第17話 風使いなら誰もが考える事

「ま、まぁ。拳聖の弟子だしね。これくらいは出来るわよね、うん。今のは、ただの小手調べよ!」


 ビシッ! っとポーズを取ってアイリスは誤魔化した。本当は今ので倒せると思っていた。たらりと汗が流れる。

 なによこいつ、結構やるじゃない。と、評価を改める。


 が、別に焦ったわけではなかった。あんなのは全然本気じゃない。10パーセントも出してはいないのだ。


「じゃなきゃ、こっちも面白くねぇや。今度は俺の番だぜ」


 キンッ! っと、音が聞こえそうな程、力強い魔力がフィストの身体に宿る。


「勘違いしないで。あんたの番なんか永久に来ないんだから!」


 アイリスが右手をかざすが、何か起きたようには見えなかった。少なくとも、観客の目には。


「――!? ――! ―――――!?」


 フィストは何か言おうとして、何も言えず、パクパクと空を噛んだ。声が出ない。というか、息が出来ない。


「あんたの口の周りの空気をどかしたのよ。さっきより範囲を絞ったから――」


 先ほどと同じように、フィストは超密度の魔力を放った。だが、今度の術は掻き消せない。


「――そう簡単には、消せないわよ」


 意地悪な笑みを浮かべて、アイリスが言う。


「後は時間の問題ね。窒息するまで、何秒かかるかしら。いーち、にー、さーん――」


 見せつけるように指を折ってアイリスが数えだす。

 フィストは諦めて、アイリスに向かって駆けだした。

 息が尽きる前に殴り倒す作戦である。


 魔力を身体に宿せば、その分だけ身体能力も強化される。超密度の魔力なら、超強化だ。一歩踏み出すだけで、放たれた矢のように加速する。衝撃で、硬い石の床が砕けた。


 と、不意にフィストは足元で蠢く魔力を知覚した。身を躱すと同時に、床の石材が無数の槍になって伸びだす。


「七光は伊達じゃないのよ。あたしは火も水も土も風も自由に操れるんだから。同時に何種類も術を使う事だってわけないのよ」


 自慢するようにアイリスがツインテールをかき上げる。実際凄いので、客席がワッと湧いた。そうしている間にも、逃げるフィストを追いかけるように、次々と足元から石の槍が伸びて来る


 たまらずフィストは距離を取った。


「流石山猿ね。すばしっこさだけは褒めてあげるわ。でも、そんなに激しく動いちゃって大丈夫かしら? 相当苦しいんじゃない? 目の前に空気があるのに吸えないのは辛いわよね? あははははは」


 アイリスの言う通りだった。激しく動いたので、結構きつい。肺活量には自信があるが、咄嗟の事で息も貯めれず、限界は近かった。


 フィストは焦っていなかったが。やばい時こそ冷静になるように、師匠に鍛えられている。特に打つ手もないが、落ち着いて考えた。

 それで、ふと思いつく。


 右手に魔力を集めて、見えないマスクでも取るように、アイリスの固定した真空を掴んで引き剥がした。


「ぶはぁ!? 最初からこうすりゃよかったぜ!」


 真空その物は掴めないが、それを制御する魔力なら、同じ魔力で干渉できる。だから、魔力を帯びた手で魔術を弾いたり投げたり出来るのだ。

 こんな攻撃を受けたのは初めてなので、判断が遅れたが。


「チッ、気付いたか」


 アイリスもそれは分かっていたのだろう。忌々しそうに舌打ちを鳴らす。


「すげぇなアイリス! こんな攻撃食らったの、初めてだぜ!」


 フィストは素直に感心した。魔境の魔物は、こんな手の込んだ攻撃はしてこない。師匠も基本は体術なので、魔術士と戦う経験はあまりなかった。だから、新鮮で楽しい。


「普通に倒したんじゃつまんないから遊んであげたけど、そろそろ飽きたわね」


 アイリスが喋っている間に、フィストが駆けだした。強化した脚力に加えて、足の裏で魔力を爆発させて加速する。


 フィストが師匠に叩きこまれたのは、ただの練気術ではない。高度な魔力操作と体術を組み合わせた、魔拳術である。


 ウルフの話では、チョー無敵流魔拳術というらしいが。そんなダサい流派は名乗りたくないので聞かなかったことにしておく。


 ともあれ、フィストは一歩でアイリスとの距離を半分まで縮めた。だから、あと一歩で届く計算になる。


 時間としては、瞬き程度の間である。それでもアイリスは咄嗟に反応し、床の石材を変形させ、分厚い壁を何枚も作った。

 フィストはそれらを、薄紙みたいに突き破って距離を詰める。


「貰ったぁ!」


 と、思ったのだが。


 あと少しという所で、見えない糸に引っ張られるように、アイリスの身体が空を飛んだ。

 重力操作による飛行術である。

 内心で冷や汗をかきながら、アイリスは余裕ぶって見せる。


「残念! あんたの手の内なんか全部お見通しよ! 確かにあんた、まぁまぁやるわね。早いし、硬いし、力も強い。でも、それだけよ。殴る事しか能がないんだから、近づかせなきゃ、文字通り手も足も出ないってわけ。練気術なんか極めたって、なんの役にも立たないのよ!」


「そいつはどうかな」


 ニヤリと笑って、フィストは足元の床を殴って砕いた。

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