六章

第35話 否定できない事実

「反対派の目もあるからね。今回の実習は、難易度で言えばBランクに近いくらいの内容だったんだけど。君達の実力なら問題ないと思っていたよ」


 カイル教師は上機嫌だった。


 アカデミーに戻り、バロウズを担当職員に引き渡した後。早速呼び出されて、お褒めの言葉を頂いている。


 出てきた時と違って、三人は浮かない顔をしていた。


 あの後、バロウズはフィストが担いで連れ帰った。かなりの重傷で意識はなかったが、決まりの通り封術環ふうじゅつかんをはめさせた。それは手錠型の魔導具で、装着者の身体に魔力が流れると、仕掛けられた魔術が発動する対魔術士用の拘束具だった。


 今回使われたのはよくあるタイプで、魔力を感知すると強力な電撃を発生させて対象を攻撃する。魔術にしろ、魔術特性による能力にしろ、発動させるには魔力を練り上げる必要があるので、それを感知して阻害するのである。


 力のあるヴァンパイアは身体変化術の応用で自己再生する事が出来るので、顔面を潰した程度では全く安心できないのだった。そうでなくとも、魔術士の犯罪者は危険なので、捕まえた際は封術環をつける事になっている。


 バロウズとの会話の内容と、彼女の精神支配でアイリスを襲ってしまった事を気にして、リーゼはすっかり落ち込んでいた。帰りはずっと泣いていて、アイリスに謝り続けていた。


 アイリスは襲われたなんて思っておらず、悪いのはバロウズで、リーゼは被害者なんだから気にしなくていいのよ! と必死に慰めたが、リーゼは認めず、落ち込んで悲しんで悔やんでばかりいるので、物凄くもやもやしていた。それに、あたしが付いていながら大事な友達に精神支配を許すなんて……と、自分の至らなさを悔やんでいた。


 アイリスも精神魔術は使えるので、やろうと思えばリーゼにかかった精神支配を解く事は出来たのだが、魔力を吸われている状態では繊細な制御が行えず、リーゼを引き剥がすには荒っぽい手段を使うしかないので、躊躇してしまっていたのだった。


 おまけに、バロウズを連れ帰る際、それに気付いた村の人達に、自分達の手で処刑させろと詰め寄られていた。ダメだと言ったら、彼らはリーゼがヴァンパイアだから仲間を庇ってるんだとか馬鹿な事を言いだして、終いには石まで投げてきたので、アイリスもキレて魔術で威嚇してしまっていた。それについては全く反省していないが、リーゼがあまりに不憫で悲しんでいるのだった。


 フィストは二人ほど落ち込んでいなかったが、二人が落ち込んでいるのでもやもやしていた。


 アイリスの提案で、そういった不都合な事情は報告していなかった。叔父の事は信頼していたが、今日のリーゼはあまりにも沢山傷ついたので、これ以上は一ミリだって嫌な思いをさせたくなかったのだ。


 聞いていないのだから当然、カイルは三人の態度を怪しんだ。


「どうしたんだい? 上手くいったのに、浮かない顔をしているようだけど」


 明らかに、カイルはなにかがあった事に気付いている様子だった。その上で、君達の口から聞きたいな? というように、惚けてきたのである。


 アイリスは迷ったが、今更報告するのも気まずいので、誤魔化す事にした。

 そう決めた矢先である。


「……はい。実は私は――」

「リーゼ!?」


 リーゼが白状するような素振りを見せたので、アイリスは慌てて止めた。


「すみません……アイリスさんの気持ちは、とても嬉しくて……だからこそ、自分のした行いを隠したくないんです」

「……なんでよ……」


 悲壮な決意を向けられて、アイリスはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 リーゼの決めた事だから、フィストは黙って見守ることにした。それでもし困った事になったら助けてやればいい。俺はいつだってお前の味方だぜ。と、内心で応援している。


「大丈夫。僕は君達の味方だ。なにがあったかは知らないけど、悪いようにはしないよ」


 安心させるようにカイルが微笑んで、リーゼは大体の事を語った。リーゼの話は、とにかく全部自分が悪いという口ぶりだった。そして、暴徒化した村人を黙らせるのに、アイリスが魔術を使った部分は喋らなかった。


 アイリスは頭にきて、途中で割って入った。そして、こちらはこちらで、全部自分が悪いのだという口調だった。自分がちゃんと守ってあげられなかったら、こんな事になったのだ。終いには泣き出して、リーゼに罰を与えないでと懇願した。リーゼも同じような事を言いだした。


 流石にフィストも黙っていられなくなり、悪いのはバロウズで、二人は全然悪くないけど、もし罰を与えるって言うんなら、俺がやるから勘弁してくれと頼み込んだ。


 一通り聞いて、カイルは苦笑いで三人を宥めた。


「三人とも落ち着いて。何事かと思ったけど、別にそんなのは全然大した事じゃないよ」

「そ、そうなんですか?」


 赤い目の泣き虫が鼻をすすりながら尋ねた。


「まぁ、反対派の耳に入ったら聞こえは良くないけどね。悪く捉えようとすれば、なんだってそうさ。吸魔症に対する偏見を無視すれば、捕縛任務で少しトラブったってだけの話だよ。そもそも、勇者の仕事にはトラブルが付き物だ。何事もないような仕事なら、僕らが出張るまでもない。大事なのは、起きてしまったトラブルをどう処理するかだ。確かにトラブルは起きた。でも、君達は協力して、上手くそれを処理した。標的を迅速に捕まえ、余計な被害は一切出さずに戻ってきた。百点じゃないか。胸を張るべき事だよ」


 それを聞いて、アイリスはホッとして笑顔になった。リーゼの大きなお尻に抱きついて、わしわしと揺らす。


「ほらね! だから言ったのよ! リーゼは全然悪くないって! あんなの、気にする事じゃないんだわ!」

「でも……」


 リーゼの顔も少しは明るくなったが、まだ薄曇りの状態だった。


「リーゼさんの気持ちは理解出来るよ。確かに、君は相手に付け入られた。それは失敗だ。僕だって失敗する。アイリスちゃんもするし、フィスト君もするだろう。失敗なんか誰だってする事だ。大事なのは、反省して、学ぶ事だよ。君は賢い生徒だ。僕の言いたい事はもうわかるね?」

「……はい。もっとヴァンパイアについて勉強して、弱点を克服します」


 リーゼの答えには、力強い決意が満ちていた。


「うん。吸魔症の人間が持つ精神魔術に対する脆弱性は仕方のない事ではあるけれど、精神魔術や対抗訓練を学ぶ事で補う事は可能だからね。反対派に付け入る隙を与えない為にも、そういった授業を取り入れるのは良い事だよ。アイリスちゃんも精神魔術を使えるから、力になってくれるはずだ」

「勿論よ! リーゼのお願いならあたし、幾らでも手伝うわ!」


 金髪の泣き虫が、リーゼの足元でニコッと笑った。

 それを見て、リーゼはたまらなくなってしまった。


「う、う、う、うぁあああああん! あいりずじゃあああああああん!」


 泣き出して、小さな親友をギュッと抱きしめる。


「もう、リーゼってば本当に泣き虫なんだから」


 リーゼの胸の間にすっぽりと納まって、ふごふごとアイリスはそんな事を呟いた。物凄く息苦しいが、物凄く居心地が良いので、限界までアイリスは我慢した。


「リーゼ! 苦しいわよ!」


 限界が来たので、アイリスはぺちぺちとおっぱいの横っ面を叩いた。


「ふぇ、す、すみません! 嬉しくて、つい!」


 慌ててリーゼは胸の間からアイリスを解放した。


 二人とも元気になったようで、フィストも元気になってきた。二人なら、このくらいの事は勝手に乗り越えるだろうと思っていたが。


 そんな三人を見て、カイルも笑顔になった。


「そういうわけだから、君達は無事にCランクまでの課外実習が解禁された。僕からは以上だけど、他になにかあるかな?」


 ないのは分かっていて聞いているような口ぶりだった。

 フィストもアイリスもそのつもりだった。


 色々あって大変だったので、今日はこれくらいにして、美味しいご飯を食べてゆっくりしたい気分だった。

 リーゼは違った。一つだけ、どうしても聞きたい事があった。


「あの、カイル先生。一つ、質問があるんですけど」

「勿論いいとも。生徒の質問に答えるのは、教師の務めだからね」


 カイルは笑顔で快諾した。


 けれど、リーゼは少し躊躇した。聞きづらい質問だったのだ。だが、確かめなければいけない事なので、勇気を出して聞いた。


「……あの。バロウズは、同盟が、私のような人間を生け捕りにして、解剖したりして、研究していると言っていました……それに、アカデミーも加わっているとも。それは、本当なんでしょうか……」


 真剣な質問に、弛緩していた空気が強張った。

 カイルは少し困ったような顔になり、顎を撫でた。


「……本当だよ」


 リーゼの視線を真っすぐに見返して、カイルは答えた。


「僕も、そんな事をしている人間の一人だ。魔術特性について研究しているからね。君達にバロウズの捕縛を頼んだのは、生きた研究材料が欲しかったからでもある。その事は、否定しないよ」

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