第19話 恋するわけがない
「うわぁあああああん! おしまいだわ! あたしはもうおしまいなんだわ!」
子供みたいんなアイリスは、子供みたいにギャン泣きしていた。
模擬戦が終わった後だった。
リーゼと合流したフィストは、約束通りアイリスと友達になろうと、模擬戦場内にあるアイリスがいる控室を訪ねていた。
扉には鍵がかかっていて、いくら呼んでも泣く声が聞こえてくるだけで答えてくれない。
リーゼは帰ろうと言ったのだが、フィストはアイリスと話したかったので、ドアを破って無理やり入った。楽しい戦闘の後で、気が高ぶっていたのである。
そしたら、だぶだぶのジャージに着替えたアイリスが、ベンチに座って泣いているというわけだった。
「一回負けたくらいで大袈裟な奴だな。勝負なんて時の運だし、お前マジで強かったから、次やったらわかんねぇって! それより、約束通り友達になろうぜ!」
ニコニコしながらフィストが言うと、アイリスは泣きながらギロリとこちらを睨んできた。
「うっさいバカァ! あたしは全然本気じゃなかったんだから! 死んじゃったら可哀想だと思ってめちゃくちゃ手加減してやったんだから! 本気でやったらあんたなんか一秒で死んでるんだから! 調子乗らないで! 勘違いしないで! あたしは全然負けてないんだから! バカバカバカァ! うわぁあああああああん!」
駄々っ子みたいに暴れながら、めちゃくちゃに叫んでくる。
それはフィストも分かっていた。アイリスは、全然本気じゃなかった。フィストは火や風を操ったりは出来ないが、あの手の魔術の加減が難しい事はなんとなく理解出来た。相手が防げなかったら簡単に殺してしまう。そうならないように、アイリスは凄く気をつけて戦っていた。だからといってアイリスが本気でも、フィストは負ける気はしなかったが。
「分かってるって。喧嘩ごっこだったら、加減しやすい分俺の方が有利だし。本気のアイリスがもっとすげぇってのは戦ってたら分かったぜ。けど、勝負は勝負だ。今回は俺の勝ち。楽しかったし、またやろうぜ! 俺は全然平気だから、次はもっと本気出して来いよな!」
アイリスと友達になったらいつでも戦えて退屈しないな。呑気なフィストはそんな事を考えていた。
「うっさいバカァ! 次なんかないのよ! あたしはマギオンなの! 完璧じゃないといけないの! あんたみたいなアンダーの山猿に負けるなんて一度だって許されないの! おしまいなのよ! なにもかも! 明日からどんな顔して人前に出ろって言うのよ! ママにだって怒られるわ! みんな失望して、あたしなんか捨てられちゃうのよ! 今まで必死に頑張って来たのに、全部全部おしまいよ! なにもかもあんたのせいなんだから! バカバカバカ! うわぁああああああん!」
ばたばたばたばた、アイリスが暴れる。
「なんだこいつ? 変な奴だな」
なぁ、と同意を求めるようにリーゼに言う。
気の毒そうにアイリスを見ていたリーゼは、そっとフィストに耳打ちをした。
「ウィングスの人達は、物凄く競争心が強いんです。特にアイリスさんは凄い人で、家柄も立派なので、アンダーに負けるのは、物凄く恥ずかしくて不名誉な事なんです。そんな事になったら、私達みたいに馬鹿にされるかもしれないので、アイリスさんは困ってるんだと思います」
ウィングスだけでなく、上流社会での扱いにも影響が出るのだが、その辺の事情はフィストには難しいので、リーゼはざっくりと説明した。
それでもフィストには理解出来なかったが。
「なんだそりゃ? 意味分かんねぇ。たまたま一回俺に負けたからって、アイリスが弱いって事にはならねぇだろ。見てた奴らなんか、みんなアイリスより弱いのに、なんでアイリスを馬鹿にすんだよ」
「う~ん。説明するのは難しんですけど。フィストさんだって、物凄く強いのにウィングスの人達に馬鹿にされてますよね? それと同じような物なんですよ。自分より強いとか、なにが出来るかとかはあんまり関係なくて。失敗しない事が大事なんです」
「アホくさ! 負けたのなんか失敗じゃねぇだろ! 師匠だって言ってたぜ! 負けて悔しいから強くなるんだって。負けるのが怖くて戦わない奴は、臆病者で卑怯者だって! だから、正々堂々戦った相手を馬鹿にすんのはよくねぇし、そんな事をする奴は、アイリスに勝った俺を馬鹿にしてんのと同じだぜ!」
折角楽しい気分だったのに、フィストは腹が立ってきた。
「おいアイリス! そんな馬鹿な奴らの言う事なんか気にすんなよ! お前はつぇえ! それは俺が保証する! 馬鹿な事言う奴らは全部俺がぶっ飛ばしてやるよ! だから泣くなよ! そんな事で泣かれたら、俺悲しいよ!」
なんだか、フィストも頭がぐるぐるしてきた。リーゼの話では、アイリスが泣いているのはフィストに負けたせいという事になる。悪いのは、馬鹿なウィングスの方なのに。なんだかこっちが悪いような気がしてしまう。
ガクガクと肩を揺さぶられ、アイリスはすっかり困惑している様子だった。
「ちょ、やめ、気安く触らないで!?」
乱暴にフィストの手を払うと、真っ赤になって身を守るように自分の肩を抱く。
「な、なんなのよあんた!? 意味わかんない! あたし達、敵同士なのよ!?」
「敵? なんでだよ?」
意味が分からず、フィストは聞いた。
「だ、だってそうじゃない! あたしはウィングスで、あんたはアンダーでしょ! さっきだって決闘したし、あたしは散々、あんたの事馬鹿にしてたじゃない!」
「そんなの俺は知らねぇよ! 俺はお前と戦って楽しかった! だったらもう、友達だろ!」
「はぁ!? なによそれ! なんなのよそれ! 意味わかんない! 全然あんた、意味わかんない! 馬鹿じゃないの! 馬鹿なんでしょ! 山猿だから! バカバカバカ!」
アイリスはますます赤くなった。苦しそうに胸を抑え、泣きそうな顔で言ってくる。
「俺は馬鹿だよ! 山猿だからな。世の中の事なんか何も知らねぇ! けど、俺からしたらお前らの方が馬鹿だよ! そんなくだらねぇ事気にして意地悪するなんて全然楽しくねぇ! 楽しい方が楽しいだろ! ウィングスなんか気にしないで俺達と友達になれよ! その方がぜってぇ楽しいって!」
「意味わかんない……意味わかんない! なんで、あたし、あんたなんかに……意味わかんない!?」
はふはふと熱っぽく息を荒げながら、アイリスが叫んだ。
フィストの言葉を聞いていると、胸がドキドキして、苦しくなって、顔がカーッと熱くなって、頭がぼんやりするのである。意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない! これじゃあまるで恋じゃない! 白馬の王子様ならともかく、このあたしがこんな山猿に!? あり得ない、あり得ない、あり得ないったらあり得ない!?
「いや、意味分かんねぇのは俺の方だし。てか、俺が勝ったんだから約束守れよ。勝ったら友達になってくれんだろ?」
「そんな約束してないわよ!」
「でも俺聞いたぞ。お前と戦って勝てば、課外実習一緒にやってくれるって」
「それは……言ったけど、友達とは違うでしょ!?」
「じゃあそれでもいいよ。一緒にその課外実習ってのやれば、俺とリーゼみたいに仲良くなるだろうし。なぁ?」
「ぇあ!? ぁ、あははは、そ、そうですね。えへへへ」
聞き役に回って油断していたのか、話を振るとリーゼはビクッとした。そして、思い出したかのようにニヘラと笑って恥ずかしそうにはにかんだ。
そんな二人を、アイリスはどこか羨むように見返していた。
「……そんなの、無理よ」
「なんでだよ。お前も、アンダーとは仲良くなれないって言うのかよ!」
ムッとして、フィストが尋ねる。
「そうじゃなくて! いや、そうなんだけど……」
歯切れわるく、もじもじと言う。
「どっちなんだよ!」
「あんたみたいな山猿にはわかんないでしょうけど! あたしには、立場って奴があんのよ! マギオンなんだから、あんたみたいなわけわかんない山猿とか、ヴァンパイア女なんかとつるむわけにはいかないの。そんなの、周りが許さないわよ……」
しょんぼりと、寂しそうにアイリスは言った。
アイリスだって、最初からこんな性格だったわけではない。昔は無邪気な普通の女の子だったのだ。だが、友達が出来ると、母親や周りの人間に邪魔されるのだ。あんな子はあなたには相応しくないとか言って。それでもう、諦めた。自分には、普通の生活なんか無理なのだと。
そんな事は知らないフィストは、ガシッとアイリスの頭を掴んで顔を近づけた。
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