第33話 裸の女

「ちょっと待った」


 暫くして。先行していたフィストが、不意にそう言って足を止めた。


 少し前から、狩人の印を追跡するコンパスの反応が強くなり、バロウズとの距離が近い事を知らせていた。緊張していた二人が、ギクリとして身を強張らせる。


「なによ、急に」

「あそこに誰か倒れてる」


 押し殺したアイリスの声に答えて、フィストは遠くを指さした。

 よく視れば、十数メートルも先にある木の影から、人の足がはみ出している。干からびて痩せ細った足は、遠目には太い枯れ木のようにも見えたが、フィストは目が良いので、それが人の足だと分かった。


「……村の女の人が、何人か攫われてるんでしたよね」


 息を飲んでリーゼは言った。

 保安官の話では、その内の二人は既に死体となって発見されている。


 魔力は可能性の力の他にも、存在の力や、魂の血液などとも呼ばれており、足りなくなれば貧血に似た症状を発症し、極端に少なくなれば死に至る。

 見つかった二人の女性の死体は、完全に魔力を吸いつくされ、ボロボロのミイラのようになっていたという。


「……バロウズが魔力を吸って、ここに捨てて行ったのね……」


 アイリスが呟いた。やりきれない思いが込み上げて、平らな胸を掻きむしるように指を立てる。


「……連れて帰りましょう! せめて、ちゃんとお葬式をあげてあげないと!」

「動くな!」


 駆け寄ろうとするリーゼにフィストが叫んだ。目は獣のように鋭く、辺りを見回している。


「俺達はバロウズを追ってきたんだ。こんな所に死体があるのは、なんかわざとらしい気がする。吸魔症は、自分で魔力を作る力は弱いんだろ? 俺達に追われてる事に気付いて、魔力を補給したのかも。それで、分かりやすい所に死体を捨てといて、近づいた所を襲おうと隠れてるのかもしれない」


 フィストは馬鹿だが、戦闘に関しては、師匠にみっちり叩きこまれている。騙し打ちや不意打ちは当たり前だ。だから、そんな事を思った。


 言われてリーゼはギョッとして、コンパスを確認した。針はメトロノームのように左右に揺れている。今回使用された狩人の印は、長距離を追跡するには有効だが、その代わり、接近する程精度が落ちるのだった。


 実戦の緊張感に、リーゼは恐れ慄いた。


 アイリスは、マギオン家の教育である程度実戦の場数を踏んでいたので、リーゼよりは冷静だった。フィストの言葉を聞いて、なによフィストったら、普段は馬鹿な癖に、急に頼もしくなるなんてズルいじゃない! と、ちょっと見直している。

 フィストは完全に戦闘モードで、余計な事は頭になかった。


「で、どうするの? いつまでもここで睨めっこしてるわけにもいかないでしょ?」


 アイリスが尋ねた。


「死体は俺が確認する。バロウズが隠れてるなら、今の話も聞こえてるはずだから、逃げる機会を伺ってると思う。だから、二人は周りを警戒してくれ。死体を確認してなんにもなかったら、三人で周りを確かめればいい」


「もしなにもなかったら、死体はどうするんですか? 置いてっちゃうんですか?」


 リーゼはそれが気になった。バロウズの追跡を優先して死体を置いていくのだろうか。


マーク系の術はあたしも使えるから大丈夫よ。目印の術ポイントマークでもかけといて、帰りに回収すればいいわ」


 目印は狩人の印と似たような術である。対象に魔力的な印をつけて補足する。こちらは近距離でも精度が落ちないが、狩人の印のような術の隠蔽性や、対象の魔術的な抵抗に対する耐久力を持たない。バレたり消されたくなかったら狩人の印、そういった心配がなければ目印というような使い分けがされている。


 それを聞いてリーゼも納得した。そして、改めてアイリスの魔術適正の多さに驚かされる。印系の術は結構特別で、専門的な術なのだった。


 話がまとまったので、フィストは死体を確かめに行った。

 自分の身の安全は全く心配していない。今まで色々あって、自分がかなり強いらしい事は理解している。心配なのはリーゼだった。そちらも、アイリスと一緒なら大丈夫だろうが。


 酷い死体だった。これといった外傷はないのに、半ば干からびて、腐ったように崩れかかっている。魔力が枯渇すると、こんな風になってしまうのかと驚く。保安官の話では、被害者は全員若い女という事だったが、それを確認出来るような面影はほとんど残っていない。全裸だったので、辛うじて性器の有無で女だという事だけは分かった。


 口は断末魔を上げようとするかのように大きく開かれて、咥内の闇には黒々とした苦悶が溜まっているように思える。可哀想になって、フィストは手を合わせた。師匠に教わった、死者の弔い方である。


「大丈夫ですか!」


 そんな姿を見て、心配そうにリーゼが尋ねた。


「あぁ。けど、酷い死体だ。二人は見ない方がいいと――」


 多分ショックを受けるだろうから。そんな心配していた途中で、フィストはハッとして振り返り、思いきり死体を踏みつけた。

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