お誘い
演奏会から数日が経ち、私は七瀬さんの家に勉強を教わりに通い始めた。
初めは数日前の夢の舞台である、あのピアノルームで勉強する筈だったのだけど、猫のチャムが部屋に入りたがって入り口ドアをカリカリ引っ掻くのだ。
「チャムをこの部屋に入れると、ピアノが毛だらけになって大変なんだよ」
と、言う事らしい。仕方がないので母屋の二階、七瀬さんの自室で勉強する事になった。私としては嬉しいし、緊張するし、恥ずかしいし、なのです。
女の子を部屋に入れるのは初めてで恥ずかしいなぁと、七瀬さんは言うけど、本当ですか?信じちゃいますよ?
私も男の人の自室に入るのは初めてだ。私も一人っ子だし、親戚にも同年代の男の子はいない。
ドキドキしながら踏み入る好きな人の部屋は……普通だった。と言うか必要最低限の物しか無い感じだ。
シンプルなデスクと本棚、それにベッド。部屋の真ん中には小さなテーブル。あとはクローゼットがある。
白い壁にはポスターの類は一切貼られていない。
そんな中で私の目を引く物と言えば、壁のハンガーラックに吊るされたワインレッドのK高校の制服。そう言えば制服姿の七瀬さんをまだ見てない。
来年は同じブレザーを着て、二人で登校したいなぁ……なんて思った。
だから、頑張る!取り敢えずは中間試験に向けて。
ある日の教室、部活に行こうとする私に声が掛かった。
「桜井、部活の後、時間ある?」
「え、なに?」
声を掛けてきたのは同じクラスの
「皆んなで試験前に遊ぼうってね、桜井も良かったらどうかな」
「あー、えと、私は……」
「あ、いいじゃん、葉月!いこーよー!」
いつも彼と一緒にいる女子の一人が迫る。
普段、交流が無いグループからの突然の誘いに戸惑う。今日は七瀬さんはアルバイトだから勉強会は無いのだけど……
「何か予定があった?」
和泉君が穏やかに笑顔で訊ねてくる。
「あ、別に無い、よ」
「なら行こう。やった!」
急に何で私を誘うのか訳がわからないまま部活へ向かう。
そして部活が終わり、彼らに合流する。取り敢えず、なんとなくだけど凛にはこの事は伏せてある。まあ、多分騒ぐからだ。色々と。
メンバーは男子三人と女子四人、と私の総勢八人。私以外はいつもクラスで固まっている仲良しグループで、和泉君を筆頭とした所謂クラスカースト上位陣だ。
どうしても自分が異物な感じがしてならない。クラスの中で特別大人しいというワケではないと思っているけど、急にこのグループに組み込まれるのは訳が解らない。
そんな事を考えながら彼らの後について目的地のアミューズメント施設へ向かっている。
「桜井って大山と友達なんだろ?」
「え?うん、そうだけど」
一際ボーイッシュな女子、
「奥村と付き合ってるってマジなん?」
「マジで?!奥村に取られたかー!」
「はぁ?
「全校の女子は俺の射程範囲なんだよ」
「サイテーだわ、コイツ。アタシを範囲から外せ、キモいから」
キャハハハと大きな声で騒ぐ彼ら。
「で、どうなん?桜井」
改めて男子の一人に訊かれる。
「うん、そうみたいだよ?」
若干濁して肯定する。凛達の事をペラペラ話すのは気が引ける。
「へぇー、奥村最近イケてたからなー、大山かわいいし」
「ほんとそれ、大山に持って行かれたわ」
大抵こういう話題に上るのは元気な運動部の人達なんだけど、凛と奥村君は結構目立ってるようだ。確かに凛は可愛いし、奥村君もカッコいい。ていうかかわいい。
「てかさ、桜井もかわいいよね」
「ええっ?!」
「それな」
突然そんな事を言い出す和泉君。他の男子も同意しちゃってるんだけど、これなに?
「葉月って割と大人しい方だから目立ってないだけで、結構狙われてるぞ〜?気をつけろよぉ?」
「そんな事は、無いと、思うけど……」
男子からも女子からもそんな事を言われて対応に困る。
中学生になってから告白……とか一切経験した事なんて無かったし、異次元の話くらいの感覚だった。
「お前がそんな事言うなんて珍しいじゃん、悠真」
ガッシリと和泉君の肩に腕を回して男子が何か勘繰るように言うと、
「そうか?思ったまま言っただけだけど?」
「よく言うよ。お前がそんな事女子に言った日には冗談でも騒然となるぞ?」
「そうだよ、悠真。あんたちょっと女の子にいい顔するだけで告られるんだから」
まあそうだよね。和泉君のウワサは他の学年まで浸透し、クラスには彼見たさの女子がしょっちゅう教室を覗きに来ている。
変に悪いウワサが立たないのは彼の穏やかな性格と、何故か誰とも付き合ったという話を聞かないからだろう。ただそれは校内だけの話ではあるけども。
「冗談でそんな事言ったら桜井に失礼だろ、何言ってんだお前ら」
「おおっ?!どうした、悠真!」
「へーぇ、ふーん、そんな感じかー」
「なるほどねぇ、遂に、か。謎が解けたわ」
何となく察してきた。なんか渦中に放り込まれた感じで居た堪れない気持ちになる。もう既に帰りたい。
でも、結局現地に着いてしまった。
ここは学校から割と近いアミューズメント施設、つまりゲームセンターだ。クレーンゲームとかプリントシール機などかズラリと並んでいて、カラオケも入っているので学校帰りの中高生が結構居たりする。
「桜井ー、ホラ皆んなで撮るぞ」
女子グループにプリントシール機の中に無理矢理連れ込まれた。
「葉月ちゃ〜ん、いつからそういう事になってるのかなぁ?」
「そういう事って、な、なに?」
「とぼけなーい、悠真の事だよん」
両脇を固められて身動きが取れない。背後から羽交い締めにされて正面の娘に両手で頬を挟まれている。四人もの女の子に寄ってたかって何されちゃうの?私。
「し、知らないよぉ……」
「別に怒ってるわけじゃねーんだよ、ウチら。オモロいから話聞きたいだけでさ」
「そうそう、まあ、実際そうなったらアタシ達より学校の他の女子が黙ってないと思うけどね」
もっと恐ろしい事を言われて震えてきた。受験どころじゃなくなるのでは?
「今日、突然誘われて来ただけだよ、ていうか田中さんにも誘われて、なんだか断れない感じだったから……」
「え、そうなん?
「あー、悠真に合わせてなんかノリで、ね。あはは」
ようやく解放された私はがっくりと脱力する。何でこんな目に遭うの?もう帰して……
「へぇ、悠真も大胆だね、無理矢理連れてきてどうすんだろうね」
「そりゃ、スキを見て告るんだろ、当然。なあ、桜井」
「コクルって……なに」
いやわかっているけど、そんな事いきなり……正直困る。
「アンタに付き合ってくれってゆー事に決まってるでしょーが!」
「ごめんなさいっ!」
反射的に謝ってしまった。凛とは迫力が違う。これがカーストトップの実力……!
「あ、わりぃ。あんまりニブイ事言うから。なぁ、もう撮ろうぜ?」
「だね。後は勝手に悠真が動くでしょ、様子見だね」
それからはもう、ほとんど無理矢理色んなポーズを強要されて、楽しくもないのに笑顔を作らされて出来上がったのは、加工され過ぎて誰が誰だか分からないような写真だった。
気力体力をごっそり持って行かれた私がベンチに座って休んでいると、件の彼、和泉君がこっちに向かって歩いてきた。出来れば私を通り過ぎて欲しいのだけど、彼はすとんと、私の隣に腰を下ろす。
「や、どうしたの?疲れた?これどうぞ」
にこにこしながらミルクティーのペットボトルを差し出した。
「あ、ありがとう」
受け取ってはみたけど喉は渇いてはいない。手の中でころころ弄んでいると、
「ああ、ごめん。ちょっと貸して」
「あ……」
ひょいとボトルを取り上げられて、ぷしっとキャップを回してまた渡された。
「あ、え?」
「キャップ硬いのかな、と思って」
「あの、あり、がとう」
にこりと笑顔を返す和泉君。なんだか恥ずかしくなって目を逸らす。
他の人達はダンスゲームで盛り上がっていたり、何故か小さい子供が遊ぶゴムボールがいっぱい敷き詰められたテントではしゃいでいて、係の人に注意されていたりと、満喫しているようだった。
「こういう所、桜井はあまり来ないの?」
「うん、そうだね。あまり」
「俺達は結構来るよ、部活終わりに皆んなで待ち合わせたりしてさ。流石に試験期間中は大人しく勉強するけどね」
「そう、なんだ」
確か皆んな運動部の筈だ。練習の後に目の前の光景の様にダンスゲームをする体力があるなんて、スゴいな。私の体力が無さ過ぎなのかな。マラソン大会とか死にそうになるし。
「でも多分、
「そうだね、それはダメだね。えへへ」
おーい悠真も桜井もこっち来い!と声が掛かる。
「オーケーオーケー、今行く」
そう言ってさり気無く私の手を取って立ち上がろうとする和泉君。あの輪の中に戻る前に疑問に思っていた事を訊いた。
「あ、あの、何で今日私は誘われたの?」
「ん?ああ」
特に改まる様子もなく、彼はさらりと返す。
「桜井が好きになったから
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます