ミッション『さっさと動け』
「よーし、行こう」
「え?」
「会いに行くよ、その彼に」
「え、え、どどうやって?」
「何か口実作って、づっきー。あ、ほら演奏会とか」
「迷惑じゃないかな」
「先ず動け!会いたくないの?」
「ううっ、あ、会いたい」
そして私は今、自宅の自室。ベッドに座ってスマホを睨みつけている。
あーどうしよう、何て言えば良いの?ピアノ聴きたいで良いの?でもでもっ、返事無かったら?
ぐるぐる思考がループする。
取り敢えず文字を入力してゆく。
『こんばんわ、お元気ですか?私は元気です』
「真面目か!」
ぱんぱんぱんっ、とベッドにやるせない気持ちをぶつける私。
「ふーっ、落ち着け私」
気を取り直して再び入力する。
『あ、七瀬さん、元気ー?私?めっちゃ元気ーっ!』
「不真面目か!」
カチャーンとスマホを投げてしまった。通話でもないのに、あ、ってなに?私?ってなに?
慌てて拾い上げると、画面に貼ったガラス製の保護カバーにヒビが入っていた。
「うう……どうしよう。凛〜、わかんないよ〜」
ベッドに倒れ込んでジタバタしてみるけどどうにもならない。
凛に相談する?でも、さっさと動け!って怒られて終わるよね……
あの娘、自分に彼氏ができたからって全部の片想いを両想いに変えられるとか思ってない?薔薇色思考でこの世はハッピーになってない?
「……ごめん、凛。これは八つ当たりだよね」
はあ〜っとベッドに顔を埋めてため息を
「……髪、乾かさないと」
お風呂上がりでパジャマ姿、頭はタオルが巻いたままで悩んでいた。
一階の洗面所へ行こうと、スマホを掴んで立ち上がろうとした時、マナーモードのスマホが震えた。
凛かな?アポ取れたのかの催促だったらどうしよう。
そう思ってヒビが入った画面を見た。と、
「んあっ?!」
画面には「七瀬怜」の文字。しかも通話モードだった。
驚いた私はスマホを落としそうになってお手玉してしまった。
ぱしっと掴んだスマホ。指が、心の準備が出来ていないのに通話をタップしていた。
「あ……」
『もしもし』
「あわわわ……」
繋がってしまった。どうしよう。いやどうしようって、彼と話したかったのではないか?会いたいのではないか?その彼からの着信。私は意を決して、
『もしも……』
「もしもしっ!!」
『うわっ、びっくりした!』
緊張で食い気味に大きな声を出してしまった。
「ご、ごめんなさい、七瀬さん」
『ああ、いや大丈夫。こんばんわ、葉月ちゃん。今大丈夫?』
「はい!大丈夫ですっ」
『なんかすごく元気そうで良かった。何か良い事でもあったのかな?』
ありました。ていうか今、良い事が起きてます。
「えと、えと、急に七瀬さんからの電話でび、びっくりしちゃって、緊張……してます」
『いや、僕も女の子に電話掛けるなんて初めてだから緊張してさ、勇気出しちゃったよ、はは』
「本当ですか?」
女の子に電話するのが初めて!それが本当なら彼女はいない……?
『ひどいな、葉月ちゃん。僕そんなに女の子に声掛けてる風に見えた?』
「いえっ、そんな事は、無いです、ごめんなさい」
『ああ、怒って無いからね?謝る程の事じゃないよ?』
「は、はい」
まあ、あの日声を掛けられたワケなんだけど、それは私が覗いていたからであって……
「あの、それで私にどんな御用……ですか?」
『あ、ああ……その、御用と言うか、えーと、御用ね、うん』
彼にしては歯切れが悪いような?どうしたんだろう。
『その、実はさ、チケットを頂いてね』
「チケット?」
『そう、◯響の定期演奏会のチケットなんだけど……あの、良かったら一緒にどうかな、って思って』
え、え?それって……まさか……デデデートでは?!
『どうか、な?』
「あ、あの、なんで私なんかに……?」
あー何言ってるかな私!誘って貰っているのにそんなの二つ返事で行きます!じゃないの?って解っているのに自分に自信が無くて彼のもう一押しを望んでしまう。ダメだな、私。
『私なんかって言わないでよ。僕は
聞いた途端に全身が熱くなった。心臓が高鳴る、驚きと嬉しさが押し寄せてくる!
『あ、いやその!折角のオーケストラのチケットだし!貰ったのに行かないのは申し訳ないし、一緒に行ってくれる人とか居ないし……』
「は、はいっ、私をっ連れて行ってくださいっ」
なんかすごい早口で捲し立ててるけど、嬉しさの余り食い気味に返事してしまう私。
『……良かった。楽しみにしてるよ』
「はいっ私も」
通話を終えた後、私はベッドの上でひたすら転がっていた。ターバン頭のままで。
「それってデートじゃんっ!」
美術部の部室兼アトリエで昨日の成り行きを凛に報告すると、部屋中に響き渡る大声でそう叫んだ。
「ちょっ!凛!声、大きいからっ」
「え?桜井先輩デートするんですか?」
「なにっ!だ、誰とだ!桜井!」
「まじすか!桜井先輩もやるっすね!」
「桜井も大山に続いて売却済みに……」
「もうっ!凛っ、こっち来て!」
興奮気味の凛の手を引いて部室を出る。そしてまた廊下の端で二人の会議が始まった。
「すごいね!彼から誘われたんでしょ?」
「うん、どうメッセージ送ろうか悩んでたら、向こうから電話があって」
「直接通話とかどう考えてもアレね」
腕を組んでウンウン頷きながらある結論を出す凛。
「あ、アレってどれ?」
「決まってるでしょ、づっきーが好きなのよ」
「す!……き」
改めて好きの言葉を聞いて、一瞬で体が熱くなった。
両手で頬を押さえる。熱い。
「いつ行くの?その演奏会は」
「こ、今度の日曜日」
「づっきー、解ってる?」
「え?」
わかってる?デートでしょ?そう言う私に、
「その後よ。デートのあ、と!」
「あ、後って……はっ!」
ま、まさかそんな?!早過ぎない?!
更に真っ赤になっているであろう頬を押さえて悶える私に、
「あー、づっきー?何か勘違いしてない?私が言いたいのは次のデートの予定をちゃんと約束する事だよ?」
「うにっ?!」
しまった!先走って男女交際の行く末を想像してしまった。
「ほう……既にそこまで考えていたとは、づっきーも大胆だねぇ」
すっごいニヤけ顔の凛。
「ち、違うから!そんな事考えてないからっ!」
「そんな事って?」
「むにゅにゅ……」
もう好きにして……恥ずかし過ぎて何も考えられない。
「兎に角だよ、づっきー。次のデートを決めてくる事!いい?」
「……ウン」
部室に戻ったら、待ち構えていた部員達に色々と訊問された。
凛は助けてくれなかった。なんならニヤけながら傍観を決め込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます