四章

第21話 見世物

「うめぇ! ただの焼いた肉なのに、ソースってのがかかってると全然違うな!」


 ティーボーンステーキを骨ごとバリバリ食べながらフィストが言う。


 魔境に住んでいた頃は、調味料は塩くらいしか知らなかった。味付けもそうだが、食堂で出しているステーキは驚く程柔らかい。焼き加減と下拵えのお陰だが、フィストはいつも、なにも考えずに焼いて固くしてしまっていたから、大違いである。


 翌日の事だった。いつも通りリーゼと食堂で昼食を取っている。だが、今日はそこにアイリスも加わっていた。


 カイルの助言で、アイリスはアカデミーの抱える問題を解消する為に、わざとフィストに負けて、アンダーの仲間になったという事になっている。


 その情報が流れるのはまだ先だが、その時の為に、既成事実というのを作っておく必要があり、出来るだけ一緒に過ごした方がいいという事だった。


 よくわからないので、フィストは友達になったんだろうと適当に解釈している。


 アイリスは、周りの目が気になるようで、精一杯気にしていない振りをしていたが、どこか落ち着かない様子だった。


 リーゼはいつもそんな感じだが、それに加えて、今日はアイリスの顔色も気にしていた。


 だから、いつも通りといっても、その日の昼食はぎこちない雰囲気があった。

 フィストは気にせず、美味しいご飯に夢中になっていたが。


 そんなフィストを、アイリスは呆れた顔で眺めていた。


「……あんた、なにやってんのよ」

「飯食ってんだよ。見りゃわかるだろ?」


 なに言ってんだこいつ? と思いながら言い返す。


「そんなの見れば分かるわよ! そうじゃなくて、なんで骨まで食べてるのかって事!」

「なんでって……皿の上に載ってるからじゃねぇか?」


 なんでそんな事聞いてくるんだ? と思いつつ、確認するつもりでリーゼに視線を向ける。


「……えーっと。普通の人は、あんまり骨は食べないですね」


 苦笑いを浮かべてリーゼは言った。


「マジかよ。でも師匠が、カルシウムとかいうのが入ってて食ったら骨が強くなるって言ってたぜ」

「だからってこんなデカい骨食う馬鹿がどこにいんのよ! あぁ恥ずかしい! あんたって本当に山猿なのね!」


 馬鹿にされて、フィストはちょっとムッとした。


「食えるんだからいいだろ別に」

「よくないわよ! お行儀悪いでしょ! あんたがそんなんじゃ、あたしまで恥をかくじゃない! このあたしと一緒に組むからには、もうちょっとちゃんとして貰わないと困るわよ!」


 実際は、アイリスもそこまで恥ずかしいとは思っていない。びっくりはしたが。こんな風に男の子と一緒にご飯を食べるのは初めてだし、友達みたいな事をするのも初めてである。周りの目もあって、結構緊張していた。それでずっと、なにか喋るきっかけがないかと探っていたのだ。そこにフィストが変な事をしたから、チャンスだと思って話しかけた。そしたらいつもの癖で、つい意地悪を言ってしまったのだった。


 しまったと思ったが、一度意地悪を言ってしまうと、紐で繋がったみたいに意地悪ばかり出てきてしまう。折角できた友達なのに、あたしってなんでこうなんだろう、と自分で呆れる。


 でも、こいつだって悪いのよ。あたしはマギオンなのよ? ウィングスで、あんた達と一緒にお昼食べるだけで白い目で見られるんだから。もうちょっとお行儀とか、気を使うべきなんじゃないの? とも思う。複雑な乙女心である。


 言われてフィストはもっとムッとした。でも素直なので、その通りかもとも思う。前から、お行儀の事はリーゼからも注意を受けていた。言い方は、もっとずっと優しかったが。料理を手掴みで食べちゃダメだとか、スープの皿を掴んでがぶがぶ飲んではいけないとか、テーブルを汚さないように食べるとか、食器の持ち方とか、ゲップをしないとか、色々沢山。多すぎて覚えきれないが、リーゼとしては、それでも遠慮して少しずつ注意しているようだった。


 リーゼに言われたなら、フィストも素直に反省できた。言い方が優しいからだ。

 アイリスの言い方では、フィストも意地になり、素直にはなれなかった。

 ぷくっと頬を膨らませて、アイリスの皿をフォークで指す。


「アイリスだって、野菜残してんじゃん」


 仕返しのつもりでフィストは言った。アイリスのトレーの端には、料理から取り除かれたブロッコリーやピーマンやトマトなんかがひとまとめに寄せられている。

 言われて、アイリスはウッと呻いた。


「か、関係ないでしょ! 今は、あんたの話をしてんの!」

「関係なくないだろ。好き嫌いすると大きくなれないって師匠も言ってたぞ」


 恥ずかしいかどうかとかは、正直フィストにはよくわからない。でも、アイリスは小さい事を気にしているようだから、大きくなりたいのなら食べた方がいいと思った。


 言い返される事なんか滅多にないアイリスは、すぐに頭に血がのぼってしまった。発育について触れられるのもNGである。デリカシーのない奴! と、オコである。マギオン的にも、こんな山猿に言い負かされるわけにはいかない。


「そんなの、迷信よ!」

「でもお前、ちっちゃいじゃん。骨まで食う俺はこんなにデカいぞ。それってやっぱ、迷信じゃないって事なんじゃねぇか?」

「そんなの、たまたまよ! そーいうのは、沢山データを集めて検討しないと意味がないっておじ様が言ってたんだから! それにあたしは小さいんじゃなくて、人よりほんの少し成長するのが遅いだけなの! すぐに背も伸びて、胸だって大きくなるんだから!」

「どーだかな。俺の師匠なんか、俺が赤ん坊の頃からずっと一緒にいたけど、いまだにお前みたいなちびっ子だぞ」


 謎の多い師匠である。てっきりフィストは、妙な魔術で子供みたいな姿を維持しているのかと思っていたが、アイリスみたいな奴がいるのなら、そのまま成長しないで大人になる事もあるのかもしれない。


 言われてアイリスは不安になった。実際好き嫌いの多いアイリスは小さいし、骨まで食べるフィストは大きい。それに、このまま成長しないのではという不安は前からあった。もしそうだったら、悲しい。恋人だって出来ないだろうし、誰もお嫁さんにしてくれない。フィストだって、自分みたいなちびっ子より、リーゼみたいなおっぱいオバケが良いに決まってる。そう思うと、悲しくて涙が出た。


「なんでそんな事言うのよ! 意地悪! バカァ!」


 泣かれると、フィストは弱い。特に、気が強くて怒りん坊のアイリスに急に泣かれると、悪い事をしたような気がしてしまう。


「な、泣くなよ! ズルいぞ!」

「泣いてないわよ! 泣くわけないでしょ! ひっぐ、タバスコが目に入っただけよ!」

「ふ、ふたりとも、ちょっと落ち着きましょう!? 物凄く目立ってますから、ね?」


 慌ててリーゼが止めに入った。喧嘩に夢中の二人は気づいていなかったが、二人は食堂中の注目を集めて、リーゼは見世物になったような気分だった。

 あと、なんでアイリスが当然のようにフィストの正面に座っているんだろうと思っていた。そこは私の場所だったのに。私だってフィストさんとお喋りしたいのに。昨日までは二人っきりでお喋り出来て楽しかったのに。ズルいズルいズルいと思っていた。


「うっさぁい! もとはと言えば、あんたがこの山猿をちゃんと躾けておかないからダメなんでしょ! 世話係なら、ちゃんと調教しておきなさいよ!」


 アイリスは言った。ただの八つ当たりである。だが、リーゼの見事に発育した身体を見ていると、不安になって、惨めになって、恥ずかしくなって、イライラするのだった。

 同じくらいの歳のくせに、リーゼの身体は物凄く大人だった。背は高いし、女らしい。男の子が夢中になって読んでいるエッチな表紙の本のモデルみたいな身体つきなのである。

 そして胸だ。それ、なんか入ってんの? 入ってるんでしょ? 入ってるって言いなさいよ! と問い詰めたくなるくらい、立派で大きい。女のアイリスですら、抱きついて甘えてみたくなる。きっと、ママに抱っこされてるみたいで気持ち良いんだろうな、と思う。秘密にしているが、アイリスは甘えん坊だった。厳しい母親なので、全然甘えさせてくれないが。とにかく羨ましいおっぱいなのだった。


「そ、そんな事言われても……」


 リーゼとしては、頑張って色々教えている。フィストもそれに応えて、少しずつだが常識を身に着けている。物事には順序があるし、いきなり沢山詰め込んでも、パンクしてしまう。だから、リーゼもフィストもちゃんとやっているのだ。いきなり割り込んできたあなたにそんな事言われる筋合いは全然ないですけど! と思うが、臆病なので、思うだけだった。常識人のリーゼからすれば、マギオン家のアイリスは雲の上の人で、とてもではないが逆らえないのである。


「おいアイリス! 自分がちっちゃいからってリーゼに当たんなよ!」


 フィストとしては、大事な友達のリーゼである。良い奴だし、沢山借りもある。意地悪をされては見過ごせない。


「フィストさん!? そういう言い方は不味いですよ!?」


 青くなってリーゼは叫ぶ。同じ女のリーゼである。アイリスの逆鱗は大体予想がついた。そんな事を言ったら、余計に怒らせるだけである。でも、フィストに庇って貰えていい気分でもある。アイリスが加わっても、フィストの一番の友達は自分なのだ。その事に、じんわりと幸せを感じる。


 アイリスは、全然面白くない。あたしはマギオンで、発育は悪いけど超美少女で、こんな目に合ってるのだってこいつが喧嘩を吹っ掛けてきたせいなんだから、もっと大事にされるべきなのに! 

 普通の男子はあたしが命令すれば喜んで靴の裏だって舐めるはずなのに! あたしよりも、アンダーで、ヴァンパイアで、ボインボインのおっぱい女を庇うなんて、あり得ないわよ! 屈辱よ! 侮辱で、不敬だわ! と、自覚はないが、嫉妬の炎を燃やしている。


 それを見て、野次馬の生徒はゲラゲラ笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る