中学生と高校生


部活を終えた帰り道。あれこれ考え込んでしまう。

昨日からの怒涛の展開で気疲れしてしまっていた。でもそれでもぐるぐる考えてしまう。


男子からの告白ってこんなに疲れるの?本当はもっと喜ぶべきでは?いやいや何を考えているの私!七瀬さんはどうしたの!好きなんじゃないの?うん、好き。本当に好き?うん、好き。何で好きなの?カッコいいし優しいし。和泉君は?カッコいいし優しそうだよ?じゃあどうするの?まさかOKなんてしないよね?うん、そのつもりだよ?あの歓迎会のパフォーマンスを見た和泉君の一時の気の迷いだけかもしれないし。何で早くごめんなさいしないの?勿体無いとか思ってない?七瀬さんがダメそうな時の保険なの?そんな事ない!本当は南雲さんとか高校の誰かと付き合ってたり?それか私以外の誰か好きな人がいたり?でもデート誘ってくれたよ?貰い物のチケットが勿体無いだけだったかも。勉強教えてくれるよ?なんか兄目線なのかも。あーもうっ、あーもうっ!悪い方向にしか考えられなくなってるよー!こんなんじゃダメだ私!しっかりしなき―――


突然、腕を誰かに掴まれて視界が遮られた。直後、けたたましい車のクラクションらしき音が通り過ぎて行く。


「はぁ〜、間に、合った」

「え……七瀬、さん?」


見上げるとすぐ目の前に七瀬さんの顔。これはまさか……私、抱きしめられてる?!七瀬さんに?!


「あわわわっな、七瀬さんっ?」

「ああ、ごめん」


ぱっと彼の腕から解放されてしまった。動転してる心の中でも何か残念な、置いて行かれるような気分になった。


「どうしたの、葉月ちゃん。轢かれるトコだったよ?」

「はい?」


振り向いてみるとそこは歩道の端も端、後一歩で車道だった。私は考え事をしているうちに、車道にふらふらと進み出てしまったようだ。


「ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて」

「直前に見掛けて良かったよ……焦ったぁ〜」


両膝に手をついてがっくり脱力する七瀬さん。その様子に、私はかなり危ない行動に出ていたと悟る。


「本当にごめんなさい、あ、あのあの……その、ごめんなさい」


ぺこぺこ頭を下げる私の肩を、優しく彼の両手が起こしてくれた。あの時の様に。


「無事で良かった。本当に」


その笑顔に私は惚けながら、はい、としか返せなかった。



その後、七瀬さんに誘われて近くのファストフード店に来ていた。七瀬さんは今日もバイトで、この後駅前のファミレスへ出勤予定だ。


「ちょっとこっち側に来る用事があってね。偶然会えて良かった」


七瀬さんの自宅と私の自宅がある住宅街は、大通りを挟んで二分されている。この通りは四車線ある広い道路で、この街の中心から真っ直ぐ伸びて大きな橋を渡り、隣りの県まで続いていて、とても車の往来が多いし交通マナーもあまり良くない。

そんな所をさっきの私みたいにぼーっとしながら渡ろうとしようものならすぐ事故に繋がる。


「何か考え事でもしてた?下を見たまま歩いてたよ」

「はい、その、ちょっと」


まさかあなたの事を考えてましたとは言えず、曖昧に返事をする。誤魔化すように私から話を振った。


「あ、あの、そう言えば今日初めて見ました。七瀬さんの制服姿」


K高校の制服が特に珍しいという訳じゃないけど何か新鮮さを感じる。そして七瀬さんに良く似合っていた。

それと同時にやっぱり高校生なんだな、とも思った。


ワインレッドのK高校のブレザーを着こなす七瀬さんと、公立中学校の野暮ったいセーラー服姿の自分では何故か距離を感じてしまうのだ。言ってしまえば大人と子供の様な。勿論、まだ二人とも子供なんだけど。


「そう言えばそうだっけ。正真正銘のK高生だよ?信じた?」

「初めから信じてますっ」


悪戯っぽく話す七瀬さんに無駄にムキになって返してしまった。だって疑ってなんかいないし。カッコいいし。素敵だし。カッコいいし。素敵だし。


「そう言う葉月ちゃんのセーラー服姿も可愛いね」


目の前に居る彼を心の中で称賛していたら、私の制服姿を褒められた、の、だけど。


「そう、ですか……ありがとうございます」


ふいっと横を向いて不機嫌に返してしまう私。この格好を褒められてもあまり嬉しくない。理由はさっき思った事だ。なんだか子供っぽく見られている気がしてならない。


「あ、あれ?僕何かおかしな事言った?間違えた?」


慌て始める七瀬さん。しまった、勝手にヘソ曲げてなにやってるの?私。 


「ああー、いえ、何も。エへへ」


へらへらっと笑って誤魔化していると、


「あれ?七瀬君じゃん」


女性の声に振り向くと、七瀬さんと同じK高校の制服姿の女子が三人、お店に入って来た所だった。


古坂こさかさん?こんなに早くどうしたの」

「部活?今日は陸上部顧問が用事があるらしくてさ、監督する人いないから早上がりなんだけど!それはそうと!」


古坂さんと呼ばれたその人が私の方を見ながら、


「ちょっとー、七瀬君?学校で彼女も作らないでピアノばっか弾いていたと思ったら、まさかの中学生?」

「七瀬先輩、それはないですよー!ショックです!ねぇ、ニッカ?」

「まあまあ由里ゆり先輩も智枝ともえも落ち着きましょうよ。で、中学生云々より七瀬先輩、ウチの学校の女子に不満でもあるんですか?」

「それよね」

「ちょちょ、待て待て君ら」


焦る七瀬さん。私はと言うと、いきなりで驚いたと言うのもあるけど、それ以上に彼女達の言葉が引っ掛かった。その言い方はまるで中学生はダメみたいじゃないか。


「僕らは知り合いで付き合ってる訳じゃない。それに君達。今の物言いはどうかと思うよ?」


私の方をちらと見て彼女達に向き直る。ちょっと怖い顔で。

それで彼女達も察したのか、


「あ、ごめん。そういう事じゃなくてさ、えーとやっぱりなんて言うか、一つ二つしか歳は違わないんだけど、高校生と中学生って全然違うと思うんだよね。中学生って制服に着せられてる小学生?みたいな。で、高校生は受験を勝ち抜いて一歩前進した大人な感じっていうのかな」


頬に人差し指を当てて、斜め上を見ながら話す先輩。正直言って気分は良くない。


「長々と言い直した割には印象は良くないままだよ、古坂さん」

「あーははは、そう?ごめんねー」


つまり受験を境にして中学生は子供。高校生は大人と言いたいらしい。多分、K高校のような県内では難関校の入試にパスすれば、そんな自信みたいなものが出てくるのかも知れない。でも、そういう事は中学生が居ない場で言ってほしい。


「……はぁ、僕らも親に養われている立派な子供だよ。もういいだろ、席に座りなよ」

「ちぇー、怒んないでよ。わかったよ、智枝、ニッカ、行こ」

「はーい、あ、由里先輩、あそこ空いてますよ。ニッカ注文ヨロシクッ、いつものヤツね」


彼女達はその場を離れて席に向かった。


「ね、キミ。ごめんね?由里先輩悪い人じゃないんだけどちょっと変な方向にプライド高くてさ」

「い、いえ、大丈夫です」

「それと、あの人七瀬先輩狙ってるからさ。キミが何なのか聞かないけど、嫉妬したのかもねー」

「え、あ、そうですか……」


こそっと私に耳打ちして注文しにレジへ向かったニッカと呼ばれていた多分一年生の人。聞き捨てならない事を言っていた。

それにしても一つしか歳が違わないのに大人っぽく見えたな……そもそも綺麗な人だったし。


「彼女は何て?」

「あの、ごめんねって」

「……なんだか嫌な思いさせたみたいでごめん」

「いえ、七瀬さんは何も悪くないですから。……あの」


今のニッカさんの言葉に危機感を感じて思わず訊いてしまった。


「七瀬さんは……彼女さんとか、居るんですか?」

「いや、居ないよ。居た事がないよ」


即答で返ってきた。良かった、これで一つのもやもやが無くなった。けど、


「でも、気になる人はいるかな」

「え……」


微笑む七瀬さん。


……振り出しに戻ってしまった。むしろ心配が増えた。









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