親友が暴走(憑依)


凛達と別れ、私と七瀬さんは家路に就いていた。


「こんな事になるとは思ってなかったよ。今日は本当にごめんね、葉月ちゃん」


午後九時過ぎ、当然空は真っ暗闇だ。と言っても街中なので街灯や住宅、お店の照明が私達をしっかり照らしてくれていた。


「公演もしっかり観賞出来たし、ご飯もご馳走になりました。七瀬さん、謝り過ぎですよ?」


突然のイレギュラーだったけど、そこまで謝られるとちょっと申し訳ない気持ちになる。まあ、バイトの事を隠されていたのはちょっと……だけど、だからこそそんな急用が入ってもちゃんと、公演には連れて行ってもらえたのだ。不満なんてもう無い。


「や、それはそうなんだけどさ、その、バタバタしてあまり楽しめなかったと言うか」

「え?オーケストラすごく良かったですよ?」


七瀬さんみたいなクラシックに詳しそうな人には今日の公演は不満だったのだろうか?


「あーえと、えーと……僕が……あまり葉月ちゃんと話せなかった、し?」


目を逸らしながらボソボソと話す七瀬さんの様子を見て私は、なんだか嬉しいやら恥ずかしいやら彼が可愛らしく見えるやらで、


「ふふ、私ももっと七瀬さんとお話したかったな〜」

「あ、そ、そう?葉月ちゃん」

「はい。ちょっと残念ですよ?」


確かに公演以降はあまり七瀬さんと話す事が出来なかった。バイトだから仕方がないと思っていたけど、ここはちょっとワガママ言ってみた。


「あ、じゃ、じゃあさ、また、その、時間、取れる?……かな」

「え……」


思いもよらぬ七瀬さんからの次回デートの提案?も、もち勿論時間取れます取ります。


「はい、大丈夫ですっ」

「そう、良かった。えと、映画とか、どうだろう?」


そう言って貰えたけど、私にはお願いがあった。


「あの、もし良かったらまた、七瀬さんの演奏が……聴きたいです……」

「僕の?そんなのでいいの?」


目を丸くして驚く七瀬さん。私は思わず、


「そんなのじゃないです!七瀬さんのピアノが大好きです!……あ」


大好きなんて言ってしまった。勿論七瀬さんが演奏するピアノと言う意味なんだけど、気持ちは七瀬さんが大好きだから、その内心を告白してしまった感覚になって恥ずかしくなってしまう。


「えと、七瀬さんの演奏が聴きたい……です」


恥ずかしいから目を逸らしながらそう言って、ちら、と彼を見ると、少し驚いた表情からすぐに笑顔になり、


「嬉しいな、そんな事言われたの初めてだよ。あの日、君に聴いて貰えて良かった」

「初めて?そうなんですか?」

「うん、普段は窓を閉め切って弾いているからね、ご近所の事もあるし」


いくら演奏が上手でも騒音と感じる人も居るんだろう。勿体ないなぁ。


「あの日は天気が良くて風も気持ち良かったから、テラス窓を開けていたらチャムが散歩に出ちゃってね、仕方がないからそのまま弾いてたんだよ。なるべく静かな曲をね」


そう言って笑う七瀬さん。そうだ、綺麗な流れるような曲調だった。そのメロディに惹かれてふらふらと他所様のお宅を覗いてしまったのだ。


「なら、チャムに感謝しないとですね。あの子に会わなかったらそのまま通り過ぎて帰ってしまっていたから」

「そうだね、我が飼い猫良くやった。帰ったらおやつをあげよう」


二人で笑い合った。この人との出会いはカギ尻尾猫のお陰なのかな。そう思うと運命的な出会いのような気がして嬉しくなった。



私の家の前で彼と別れて、玄関の扉を開こうとして動きを止めた。門扉の所から少しだけ顔を出してみる。すると、暗がりの中を歩いて行く七瀬さんのシルエットが見えた。


その後ろ姿が見えなくなるまでじっと見つめ、完全に見えなくなったところで、ふぅと一息吐いて、帰宅した。



数日後の美術部。私はモチーフとスケッチブックを見比べながら鉛筆を走らせていた。

初デートの夜からはちょくちょくメッセージアプリでやり取りしていた。慣れてくると、結構どうでもいいような事まで報告してしまって慌てたりもするけど、七瀬さんはどんなメッセージにも返事を返してくれていた。

一部抜粋すると、


『おはようございます!七瀬さん起きましたか?』

『おはよう。あと五分寝ていい?w』

『ダメです^_^』

『今日の給食はわかめご飯と鶏の竜田揚げです。おいしいよ〜』

『いいね!僕の大好物だよ。ちなみに僕は学食できつねうどんだよ』

『凛と奥村君がまた揉めてます。大体凛のヤキモチです。ごちそうさま』

『やー大山さんかわいいね!奥村君がんばって尻に敷かれてください』

『こんばんわ、宿題が終わったのでこれからお風呂入って寝ますzzz』

『課題が終わらーん!おやすみw』


などなど。

スマホを取り出してトーク履歴を眺めていると、だんだん口元が緩んでくる。


「ふふっ」


「ほう、私はかわいいのか」

「んにぇっ?!」


椅子から落ちそうになった。いつの間にか背後を凛に取られてスマホを覗かれていた。


「ちょっと凛!覗かないで!」

「随分と距離を詰めた感じだね〜づっきー。私達をトークネタにして」


にやけ顔でうりうり〜と頬を突かれる。私は口を尖らせて、


「うっ……ウソは言ってないもん」

「開き直りやがったな、コイツ。どれどれ〜」


背後から抱きつかれる形で握っていたスマホを操作しようとする凛。恥ずかしいので必死に抵抗する。


「や、やぁっ!凛っ、ダメだってばっ!見ないでー!」

「抵抗するとくすぐっちゃうぞ?」

「やーだー、あはははっ!お腹、おなかー!ひゃあああっ!」

「「「うるさいっ!」」」


部員に怒られた。私悪くないよね?!


「ちっ、今日の所はこれくらいで勘弁してやるか」

「もー、凛はやり過ぎだよ……」


やっと凛が離れてくれた。半泣きで抗議する私。


「それで、次のデートはいつ?」


私のすぐ隣に椅子を移動して聴取に入る凛。今日は凛のスケッチブックが真っ白だよ?


「うん、私がお願いしてピアノを弾いて貰う事になったの」

「えっ、え?それって七瀬さんの家だよね?二人の演奏会再び?」

「何かのサブタイトルみたいだね。そうなの、今度の土曜日に七瀬さん家に行く……」


言い終わる前に凛が横から肩に腕を回しながら顔を近づけて来た。


「ねーづっきー?私も行っていい?」

「えっ」

「ねぇねぇ私も七瀬さんがピアノ弾いてるトコ見たいにゃあ〜」

「ちょ、凛待って待って」


首にしがみついて頬ずりしてくる凛。やめて?また皆んなに怒られるよ?


「七瀬さんに訊いてみないとわかんないよ」

「じゃあ訊いてにゃ」

「今?」

「にゃう」

「Nowね、ちょっと待って……」


もう〜にゃあにゃあと……まだ授業中じゃないのかな、マナーモードにしてるとは思うけど。

取り敢えずメッセージを送信した。すぐに返信……が?


「え!通話?!」

「にゃおっ」

「あっ!」


まさかの通話の着信に狼狽えていたら、横から凛がスマホを攫っていった。


「ちょっ!凛!」

「もしもし?七瀬さんですかにゃ?先日はご馳走様でした大山にゃ、です!え?あーづっきーがもたもたしてるからスマホ奪いました!」


事もあろうに人のスマホを奪うとは。しかも話し相手は七瀬さんなのだ、にゃあとかやめて?慌てて奪い返そうとするけど、するりと躱されてしまった。


「はい!私と伊蕗が一緒でもいいですか?はい、そうですか、ありがとうございます!じゃあづっきーに代わりますにゃ」


すかさずスマホを奪い返す。


「にゃっ……もっもしもし七瀬さんっ」

『あー葉月ちゃん、びっくりしたよ、いきなり大山さんが出るからさ』

「ごめんなさい、驚かせて。それで、土曜は大丈夫ですか?三人でお邪魔しても」

『大丈夫だよ、むしろ観客が増えて嬉しいよ。でさ、その日はお昼は食べずにおいでよ。ご馳走するから。その事を言いたくて電話したんだけどごめん、大丈夫だったかな?』

「はいっ、大丈夫です。じゃあ、あの午前中からお邪魔してもいいんですか?」

『そうだね、お昼前、十一時にウチでどう?』


「あ、はい、わかりました。楽しみにしてます。はい、はい、いえ、にゃあは気にしないでください。じゃあ……」


通話を切ってふぅと息を吐く。ふと目を上げると、部員全員の顔がこちらを向いていた。なんかぬるい目で見られている。


「うわー葉月の表情が恋する少女だったにゃ」

「先輩かわいいですにゃ」

「くそー部長!俺はこの窓から身を投げる!止めるにゃ!」

「まあここ、一階だけどね……にゃ」


「うにゃにゃにゃ……」


全員に今の様子を見られてたにゃ。すごい恥ずかしい……にゃ……って、なんなの!コレ!


「あにゃ〜づっきー?顔真っ赤だにゃ〜?」

「……凛〜」

「うわっ、づっきー!ごめんっ!あっ!あはははー!脇、脇やめてー!にゃきゃきゃきゃー!」


くすぐりの刑に処した。……にゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る