第18話 裸の鎧

 適当な大きさの欠片を何個か左手に抱え、狙いをつけて右手で投げる。


「ちょ――嘘でしょ!?」


 咄嗟にアイリスは力場の壁を張った。


 フィストの投げた石礫が、魔力を帯びて白く輝く力場の壁に激突し、ズゴンッ! と粉々に砕ける。まるで、大砲並の威力である。


「火の玉は出せねぇが、威力だったら負けてねぇぜ!」


 言いながら、フィストは次々と豪速で石ころを投げつける。ただ投げているだけでなく、練り上げた魔力と共に高速の回転を加えているので、見た目以上の威力がある。


 遠隔操作の適性がないので、フィストの手から離れるとすぐに魔力は霧散してしまうが、一瞬で当たるので問題ない。この技を、師匠は砲岩ほうがんと呼んでいた。


 何発か受け止める内、アイリスの生み出した力場の壁にビシリとヒビが入りだした。


「なんなのよこいつ!? おかしいでしょうが!?」


 たまらなくなってアイリスは叫んだ。練気術しか使えない山猿のくせに、なんて強さだ。今まで、色んな相手と戦ってきたアイリスである。魔術戦闘の経験も豊富で、並の勇者よりも強い自信はある。だがこいつは、今まで戦ったどんな相手とも違っていた。めちゃくちゃなのだ。わけがわからない。


 防ぎきれないと見て、アイリスは重力制御の飛行で避けた。同時に壁も展開しておく。


 流石のフィストも動き回る小さな的に当てるのは難しく、砲岩攻撃をやめる。


 空からアイリスが爆発する火の玉をばら撒いてくる。


 フィストは避けたり、魔力の鎧を集中させて防ぎつつ、タイミングを見計らって近くに落下した爆発弾の上に飛び乗った。


 足元に魔力を集中させ、爆発の衝撃を利用して高く跳ぶ。


 上空のアイリスからは、爆発の煙が邪魔になって見えていなかった。


 それはフィストも同じだが、こちらは目で見なくとも、相手の気配を感じる事が出来る。それはちょっとした物音だったり、相手の放つ魔力だったり、魔力に宿る感情だったりである。それらの諸々から相手の位置を直観的に知覚し、狙いを定める。


 アイリスが避けられたのは、半分は優れた反射神経、もう半分は、それを生かせる天才的な魔術の制御力のお陰だった。


 半ば自爆するように自分の目の前で爆発を起こし、飛んできたフィストの蹴りを避ける。


 今度こそ勝ったとアイリスは思った。自力で飛べないフィストは、一度飛び上がったら後は落ちるだけである。

 狙いをつけて、強力な一撃をお見舞いする。


死せる太陽ダイイングサン!」


 呪文自体に意味はない。魔力に形を与える際、唱えた方がイメージを固定しやすいというだけのものである。だから、基本的にはアイリスは唱える事はない。そんな事をしなくても、大抵の術は完璧な精度で術化出来るからである。逆に言えば、アイリスが呪文を唱える時は、それ相応の大魔術という事になる。


 放ったのは、文字通りの必殺技だった。マギオン家に伝わる秘術の一つで、一見すればただの小さな火球である。だが、着弾すれば、対象の魔力と連鎖反応を起こして爆発する。相手の魔力を利用するので、防御魔術を無効化しつつ、その強度に比例して威力も上がる。実質的な、防げない魔術なのだった。


 加減はしたが、これだけの魔術である。ネイキッドアーマーを着ていると言っても、無事では済まないだろう。が、それは大人しく負けを認めないフィストが悪いのだ。アイリスは散々、加減をしてやった。この山猿を負かすには、くれくらいの術を使わないと無理だろう。


 アカデミーには勇者科の他に、医術科もある。だから、経験豊富な腕の立つ医術士が沢山いる。死ななければ、余程の重症でもどうにかするだろう。暫くは入院生活になるだろうが、このあたしに喧嘩をふっかけた報いだ。


 そんな風に思っていたアイリスの目の前で、フィストの姿が消えた。

 実際は、見失っただけだったが。


 戦闘経験はアイリス以上に豊富なフィストである。というか、魔境に住んでいたので、毎日が戦闘である。飛べもしないのにアイリス相手に大跳躍をして隙を晒すわけがない。


 フィストはちゃんと飛べるのだった。まぁ、これを飛んでいるといっていいのかは怪しいが。足の裏で魔力を爆発させ、その反動を足場のように蹴って飛んでいる。


 特に捻りもなく、空歩くうほと師匠は呼んでいたが。

 それで空を蹴って、フィストはアイリスの真上に移動していた。

 高く拳を振り上げて。


 ハッとしてアイリスが気付くが、もう遅い。


「楽しかったぜ、アイリス!」


 ニカッと笑うと、フィストの拳がアイリスの胸に突き刺さった。致命的な一撃に、彼女の纏うネイキッドアーマーが起動する。


 制服の各所に編み込まれた魔術布が魔晶石と連動し、即座に強力な防御力場を発生させる。そのまま、アイリスは卵のような力場に包まれて落下し、硬い石の床に激突した。衝撃は全て防御力場が吸収したが、過負荷によってネイキッドアーマーが弾け飛んだ。


 当然、アイリスは生まれたままの姿を晒す事になる。

 文字通りの、裸の鎧ネイキッドアーマーというわけなのである。


「あぁ? なんでお前裸になってんだ?」


 そんな仕組みだとは知らないので、横に着地したフィストが呑気に問いかける。魔境育ちの山猿なので、女の裸なんか見てもなんとも思わない。というか、男と女の違いもあまりよくわかってないのだが。


 アイリスは、山猿に負けたショックと大勢の前で全裸になっている恥ずかしさで、完全に頭がショートしていた。


「ぁ、ぁぅ、ぅぁ、いやああああああああ!? 隠して! なんでもいいから! あたしの裸、隠しなさいよぉ!?」


 泣きながら縮こまって言ってくる。あんまり必死なので、フィストは言われた通りに脱いだ上着を貸してやった。


「俺の勝ちって事でいいか?」


 聞いても、アイリスは泣いてばかりで答えてくれなかったが。

 直後に進行役がフィストの勝利を宣言し、ホッと胸を撫でおろす。


「うああああああ! よがっだですぅうう! ふぃずどざぁああああん!」


 振り向けば、リーゼも旗を振って大泣きしていた。

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