?」
「あ、えと、図録……えと、美術展のパンフレットとかを読んだり、友達の家に行ったり、かな」
基本インドア派です。
「さすが美術部だね、そのず、ろく?って何?」
「えとね、映画のパンフみたいに薄くなくてね、分厚い本になってるの。でね、その作家の生涯とか詳しく載っていて読んでると面白いの」
「へぇ、なるほど。深そうで面白いね」
「うん、読み始めると夢中になっちゃうの」
あれ?なんか私、語ってない?お互いを理解する趣旨の二人での下校なんだけど、彼の告白はお断りする筈じゃなかった?なんかいい感じに話しちゃってる自分が居るんだけど。
まずい、このままズルズル引き摺っていては断り辛くなってしまう。
「……でさ、俺と
「うん」
話は仲良しグループで遊びに行く為に駅で待ち合わせた時の事。
「でも
「ひどい、ふふっ」
「さっさと来いっつって、次に絵里に電話したら
「うん、うん」
「間違えて北口でウロウロしながら東口って何処ーって」
「あっははは」
「東は線路しかねーよっつってさ」
あれ?何故か楽しくお喋りしちゃってるよ?乗せられてるよ?まずいよね?とか言って私すごい笑ってるんだけど。
「あははは、おかしいね」
「だろ?やっぱり桜井は可愛いよね」
「そうだね……んなっ?!」
穏やかに微笑む和泉君。
「んななな、ちがっ、急に話がっ」
駅、駅は?東口はどこ行ったの?あ、東口じゃなくて南口か。そうじゃなくてっ!
彼はニコニコ顔でこちらを見ている。
突然の直接攻撃に動揺しながらも、私は疑問に思っていた事を口にする。
「えと、ちょっと、訊きたいんだけど」
「うん。なんなりと」
彼は笑顔を崩さない。
「その、何で私なのかなって……二年生の時も和泉君とは同じクラスだったけど、何で……今なのかな」
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