親友の彼氏は男前
食事も済んで、今は七瀬さんが持ってきてくれた紅茶を飲んでいた。
まだ七瀬さんのバイト時間は一時間以上ある。さて、どうしよう。
取り敢えずスマホを取り出して、凛に今日の報告をする事にした。
公演の事、その後七瀬さんのバイト先に連れて来られた事、そして今はそのバイト先のファミレスに居る事。
などなどSNSでやり取りしていると、凛が電話していい?
と言うのでOKした。間もなく着信。
「もしもし、どうしたの?凛」
『づっきー、これからそっち行くね』
「え、こんな時間に?」
時刻はもう午後八時近い。女の子が一人で出歩くのは良くない。が、
『すぐ近くに居るし、伊蕗が一緒だから大丈夫だよ』
凛はそう言うなり、私の返事を待たずに通話を切った。
そして間もなく店内に来客を知らせるチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませ、二名様で宜しいでしょうか?」
「いえ、友人と待ち合わせて……あ、あのテーブルの娘です」
凛がこちらを指差して、対応に出た七瀬さんに伝えた。
「あ、え?葉月ちゃんの友達?」
「あっ!てことはアナタが七瀬さんですか!」
七瀬さんの計らいで、壁際の二人掛けテーブルから窓際の四人掛けのソファー席へ移動させて貰った私達。
夕飯は済ませてきたという凛と奥村君。奥村君の家で二人で勉強をして夕飯を頂いて、凛を送って行く途中らしい。もう彼氏の家に行ってるのね、凛も結構大胆だなぁ。いくら無害そうな優しい奥村君でも男の子だよ?まあ大きなお世話か。
折角来たんだから何か飲んで行ってよ。と七瀬さんが二人にも飲み物とデザートをご馳走してくれた。
「助かるよ、これで葉月ちゃんを一人にしないで済むよ」
「いえいえー、お仕事頑張ってください!」
元気に応える凛。少し顔赤いよ?奥村君可哀想だよ?
七瀬さんが仕事に戻ってすぐに、向かい側に座っている凛が身を乗り出して、
「づっきーづっきー」
「ん?なに?」
小声でよく聞こえないので私も前のめりになって話を聞く。
「七瀬さんめちゃくちゃカッコいいよ!」
「う、うん。知ってる」
やめて?凛まで七瀬さん好きとか言わないで?それは許されない恋になるからね?
「づっきー、次のデートは?」
「うん、なんかドタバタでまだ何も話してないの」
「そっかー、これは何としても……」
興奮気味に話す凛の言葉を遮るように、またあの人がやってきた。
「あれ〜?葉月さんのお友達?」
南雲さんが空いていた私の隣にしれっと座る。
「あ、はい。そうですけど……?」
「あーアナタもかわいいねー、そこの彼氏君と付き合って……わ!」
「「え?」」
凛に絡むかと思いきや、隣の奥村君に反応を示す。
「うーわー、君カワイイっ!なになに?高校生?!」
「あー、いえ、中三ですけど?」
「ねね、アドレス交換していい?」
さすがの肉食女子。凛が彼女とはパッと見て察しがつきそうなのにぐいぐい来る。当然凛が止めに入ろうとするけど。
「ちょっと、アナタは何を……」
「あの、僕を褒めて頂くのは嬉しいのですけど、彼女の前でそういうのはやめて貰えますか?」
うわ……奥村君、なにそれ。こんなにハッキリな物言いをする彼を初めて見た。凛が惚けてるよ?
「あ、あーそうか、彼女か〜。ごっめんね?かわいい彼女さんとかわいい彼氏君かーいいね!」
いい笑顔でサムズアップ。二人は、はあ、どうも。と反応に困っている。なんなのーこの人はー。
「美琴さん」
「あうっ」
いつの間にか現れた七瀬さんが、南雲さんの両肩をガシリと掴んでいた。
「申し訳ありません、お客様。すぐに連れて行きますので」
私達にそう謝罪すると、南雲さんの腕を掴んだ。目がコワイ。でも口元は笑っている。つまりコワイ。
「あれ〜?怜君、私を何処に連れ込むつもり〜?」
茶化してこの場から逃げようとしているのだろうけど、今の七瀬さんには通用しなかった。
「厨房で皿洗いの刑です」
「え〜、厨房暑いからやーだー」
「蒸し暑い厨房で皿洗いをしながら悶えてくださいっ」
いーやー、鬼畜ー!とか叫びながら厨房へと連行されて行った南雲さん。
「づっきー、あの嵐の様な人誰?」
すかさず凛が身を乗り出して訊いて来るけど、
「私も今日初めて会ったんだけど、バイト先の先輩としか聞いてないよ」
「むーむむむ、アレは強敵かもね、づっきー」
「え……」
腕を組んで唸る凛。強敵?私の敵なら恋敵。初めて自分の視界に捉えた恋のライバル。でもそうなのだろうか?
「お互い名前呼びだし、遠慮の無い接し方だし、それにあの人、美人だし」
「言われてみるとそうかも……」
「あの悪戯っ子のような振る舞いに可愛らしさを感じているかも知れないよ、七瀬さん」
確かにあの人は放って置けない危なっかしさと、あと、可愛らしさがある、ように思えてきた。
やっぱり、歳上の女性は魅力なのかな。私みたいな中学生の、見た目からしての子供はダメなのかな。
「大丈夫だよ、桜井さん」
「えっ……」
落ち込んで、視線がどんどん下がる私の顔を奧村君がぐいと、上げてくれた。
「今日の桜井さん、とても大人っぽくて可愛いよ。いつもそうしてればいいのに」
いつもは校則に従って、ロングの髪は後ろで縛ったポニーテールだ。自宅でもお風呂に入るまではポニテのまま。なんなら外出する時にも邪魔にならないようにポニテ。もうポニテに慣れていた。
それを今日は可愛く見せたいが為に髪を下ろしてハーフアップなんて慣れない事をやってみた。
それを奥村君は大人っぽくて可愛いと言ってくれた。七瀬さんにもそんな事を言われた。
「そ、そう?ありがとう、奥村君」
「さっきの人も美人さんだけど、桜井さんもとても可愛くて魅力的だと思うよ?」
「んななっ、奥村君っ急にどうしたのっ?」
人が変わったみたいに私を褒める奥村君。隣に凛が居るのに大丈夫なの?いつもは過剰にヤキモチを妬く凛は、彼の方を向いて惚けていた。
「いや、どうもしないよ。僕は自分の感想を言ってるだけだから。桜井さん、さっきの人に負けてると思ってなかった?」
う、思ってました。今でも思ってます。
「うん。そう思ってた……」
「全然僕はそうは思わないよ?ねぇ?凛」
ほけっと聞いていた凛に話を振る奥村君。凛は慌てて、
「そそそうだよっ、今日のづっきーは一味違うよっ、スッゴク可愛い!自信持って!」
拳を握りしめて力強く励ましてくれる凛。
二人の励ましで、なんか元気出てきたよ。
「うん、ありがとう。凛、奥村君」
以前のおどおどした雰囲気からガラリと変わった奥村君には驚いた。こんなに普通に女の子を褒めるなんて中々出来ないと思う。
やはり彼女が出来ると変わるのかな。男子としては可愛らしい見た目だけど、ちょっと、カッコ良くて良いな、と思ってしまった。
ごめん、凛。ちょっと思っただけだからね?
「お待たせ。悪かったね、葉月ちゃん……と?」
バイトが終わったらしく、昼間と同じジャケット姿の七瀬さんがそう言いながら私の隣へ腰を下ろした。
「あ、私はづ……葉月の友達の大山凛です」
「僕は奥村伊蕗といいます、七瀬さん」
「初めまして、七瀬怜です。なんか僕の都合に付き合わせちゃってごめんね?」
小学生の頃からの愛称を言おうとして訂正した凛達と七瀬さんが挨拶を交わす。
「いえ、僕らは大丈夫です」
「こんな時間に二人で居るって事は大山さんと奥村君は、……って事かな?」
「あ、はい。七瀬さんのお察し通り付き合ってます」
ハキハキと話す奥村君。逆に頬を赤らめて視線を落とす凛。学校とは逆で面白かった。
「成る程、じゃあこの後は大山さんを送って貰えるね」
「勿論。その途中でしたから。なんなら桜井さんも僕が送りましょうか?」
「「んなっ?!」」
私と凛が同時に驚く。どうしちゃったの、奥村君?!
「いやいや、それじゃ葉月ちゃんに待って貰った意味がないよ。今日は僕とのデートなんでね、僕が最後まで責任を全うさせてもらうよ、奥村君」
「そうですか、それもそうですね」
男子二人、ニッコリと笑い合う。何か通じ合っているのだろうか?
二人のやり取りを凛はぽかんとした顔で見ていた。多分、私も。
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