第30話 昇格試験

「素晴らしいよ。三人とも、よく頑張っているね」


 ニッコリと微笑んで、カイル教師が褒め称えた。

 一か月程経っていた。


 あれから三人は、暇を見つけては課外実習に取組み、少なくとも日に二つ、多い時では六つもこなしていた。


 普通だったら、帰りのポータルが開くのを待たなければいけないので、どんなに頑張っても日に一つが限度である。


 しかしこちらには、天才魔術士のアイリスがいる。終わったら、こちらからポータルを開いて、すぐにアカデミーに戻ることが出来る。それで、じゃんじゃん課外実習をこなしていた。


 一週間もすれば、三人の活躍はアカデミー中に広まって、周りの見る目も変わった。やっぱりアイリスは凄い。天才だ。あの山猿も、拳だけでどんな魔物も蟻を殺すみたいに簡単に叩き潰してしまうらしい。おまけのヴァンパイア女も、只者じゃない。だってあの高飛車のアイリスが一目置いて、友達みたいに接しているのだ。そんな風に言われていた。


 二週間もすれば、もう誰も三人を馬鹿には出来なかった。妬んだり、僻んだりで、陰口を言う者は沢山いたが、それは負け惜しみみたいな物だと言われて、フィストも納得した。フィストとしては、二人が気にしないのなら、何を言われたってあまり気にはならないのだった。


 そんな風にして一か月程経ったある日の事、急にカイルに教師室に呼び出され、こうしてお褒めの言葉を頂いているのだった。


 言われて、アイリスは得意げだった。すっかり自信を取り戻して、えへんと薄い胸を張っている。リーゼは、照れくささと、自分達の頑張りが認められた喜びで涙ぐんでいる。フィストは欠伸をしていた。早く課外実習に出て暴れたかったのだ。


「アイリスちゃんの失点は、すっかり取り返せたと言っていいね。アカデミーの融和派も、君達の活躍は評価している。お陰で僕も鼻が高い。反対派の連中も、これを機に考えを改めてくれるといいんだけどね。アカデミーの本来の理念を考えるなら、家柄や時代遅れの価値観で優秀な人間を差別するべきじゃない。そんな事も分からないから、魔王論者に付け入る隙を与える事になるんだよ」


 機嫌が良いせいか、今日のカイルはいつになく饒舌だった。


 一般的には魔王は世界戦争を引き起こした大悪党という事になっているが、当時魔族と呼ばれた存在や、家柄に関係なく優秀な人材を起用した合理的な考え方については、インテリ層の間で評価する者も少なくない。


 むしろ魔王は、貴族のような一部の人間が利権を貪る不公平な社会システムの破壊を目指し、自由と平等の為に戦った真の勇者であると考える者すらいる。


 そのような人間からすれば、むしろ勇者同盟の方が悪であり、その実態は施政者の利権を守る為の貴族同盟だという意見まである。


 そのような考え方は、魔王に賛同する危険思想であり、魔王論者などと呼ばれて忌み嫌われていた。


 カイルはそこまで先鋭的ではないが、マギオン家の落ちこぼれで、アカデミックな立場でもあり、反体制的な主張を見せる事が少なくない。尊敬する叔父ではあるが、その点についてだけは、アイリスは少し心配なのだった。勿論、賢い叔父だから、口を滑らせる相手は選んでいるのだろうが。


 リーゼは勤勉だが、そういった政治的な話には疎かった。純粋と言うか、素直というか、教えられた事をそのまま信じるタイプである。


 フィストは言うまでもなく、何一つ理解していなかった。


「よくわかんねぇけど、話ってのはそれだけか? だったら俺、早く課外実習に行きたいんだけど」


 昨日の勝負はアイリスに負けたので、フィストは早くリベンジがしたかった。全体で見れば、フィストの方が勝ち越しているのだが、そんな事は一々覚えていないフィストである。気にするのは精々、昨日の事までだ。


「フィスト、言葉遣い」


 ジロリと睨んでアイリスが言った。


 リーゼと和解してからは、アイリスもフィストの家庭教師に加わっていた。リーゼが授業に出ている時は、代わりにアイリスがフィストに常識や勉強を教えている。


 アイリスとしては、リーゼの負担を減らしてあげたいし、フィストは馬鹿だが、友達だし、馬鹿のまんまじゃ舐められるし、一緒に居るとなんだかんだ楽しいので、自分から買って出たのである。


 リーゼは複雑だった。フィストの家庭教師役は、自分だけの特権のように思っていた。フィストは馬鹿だが、強くて優しくてかっこいいし、馬鹿だけど、ただの馬鹿じゃなく、色々すっ飛ばして本質を突いたりするから、アイリスだってきっと好きになって、二人っきりでいる間に色々発展してしまうんじゃないかと心配だった。


 けれど、アイリスはすっかりリーゼに懐いていて、忙しいリーゼの負担を少しでも減らそうという善意からの行動である事は分かっていたので、断れないのだった。


 フィストは、厳しいアイリスより、優しいリーゼの授業の方が好きだったが、アイリスの授業は結構適当で、時々サボって二人で遊んだりしていたので、悪い事ばかりではないのだった。


「いけね! えー、よくわからないんですけど、センセーのお話がそれだけなら、僕は早く課外実習に行きたいので、もう帰ってもいいですか?」


 指摘されて、フィストは頑張って言い直した。取ってつけたような敬語なので、物凄く気持ち悪い感じになっている。


「……気持ち悪いわね。もっと自然に出来ないの?」

「仕方ねぇだろ。俺にはこっちが自然なんだから」

「なんか、言葉使いが丁寧な文、余計に失礼に聞こえちゃいますね」


 リーゼが苦笑した。フィストの敬語は、小さな子供が劇の台詞を棒読みしているみたいに不自然なのだった。


「僕が相手なら無理に敬語を使わなくていいよ。フィスト君に他意がないのは分かっているからね。大事なのは言葉じゃなく、そこに込められた気持ちさ。一応、教師としての立場があるから、人の目がある所では頑張って貰いたいけど」


 カイルも苦笑して言った。本当に笑っちゃうくらいに下手くそな敬語なのである。


「サンキュー、カイルせんせ! そん時は頑張るぜ!」

「おじ様! 甘やかしちゃダメよ! あたしはこの山猿を、マギオンの友達に相応しい紳士に育てないといけないんだから!」

「ふふ。随分彼の事を気に入ったみたいだね」


 興味深そうに、カイルが言う。言われてアイリスは真っ赤になった。


「そ、そんなんじゃないわ! このままにしておいたら、あたしもフィストも恥をかくから、それだけよ!」

「これ以上は野暮だからね。そういう事にしておこう。で、フィスト君。勿論、君達を呼びだしたのには理由がある。新入生と言っても、君達の実力は飛びぬけてるからね。本来なら、入学して半年はEランクの課外実習しか受けられない決まりだけど、十分な能力のある生徒ならその限りじゃない。教師の権限で、上のランクを解禁する事が出来る。その為に、試験を受けて貰う事にはなるけどね」

「試験て、勉強か?」


 渋い顔でフィストは言った。

 喧嘩は強いが、勉強はお話にならないフィストである。試験なんか、受かりっこない。


「まさか。職業勇者は同盟公認の戦闘術士の資格だよ? いくら頭がよくたって、強くなければ話にならない。試験と言っても、上のランクの課外実習に挑戦するだけさ」

「なんだ! それなら楽勝だぜ!」


 フィストは安心した。Eランクの実習は、一人でだって余裕なくらいである。やった事はないが、Dランクだって平気だろう。


 アイリスとリーゼも、顔を合わせて喜んだ。三人にとって、Eランクの実習は簡単すぎる。だから力を示す為には、かなりのハイペースで幾つも実習をこなさいといけない。体力馬鹿のフィストは平気だが、二人は結構疲れていた。勉強とフィストの家庭教師と実習で、遊ぶ時間なんか全くない。毎日必死に戦って、泥のように眠る。その繰り返しである。


 それに、意地悪な生徒の中には、Eランクの実習なんかいくらこなしても自慢にはならないと言っている者もいる。実際その通りだと二人も思っていた。Dランクの実習を受けられれば、もっと力を示す事が出来るし、その分ペースを緩める余裕も出来る。それに、周りより早くDランクの実習が解禁されれば、それだけで尊敬を集める事が出来る。


 そんな風に喜ぶ二人を見て、カイルはニヤリと笑った。


「Dランク程度で、君達は満足なのかな?」


 それを聞いて、二人はハッとした。


「おじ様? それってもしかして」

「もっと上のランクに挑戦できるって事ですか!?」


 驚く二人に、カイルはもったいぶって言った。


「一足飛びで、Cランクに挑戦して貰おうと思ってる。勿論、不安ならDランクでもいいけどね」

「とんでもない! あたし達ならCランクでも余裕よ! ねぇフィスト! リーゼ!」

「当然!」


 パン! と、フィストが掌を拳で叩いた。

 リーゼはすぐには答えられず、不安そうに胸の聖印を握りしめる。


「……正直、私の実力でCランクは不安ですけど、お二人が一緒なら……」


「なに言ってんだよ! リーゼだって結構凄いだろ! 物知りだし、アイリスには負けるけど、魔術だって凄いじゃん!」


 悪気なく、フィストは言った。実際、勤勉なリーゼの知識が実習で役立つ場面は多い。擬態する魔物の見つけ方だったり、建物に被害を出さないように、そこに住み着いた魔物をあぶり出す方法だったり。フィストとアイリスが規格外すぎて、小細工などなくても力技でどうにか出来てしまう場面が多かったが、それでも時間の短縮にはなっており、フィストとアイリスはちゃんとリーゼを評価していた。当のリーゼは、全く自分を評価していなかったが。


 魔術に関しても、アイリスと比べなければ、リーゼは十分凄かった。アイリス程ではないが、吸魔症の魔術特性で、色々な術に適性があり、そこそこの練度で扱う事が出来る。加えて最近は、自分がヴァンパイアである事を受け入れ、吸魔症と相性の良い特殊な術の勉強も始めている。


「ちょっと、フィスト! あたしに負けてるとかは余計でしょ!」


 声を潜めて、アイリスはフィストの尻を小突いた。


 あんなに威張りん坊だったアイリスは、リーゼに対してだけはかなり丸くなっていた。友達と認めた事に加えて、女友達として、フィストには言えない事を色々話し合ったり、一緒にトイレに行ったり、お風呂に入ったり、陰口を言われて不安になったりイライラした時は、リーゼの大きなおっぱいでギュッとして貰って、嫌な気持ちと一緒に溜まった魔力を吸って貰ったりしていた。だからアイリスは、自分と同じくらいリーゼの事が大事になっていた。


 フィストは鈍感なのでそんな気にするような事か? と思ったが、怒られたので謝っておいた。


「そうか? ごめん、リーゼ」

「本当の事ですから、気にしませんよ。アイリスさんも、気を使ってくれてありがとうございます」


 リーゼは複雑な心境だった。仲良くなりたいと思っていたが、こんなにアイリスが懐いてくるとは思わなかった。フィストは鈍感なので、全く悪気なくこんな事を言ってくる。悪気がないのは分かっているから、リーゼは全然気にしないが、アイリスは過剰に気にするのである。それはそれで、嬉しいと言うか、いい気分と言うか、これも一つのモテなのかなぁ? とか思っちゃったりするのである。でもそれで二人に喧嘩をされると困るので、色々とバランスを取るのが大変なのだった。


 そんな三人を微笑ましそうに眺めて、カイルは言った。


「それについては問題ないよ。上位ランクが解禁されたからと言って、下位ランクの実習を受けられなくなるわけじゃないからね。勿論、実習で死ぬような事があっても、自己責任という事にはなってしまうけど、それはどのランクでも同じ事さ。それに、Eランクと違って、上位ランクは実習内容も複雑になって、戦闘技能以外の能力を求められる事もある。足りない技能はそれを持つ人間と組む事で補う事になるわけだから、パーティー内で戦闘力に差が出るなんてのはよくある事さ。だから、強い人間は守り方を、弱い人間は守られ方を学ぶ必要がある。勿論、弱者なりの役立ち方もね。見た所、リーゼさんは上手くやっていると思うけど。あとはまぁ、この話をするにあたって、ちゃんと君の能力も査定してある。一人でCランクを行うのは厳しいだろうけど、パーティーを組む分には問題ないだろうね」


 そんな事を言われても、自信なんか湧いてこなかったが。どのみち、リーゼの答えは決まっていた。発言権がないとか、そんな後ろ向きな理由ではない。自信はないし、二人と比べても劣ってばかりだが、それでも、精一杯自分なりに頑張ろうと、前向きな心で頷いた。


「はい! 頑張ります!」

「うん。それでだね。実は、試験となる実習の内容自体は、もう選んであるんだ。僕としては、色々と理由があって選んだつもりだけど。もしかすると、リーゼさんにとっては少し残酷な内容になるかもしれない」


 深刻すぎない程度には真面目な顔で、カイルは言った。

 不穏な切り出し方に、フィストとアイリスが心配そうにリーゼを見つめる。


「……えっと、どんな内容なんでしょうか」


 恐る恐る尋ねるリーゼに、カイルは答えた。


「殺人犯の捕縛だよ」


 ……吸魔症のね。


 言いづらそうに、カイルはぽつりと付け足した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る