第14話 望む所だ

「おーい! アイリス! アイリスなんたら! いるんだろ! 出て来いよ~!」


 ざわざわと、大勢の野次馬に囲まれても、フィストは構わず叫んでいた。

 彼女を倒して友達になれば全部解決。頭にはそれしかない。

 リーゼもきっと喜ぶぞ! っと、呑気なものである。


 ガラララっと、四階の窓が不意に開いた。

 師匠みたいなちびっ子が、ひょっこりと顔を出す。


「なんなのよあんた!」


 生意気そうな雰囲気に、フィストは察した。こいつがアイリスに違いない。


「俺はフィストだ! お前と勝負しに来た!」


 それを聞いて、アイリスもピンときた。こいつは噂の山猿だ。


「なんであたしがあんたと勝負しないといけないのよ!」

「課外実習やんのに一人足りねぇんだ! 他の奴に聞いたぞ! お前に勝てば、友達になってくれんだろ!」

「はぁぁああ!?」


 馬鹿かこいつは、というような顔でアイリスが叫ぶ。同時に察した。大方、自分の事を良く思っていないウィングスの誰かが、この馬鹿を唆したんだろう。


「なぁいいだろ! 友達になろうぜ!」


 フィストはフィストで、こんな事を思っていた。リーゼは友達があまりいないと言っていた。同じ女の友達が出来たら、きっと喜ぶに違いない。こいつを絶対友達にしよう、と。


 アイリスが、すぅ~~~っと大きく息を吸い込む。


「バッッッッッカじゃないの! あんたがあたしに勝てるわけないでしょうが!」


 拳聖の弟子で、素手で魔術を弾けるとか聞いてる。魔術の適性は全くないが、魔力操作の基本である、練気術だけは凄いらしい。アイリスからすれば、だからどうしたという感じである。その程度だったら、自分だって出来る。その辺の雑魚の魔術を弾いたくらいで、調子に乗るんじゃないわよ! と。


「やってみなけりゃわからねぇだろ!」


 フィストが答えた。こちらは、勝つ気満々である。

 アイリスはムカムカしてきた。


 誰だから知らないが、こんな馬鹿が自分に勝てるかもしれないと思っている奴がいる。マギオン家の未来の当主で、虹の紡ぎ手の娘である、この七光のアイリス様に!


 侮辱である。屈辱だ。不敬で、万死に値する。


 人が大人しくしていれば調子に乗って! 大した実力もなく、家柄だけでデカい顔をしているウィングスのクズ魔術士め!

 よろしい。そんなにあたしの恐ろしさを知りたいのなら、教えてあげようじゃない。


 この山猿と、呑気に野次馬なんかしちゃってるゴミ共に!


「なら、こいつを弾いてみなさいよ!」


 ムフー! っと鼻息を荒げて、アイリスは魔力を練った。

 練り上げた魔力を収束させ、形を与える。


 それを見て、野次馬達が青ざめた。

 魔術士の素養があれば、感覚的に魔力を知覚できる。

 自分達が巻き添えになるような、凄い術が飛んでくると気づいたのだ。


 アイリスにとっては、なんて事のない術だったが。


 これくらいでビビってんじゃないわよ。あんたらだって戦闘術士の端くれでしょ? 魔術で防いでみなさいよ!

 と、イライラしながら思う。


 まぁ、その辺の雑魚魔術士には無理だろうが。みんな、ネイキッドアーマーを着ているので、怪我はしないだろう。

 そう思って、掌の上に浮かぶ拳大の火球をフィストに向かって射出した。


 爆発を魔力で閉じ込めた爆発弾である。衝撃を受ければ炸裂し、山猿と周囲の野次馬を吹き飛ばす程度の威力がある。だから、弾くなんて無理なのだ。どのみち、これだけの威力の魔術を素手で弾くなんて、アイリスにだって出来ないのだが。


 ふんだ! 山猿の分際であたしに勝負なんか挑んだあんたが悪いんだからね!

 と、悪びれもせずに結果を見守る。


 どうなるかは分かりきっているが、この馬鹿な山猿が本物の魔術士を前にして自信を失う所を見るのは、そこそこ楽しそうではあった。


 対するフィストは、気楽な様子だ。


「よし来た!」


 パン! と左手に拳を打ち付け、軽く腰を落としてボールでも捕まえるように両腕を広げる。


 アイリスは呆れた。拳聖の弟子とか言うから、少しは出来る奴だと思っていた。魔術士なら、相手の術を見れば大体の力量は理解出来る。それが分からないくらい、この山猿は馬鹿で無能だという事なのだろう。期待などしていなかったが、こんな馬鹿を試す事自体、マギオンの恥である。あーアホらし。


 ガッカリするアイリスを他所に、フィストは両手に魔力を集めた。飛んでくる火の玉が、衝撃で割れる魔力の玉に入った爆弾みたいな術だと見極めると、両手の魔力をふわふわの分厚い手袋みたいに調整する。


 そして、魔力の手袋をまとった両手で触れるでもなく優しく包み込み、飛んできた勢いに逆らわず、放り投げるようにして斜め上に受け流す。


 爆発弾は明後日の方向に飛んでいき、上空で花火のように弾けた。


 ツバメ返しという技で、本来は相手の飛び道具をそのまま返す事が出来るのだが、衝撃を与えると爆発するので、そこまで急な方向転換は出来なかった。まぁ、弾いたからいいだろう。


「これでいいか?」


 アイリスの顔を見て、フィストは不安になった。爆発弾の弾けた空を見て、ポカーンと大口を開けている。周りの生徒達も、みんなして上を向いて口を開けていた。


 もしかして、まずかっただろうか。


 アイリスは弾けと言っていた。ツバメ返しは、厳密には投げ技だ。弾いてないから、だめかもしれない。どうしよう。


「あー……今のじゃ、ダメか?」


 ドキドキしながらフィストは聞いた。

 それで魔法が解けたみたいに、わっ! っと歓声が沸いた。


「すげぇ! 見たかよ今の!」

「山猿が、アイリスの魔術を素手で弾いたぞ!?」

「それも、超楽勝って感じで!」

「こんな奴、見た事ねぇよ!」

「拳聖の弟子は伊達じゃないな!」

「てか、アイリスって以外に大した事なくない?」


 わいわいがやがや、大騒ぎである。


 師匠くらいしか魔術士を知らないフィストとしては、これくらいは当たり前という感じなのだが。


 面白くないのはアイリスである。


 自信をへし折り、恥をかかせてやるつもりが、逆に恥をかかされた。


 許せない。許せない許せない許せないゼッッッッッッタイに許さないんだから!

 ポッポー! っと、頭から湯気を立ち昇らせ、真っ赤な顔でギリギリと歯軋りをしながら悔しがる。


 こんな辱めを受けたのは、生まれて初めてである。


 アイリスはバッ! っと四階の窓から身を躍らせた。難しい重力制御の術を難なく使い、ふわりと音もなく着地する。


 彼女の発する殺気立った魔力に気圧されて、野次馬達がバッ! っと割れて道を空けた。


 そうしなければ、アイリスが魔術で吹き飛ばしていたところである。


 そうしてやってもよかったんだけど! フンッ! っと、アイリスは鼻を鳴らし、ツインテールをふぁさっとかき上げた。


 そして、ちょこちょことフィストの前に歩いていく。

 ビシリと指を突き付けて、アイリスは言った。


「あの程度の術を弾いたくらいで調子に――」

「お前ちっちぇえな!? 何歳だよ!? それとも、師匠みたいに魔術で歳誤魔化してんのか!?」


 遮って、フィストが叫んだ。小さいとは聞いていたが、こうして見ると、本当に小さい。師匠よりも小さい。乏しい知識で考えても、十歳とか、それくらいに見える。


 張り詰めいてた空気がぶち壊れて、野次馬達がゲラゲラと笑い出した。


 あり得ない大恥をかかされて、アイリスは真っ赤になって震えていた。目には、涙まで浮かべている。発育の悪さは、完璧なアイリスの唯一の欠点だった。少なくとも、本人はそう思っている。つまり、禁句なのだった。


「……ロス」

「ん?」


 よく聞こえず、フィストが聞き返す。


「コロスって言ったのよ! この山猿ぅううううう!?」


 ブワァッ! と、アイリスの身体から膨大な魔力が迸り、野次馬達を吹き飛ばす。

 フィストは纏った魔力で対抗し、平然と立っていたが。

 そんなフィストに、アイリスはビシリと指を突きつけた。


「決闘よ! あたしに喧嘩売った事後悔させてやる! メッタメタのギッタギタのボッキボキのグッチャグチャにして! 泣いて謝ったって許してあげないんだから!」


 歯を剥きだして言ってくるアイリスに、フィストはニカッと笑い返した。


「おう! 望む所だ!」

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