モラトリアム


頭が真っ白になった。


あまりにも普通に彼は、私に好きだと告げた。手を繋いで半分ベンチから腰を浮かせたまま固まってしまう私。


「な、な、ななな……」

「あー、急にごめんな?びっくりさせて。同じクラスだけどお互いあまり知らないからさ、ひとまず返事は後でもいいから」


本当に告白されてしまった……すぐに頭に浮かんだのは七瀬さんの顔。すぐにでも断るべきでは……でも告白って勇気がいる事なんじゃ?それを無下に断るのはどうなのだろう?返事は後でもって言うし……でもでも結局は断る事になる……し?


ぐるぐる考えているうちに解散する事になった。

すごく疲れてとぼとぼと、足取り重く歩き出す私の後ろで、


「あれ?悠真、そっちじゃないでしょ」

「じゃなー、俺、桜井送って帰るわ」


はい?


「おー?途中で襲うのか?」

「んなワケあるか、じゃあな」


ちょ、待って待って、って、


「さ、帰ろうか」

「……はぃ」


私の横に並んでニッと笑いかける彼。

抵抗力が無くなるくらい精神的に疲れていた。

途中、色々話し掛けられていたけど、うん、とかそう、とかしか返せていなかった。内容なんか覚えていない。


「へぇ、この辺りが家なんだ?」

「うん」


家の前まで送って貰ってしまった。別にストーカーじゃないんだから自宅を知られたからといって問題無い、筈だ。が、


「あ、葉月。遅かったじゃないの、なに、を、……して、あら?」

「お母さん」


しまった、お母さんに遅くなるって連絡していなかった。気づかなかったけど多分、マナーモードのスマホにはお母さんからの着信が山ほど届いてる筈だ。


「えーと?あなたは?」

「はいっ、同じクラスの和泉と言います。遅くなってしまったので桜井さんを送ってきました、ご心配を掛けてすみませんでした!」


ペコと頭を下げる和泉君。


「あ、わざわざありがとう、和泉君。こちらこそごめんね?あ、そうだ車で送るわよ、もう暗いし」

「いえ、そんなご迷惑は掛けられません。大丈夫ですので。これで失礼します」


彼は私の方を向いてニコッと微笑みながら、


「桜井、今日はありがとう。また明日ね」

「あ、うん。また、明日」


じゃあね、と言って帰って行った。軽くランニングで。


「ちょっと葉月?どうなってるの?彼は何?」

「えーと、どうなってるのかなぁ」


もう説明するのも面倒になっていた。お母さんの追及を適当に躱して自室に逃げ込み、制服のままベッドに倒れ込んだ。



次の日、登校して自分のクラスを素通りして凛が居るクラスへ向かう。


「凛っ!」

「うわ、びっくりした。おはようづっきー」


挨拶を返すのももどかしくて凛の手を引いて廊下へ出る。


「ちょっとちょっとっ、どうしたの、づっきー?」

「どうしよう〜凛、どうしよう〜」


凛の両手を取ってぶんぶん振りながら訴える。いや、焦っていて何も訴えられていなかった。


「落ち着きなよづっきー、七瀬さんとケンカでもした?」

「それどころじゃないよ〜」


昨日の事を手短に説明する。と、予想通り、


「はあっ?!いずみっ!もごご……」

「しぃ〜っ!大声で言わないでっ」


凛の口を思い切り押さえた。まだもごもご言ってるので更に力を込めると、ぱんぱんと腕を叩かれた。あ、まずい。


「ぶはっ……なんて力で押さえ付けるのよ、死ぬから、ホントに」

「ご、ごめん」


手を退けた。でもここで和泉君から告白された事を大きな声で言われたら私の身が危ない。まだ登校ラッシュの最中の、生徒だらけの往来なのだ。


「兎に角今は時間が無いからづっきー、昼休みに部室に来て。いい?」

「う、うん。わかった」


そこで凛と別れて教室へ向かう。のだけど、すごく、すごく教室に入り辛い。

そーっと後ろの入り口から教室へ入る。まだ教室内は登校したばかりのクラスメイトでざわついている。その喧騒に紛れて自席へ向かおうとして、


「あ、おはよう、桜井」

「きゃあっ?!」


至近距離で彼の声がして思わず叫んでしまった。クラスメイトが一斉にこちらを見る。


「どうしたの、俺なんかやった?」

「い、いえっ何も、無いよっ」

「おー桜井、昨日ぶりー」

「ひっ……」

「葉月ちゃーん、また遊び行こうよー、いつがいい?今日?今から?」

「聖良、これから授業だよ?バカだなーお前」


昨日のメンバーから次々と声が掛かる。まずいまずい、クラスメイトが注目してる!告白バレたらまずいよぉ。


がしっ!


「ひゃうっ?!」


私の腰に腕を回してぐいと顔を寄せる人が。ボーイッシュな女子、福留さんの顔がすぐ近くにあった。


「ふふっ、はウチらは言わないでおいてやるよ。一応、お前はいい奴そうだしな。でも、そのうちバレるぜ?悠真が桜井に構っている限りな」


その通りだ。和泉君が誰か女子に話し掛けるだけで注目されてしまうのだ。さっきの私の様に。

あんなのが続いたらクラスメイトの間で噂になって、それが学校中に広まるのはあっという間だろう。


「杏梨、なに二人でコソコソやってんだ?」

「なーんでもなーいよ、悠真。な?桜井」


訝しむ和泉君をさらっと躱して他の女子と話し始める福留さん。解放されたはいいけど和泉君と向かい合う形になってしまった。


「えっと、うん、何でもないの。昨日は楽しかったねって話?」


早く話を終わらせて自分の席に逃げたい私。早口で捲し立てる。クラスの皆んなに見られてるよ〜、お腹痛くなりそうだよ〜。


「ん?そう?良かった。勇気を出して誘った甲斐があるよ」


それ今言わなくていいヤツだから!勇気を出してとか言ってるけど全部自然体だったから!


それじゃあ、と、無理矢理話を終わらせて席へ向かう。後ろでまたねって声が掛かるけど、ごめんなさい。無視します。



昼休み。いち早く私は仲の良い友達と席をくっつけてグループを作った。もし、和泉君達のグループにでも誘われるとまずい。この後凛とも待ち合わせているし。


「ねえねえ、葉月、この間買った新刊がねー……葉月、どうしたの?すごい勢いで食べてるけど」

「うぬむ?」


急いでパンを貪る私を、目を丸くして見ている友達の美久みく

咀嚼が手に追いついていない。多分今の私はリスだ。


「リスみたいにほっぺ膨らませて詰め込み過ぎだよ、普段はもっとゆっくり食べるでしょ、葉月」


もう一人の友達の穂乃果ほのかにもそう言われる。その通りで、私の食事はいつもゆっくりとよく噛んで食べる。お母さんにそう躾けられているからだ。


「むぐむぐ……んむっ……はぁ、ごめん、ちょっと急いでて」


牛乳で流し込んでやっと飲み込んだ。


「こんなワイルドな食べっぷりの葉月は初めてだわ……」

「それね」

「うん、これから凛と会うから」


パンをやっつけて次はおかずに取り掛かる。


「あー、大山さんね。最近彼氏が出来た。いいなぁ〜、私、高校生になったら彼氏ゲトする!二次元だけが全てじゃないよね!好きだけど!」


最近はニ・五次元にどハマりしている美久が何かを決意したようだ。


「だよね、私もがんばる!過去の人じゃなくて今の人だよね!好きだけど!」


そう言う穂乃果の大好物は戦国武将物。教科書の肖像画とは似ても似つかないイケメン武将様にうっとりするのが趣味だ。

二年生の時も二人と同じクラスで、私が美術部だからといっていくつかイケメン武将様の絵を描かされた。これがきっかけでこの二人とは友達になった。最初は凛と違うクラスになって心細かったから快く受けたんだけど、鎧兜描くの大変なんだよ?あと馬?それに刀のディティールに拘り過ぎるのやめて?

で、私の趣味はと言うと、美術だ。とりわけ絵画が好きで美術展巡りをして、そこで図録を買って集めている。集めているだけでなくて、隅々まで読み漁る。その企画展の作家の人生が分かって面白いのだ。図録はパンフレットの部類らしいけど、分厚くて値段もそこそこする。


それはそれとして、友達は二人して拳を握って遠くを見ていた。そして黙々と食べる私にこう言う。


「葉月もかわいいんだから!がんばろ!ね?来年は皆んな彼氏ゲトー、イェイ」


ちっちゃくガッツポーズする美久。かわいい。けど、


「う、うん……」


言えない。高校生に恋をしていてその上、同級生のイケメンに告白されているなんて。


無理矢理給食を詰め込んで教室を出る。和泉グループに捕まらないで良かった。






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