心掻き乱すひと
そしてやってきた日曜日。
待ち合わせが午後で良かった。昨日はドキドキしてなかなか寝付けず、ベッドでコロンコロンした挙句、ホットミルクを飲んでやっと寝られた。起きたのは太陽が上りきった午前十時前。
まだ時間はある。のっそりとベッドから這い出て準備にかかる。
先ずスマホをチェックすると、凛からガンバレ!のメッセージ。うん、がんばる。
それから何人か美術部の後輩女子から激励のメッセージが届いていた。仕留めろ!とか奪え!とか……
最後に……七瀬さんから。
『明日だね。葉月ちゃん、楽しもうね!』
早く寝なきゃと思ってどれも返信していない。私メンタルギリギリ過ぎだよ……
急いで全員に返信した。ありがとうとか、頑張るとか、あと、
『はい!ありがとうございます!ごめんなさい。寝てました。今日は宜しくおねがいします!』
七瀬さんに返信した。ふう、と一息吐き、洗面所へ向かった。
「葉月、今日デートじゃないの?」
「うん、そうだけど?」
お母さんに声を掛けられる。
お母さんには事の成り行きを話してあった。今日は帰りが少し遅くなるのと、夕飯は外食になるからだ。
因みにお父さんには話していない。お母さんに頼んで適当な嘘を話して貰う事にした。でないと、心配で寝込むかも知れないからだ。
「ねぇねぇ葉月?」
目尻を下げて、でも口の両端を吊り上げたお母さんがにじり寄って来た。
「な、なに?お母さん」
「その七瀬さんて高校生なんだよね?」
「うん、そうだけど……」
「お母さんもみーたーいー!七瀬君っ!」
突然何を言い出すのか。娘の初デートについて来る気なの?
「だ、だめっ!」
「え〜、なんでぇ?」
いい大人がくねくねしながら不満を言わないで欲しい。
「母親同伴でデ、デートとか七瀬さんでなくても引くから!絶対付いて来ないでね!お母さん!」
「じゃあ後ろからこっそり……」
「尾行もダメっ!」
ちぇーっとか言ってるお母さん。駄目に決まってるでしょ。娘が心配で後を尾けるとかなら解らないでもないけど、彼見たさでとか親としてどうなの?
「朝ごはんどうする?葉月」
ようやく母親の顔に戻ったお母さんが訊ねる。
「もうこんな時間だから、お昼頃に少し食べるよ」
「ぽっこりお腹でデート出来ないものねぇ?」
「そ、その通りですっ!言わなくていいのっ!」
ニヤついた顔で娘弄りを楽しむ母。
今日着て行く服は少しウエストあたりがタイトな為、あまりお腹が一杯ではよろしくない。
正午、シリアルで軽く食事を摂って着替える。
白のフリル付きで袖がゆったりしたブラウスに黒のキュロットスカート。襟元にリボンが付いたブローチ。肩下まで伸ばした髪は、サイドを三つ編みにして後ろで結んだお嬢様風ハーフアップにしてみた。
「お母さん、おかしくない?」
そう言ってキッチンに居たお母さんの前で、くるりと回って見せる。
「あら、かわいい。全然おかしくないよ?」
「そう?エヘヘ」
お母さんにチェックしてもらい、いよいよ出掛ける時間になった。お気に入りの黒いオックスフォードシューズを履いて家を出る。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
最寄り駅前に着いてすぐに彼を見つけた。のだけど、
何故か女の子と楽しそうに話していた。
「え、どういう事?」
とても嫌な場面を見てしまった。このまま帰ってしまおうか、と思った時、彼がこちらに気が付いた。
「あ、葉月ちゃん」
「え?誰?」
隣の女の子もこっちを見てる。居た堪れない気持ちで居ると、
「こんにちは葉月ちゃん、すぐに見つかって良かった」
「あ、はい。こんにちは、七瀬さん」
ニッコリ笑う七瀬さん。この状況はなんなの?まさか僕の彼女だよとか言うの?
「あの、その女の人は……」
「え?ああ、彼女は……」
「うわーかわいい!なになに?怜君の彼女?」
彼の言葉を遮ってその女の人がずいっと私の前に歩み寄る。間近で見るとすごく綺麗な人だった。明るい栗色のショートヘアにパッチリした大きな目、つやつやで柔らかそうな唇。
そして私より五センチは背が高い。
「い、いえ、私は、その」
「
美琴と呼ばれたその人に、七瀬さんが苦笑しながら文句を言う。
「だって待ち合わせてるのこの娘でしょ?デートじゃないの?」
綺麗な人差し指を唇に当てて首を傾げる彼女に七瀬さんは、
「確かにデートと言えばデートですけど、僕らは付き合ってる訳じゃないです。彼女呼ばわりは失礼ですよ?」
「彼女?って訊いただけでしょー、堅いなー怜君は」
今度は両手を腰に当てて呆れ顔を作る。いちいち様になっている。美人てズルい。
「すみませんね、ガチガチで。じゃあ、僕らは行きますね、美琴さん」
「あ、うん。じゃあね、彼女さん?」
私に目線の高さを合わせてパチリとウィンクする美琴さん。彼女?私彼女?七瀬さんの?!
「うえっ?!」
「美琴さ〜ん……」
「あっははっ、ばいば〜い」
手を振りながら歩き去る美琴さん。
「ごめんね?あの人、バイト先の先輩でね」
「いえ、大丈夫ですよ?気にしてません」
良かった、彼女じゃなかったと判った途端にウキウキし出すゲンキンな私。だって彼女さんて言ってくれたし。
電車に乗り込む。これから目的地まで乗り換えを入れても約一時間程。開場には十分間に合う予定だ。
「その服、かわいいね」
「ええっ?そそうで、すか?」
急に褒められて慌てる私。でも嬉しい。頑張ったから。
「うん、ウチで会った時と違ったヘアスタイルもすごくかわいい。大人っぽくて高校生かと思ったよ」
「七瀬さん、と、デ、……お出かけだから、頑張ってみました」
思わずデートと言い掛けた。恥ずかしさを紛らす為に更に言葉を重ねる。
「七瀬さんも、すごく、格好良いです。その、大学生かと思いました」
今日の七瀬さんは上下ネイビーカラーのテーラードジャケットのセットアップにインナーは白のカットソー、くるぶし丈の足元は黒のローファーというスタイル。髪はカッチリし過ぎず遊びを出して、オーバルフレームのファッショングラスを掛けていて、それがとても似合っていた。
お互いワンランク上の評価をし合うと七瀬さんは、
「大学かー、行けるかなー」
「七瀬さん、褒め言葉で進学の心配しないでくださいね?」
「うっ、ごめん」
二人で笑い合った。
目的地の最寄り駅に着いた。県内で数少ない新幹線が停車する駅で、隣の市は県庁所在地だ。でもこちらの市の方が人口が多いし駅も大きい。
会場は駅から歩いて五分程で着いた。とても大きな建物で全面がガラス張りだった。
「うわー大きいですね」
「そうだね、僕も初めて来たんだけどまだ完成して二、三年くらいの新しい施設みたいだよ?」
「へぇ……」
建物も大きければ中身も大きかった。一階席と二階席があって、全部で二千人収容出来るそうだ。
こういう所はホールの中心ほど良い席らしい。
「ほわ〜……」
広大で豪華なホールに圧倒されていると、七瀬さんに呼ばれた。
「ほら、こっちだよ。行こう」
「はい、……あ」
さりげなく手を繋いで歩き出す七瀬さん。初めてのデートで初めて彼の手に触れて胸が高鳴る。顔に出ていなければいいけど……って考えちゃったから顔が熱くなってしまった。七瀬さん、こっち見ないで?
「ここだね」
「ここって……すごく良い席、なんですよね?」
手を引かれて辿り着いた私達の席。そこは一階席の中央。つまり、
「うん、SS席ってやつだね」
「すご〜い、その、チケットってお値段が……」
ちょっと今日の為に劇場の事を調べておいた。どんな所なのか、どんな服を着て行けばいいのか、とか。
あと、一応料金も。私のお小遣いではかなり厳しい額だった。しかもこのSS席は、18歳以下の特別料金の設定が無かった筈。
「そうだね、まあ……なかなか学生には。僕はバイトしてるから」
「え?」
「ん?……あっ」
あれ?だって……え?
「い、いやっ!チケットくれた人が、た、高かっんだから無駄にするなよーってさ。そ、その、そのうちバイトして自分でも観に行ってねーって、そう、うん、そんなわけでっ」
すごい早口の七瀬さん。失敗したかな、お金の話なんかしちゃって。
「ごめんなさい、折角のお出掛けで、えと、お金の話なんて……」
「えっと、あの、気にしないで?葉月ちゃん。チケットをくれた人も無駄にならずに良かったって、その、喜んでくれたし!」
「そうですか?……そうですよね、折角だから楽しみたいですね」
そうだ、その譲ってくれた人の分まで楽しまなくては。感謝します、知らない人。お陰で七瀬さんとデートできてます。
「そうそう。楽しもうね、葉月ちゃん」
「はいっ」
そして、ドキドキしながら開演を迎えた。
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