第23話 ポータル

 仕方ないのでEランクの課外実習を受ける事になった。


 内容は、魔力禍の影響でとある森に発生した魔物の掃討である。


 リーゼとの勉強の甲斐があって、魔力禍がなにかはフィストも知っていた。


 魔力禍というのは、なんらかの原因で一時的に場の魔力が濃くなる現象で、魔力禍の起きた場所は魔境と同じような状態になり、魔物が生まれやすくなる。


 魔境とは違い、あくまで一時的な現象なので、発生した魔物も、魔力禍が終わった後に駆除すれば再発生はしない。また、固定化された魔境とは違って、魔力禍は様々な場所で起こり得るので、その際に生じた魔物の処理は、勇者の仕事としては割と多いらしい。


 森というから、フィストはてっきり、アカデミーを出て、どこかに旅をするのかと思っていた。だが、そういうわけではないらしい。


「当たり前でしょ。勇者同盟は世界中の加盟国から要請を受けてて、あたし達の受けた課外実習はそういうのの一部なんだから。普通に移動してたらそれだけで何週間もかかっちゃうわよ」


 呆れたようにアイリスが言ってくる。


「勇者同盟は世界中に支部があって、それらは全部、空間を繋げるポータルっていう魔術で繋がってるんです。アカデミーは同盟が運営する機関なので、アカデミーにも同盟の支部と繋がったポータルがあるんですよ」


 リーゼは優しいので、アイリスとは違ってちゃんと説明してくれる。


「へ~。凄いんだな」


 凄すぎて、説明をされてもフィストには想像もつかなかった。


「空間魔術は難しい術だし、制御難易度も移動距離に比例して高くなるけど、ポータルみたいな固定式の術は魔術陣を利用した儀式術と相性がいいから、それを応用して装置化してるってわけ。だから、極端な事を言えばポータル装置自体は魔術士じゃなくても操作できるわ。必要な魔力を与えて、行き先のポータルチャンネルを入力して、出口側に承認して貰うだけでいいから」


 リーゼに感心するフィストを見て、あたしだってそれくらいの事は知ってるのよ! という気持ちでアイリスも説明した。


「へ~」


 フィストには何一つ理解出来なかったが、ぽかんと口を開けるフィストを見て、アイリスは自分の賢さに感心しまくっているのだと勘違いした。だから、得意になってもっと説明した。


「ちなみに、支部からも結構距離があるから、支部の職員があらかじめ現場の近くにポータルアンカーを設置しておいて、仕事を請け負った勇者は支部のポータルを乗り継いで現場に向かう事になるわ。経由するポータルはこっちのポータルと繋がってるから、実際に支部で乗り降りする事はないけど。あと、ポータルアンカーはポータル装置と違って、あくまで支部側でポータルを開く際の一時的な座標点にしかならないから、こっち側からポータルを開く機能はないわ。だから、帰りの時刻が決まってて、その時間にポータルが開くって感じ。遅刻したら面倒な事になるけど、あたしは装置の補助なんかなくてもポータルを作れるから、もしそうなっても全然困らないんだけど!」


 ドヤァッ! と得意気に、アイリスがツインテールをかき上げた。


「へ~」


 フィストには本当になに一つ理解出来なかったので、適当に相槌を打っておいた。


 リーゼからすれば、フィストが理解していない事は一目瞭然だったが、アイリスは自分に都合よく勘違いして、ムフッ! と鼻息を荒くした。


「ふふん。あたしの凄さに声も出ないって感じね!」

「いや、難しすぎてなに言ってんのか一つもわかんなかったわ」

「はぁ!?」


 真実を知って、アイリスはがっかりした。なによそれ! 得意になって説明して自慢までしたあたしが馬鹿みたいじゃない! アイリスは物知りだが、フィストとは違う意味で馬鹿なのだった。


 そうこうしている内に、三人はポータル装置のある棟にやってきた。そこでは、アカデミーの職員や、空間魔術や魔導学を得意とする生徒が働いている。入ってすぐの大きな部屋は受付になっており、窓口の職員に実習票をを渡すと、奥の部屋に案内された。


 さほど広い部屋でもない。少人数用のポータル室である。殺風景な四角い部屋の真ん中に、大きな円形の、高い台座みたいなポータル装置がぽつんと置いてある。


 待っていると、台座の周りを囲む、金属製のドーナッツみたいな装置が低く唸り、青白く輝きだした。程なくして、円形の台座の上に魔力が収束し、死にかけの虫が鳴くようなジジジジジっという音がした。そして、紙袋が破裂するようなパァン! という音がして、空間が裂け、虹色に輝く楕円形の鏡みたいなポータルが虚空に浮かんだ。


「……すげぇや」


 感動して、フィストは呟いた。こんなに不思議で綺麗な光景は見た事がない。


「……ですね。私も、実際に見るのは初めてです……」


 リーゼも感動していた。知識で知っているだけで、見るのは初めてだった。


「ほら、ぐずぐずしてないでさっさと行くわよ」


 お金持で貴族で名門のアイリスである。ポータルなんか、当たり前のように使っている。だから、感動なんかまったくない。急かしたのは、余裕な所を見せたいからだった。


 アイリスを先頭に、フィスト、リーゼの順に階段を使って台座に上る。


「ちょっと、緊張しますね……」


 初めてのリーゼは、ちょっとどころではなく緊張していた。

 それに気づいて、アイリスは意地悪な顔になった。


「たま~に失敗して、行方不明になったり、全然違う所に出たりする事があるみたいよ」

「ひぃっ!? う、嘘ですよね!?」

「どうかしら。でも噂だと、夜中になるとポータル室から、虚空に飲まれた生徒の苦しむ声が聞こえて来るとか来ないとか――」


 怯えるリーゼがおかしくて、アイリスは適当な怪談をでっち上げた。

 そんな彼女の頭に、ゴツンとフィストが拳骨を落す。


「――ギャフン!? なにすんのよ!」

「脅かすような事言うからだ」

「だからって叩く事ないでしょ! 頭なんか親にも叩かれた事ないのに!」


 拳骨と言っても、全然痛くはなかった。けれど、アイリスには隕石が頭に落ちてきたみたいに衝撃的だった。こんな事をされたのは、生まれて初めてである。ショックで、涙が滲んだ。


「俺だってねぇよ。親がいねぇからな」


 フィストは気にせず、ニカッと笑った。面白い冗談のつもりだった。


「……それ、冗談のつもりだったら全然笑えないんだけど」


 拳骨のショックも忘れて、アイリスはドン引きした。そんな事言われて、どんな反応をしろというのだ。


「そうか? 結構面白いと思ったんだけど」

「あ、あたしも、親いません!」


 なにを思ったのか、リーゼまでそんな事を言って手を上げてくる。

 アイリスはアホらしくなってきた。


「いいから行くわよ」


 溜息をつくと、極彩色の鏡面に足を踏み入れる。


「ぁ、初めてだとちょっと酔うかもしれないわね」


 そんな事を言って、向こう側へと消えていった。

 残された二人は、マジかよ、と顔を見合わせた。


「……お、お先にどうぞ」


 半泣きの笑みを引き攣らせ、リーゼが掌をポータルに向ける。

 フィストはその手首を掴んで、強引に引っ張った。


「一緒なら怖くねぇだろ?」


 二人同時にポータルを潜る。


 確かにリーゼは怖くなかった。

 胸キュンで、それどころではなかったのだ。

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