第12話 陰謀

「多分、あいつらだよなぁ」


 具体的に誰とは言えないが、リーゼに嫌がらせをしようとしていたので、フィストがぶちのめした連中だろう。食堂で足をかけて転ばせようとしたり、彼女の持ち物を盗んだり隠そうとしたり、わざと飲み物を顔にかけようとしたり。


 気付いた範囲では、フィストは全て未然に防いだ。後で、なんでそんな事すんだと聞いたら、わけのわからない言い訳をしてきて話にならなかったので、拳で注意したのだ。


 正しいと思ってやったのだが、面倒な事になった。

 リーゼが、喧嘩はよくないと言っていたのは、こういう事になるからなのだろう。

 だからといって、あんな意地悪を許す気にはなれないが。


「どーすっかな。全員捕まえてもっかいぶちのめすか?」


 喧嘩で勝てないから、隠れて嫌がらせをしてくるのだろう。分かっていないのなら、分かるまで拳で言い聞かせるしかない。今度はもう少し、厳しめに。


 それをやるのに躊躇はないが、人の顔を覚えるのが苦手なフィストである。しょうもない連中なので、ほとんど憶えていない。試しに思い出そうとしてみるが、やっぱり思い出せなかった。


 まいったな~と思っていると、見知った顔が通りかかった。

 街に着いた日に、リーゼに絡んでいた二人組みである。直接やり合ったので、ぎりぎり憶えていた。天パとそばかすだ。


「ようお前ら! 丁度いい所であったな!」


 声をかけると、二人はギョッとして逃げ出した。

 フィストはあっさり追いついて、二人の首根っこを摑まえる。


「なんだよ! 離せよ!」

「なんで逃げるんだ?」


 暴れる天パに尋ねる。


「お前が追いかけて来るからだろ!」

「やましい事があるから逃げたんじゃないか? なぁ?」


 顔を近づけて、二人組の顔を交互に眺める。


「そ、そんな事は……」


 天パの声は震えていた。二人とも、顔色が青ざめて、額に汗まで浮かべている。


「お前ら、俺がそんな嘘も見抜けねぇ馬鹿だって馬鹿にしてんのか? あぁ?」


 首根っこを捕まえたまま、二人の顔をぐにゅっとくっつける。


「うわぁ!? やめ、やめろ!?」

「ひぃぃぃぃ!」


 ファーストキスだけは死守しようと、二人の少年が必死に唇を逸らせる。

 そのままぐりぐりと二人の頭を擦り付けながら詰問する。


「で、どうするよ。殴られてから答えるか、先に答えて殴られねぇか」

「ち、違う! 俺達じゃない!」

「ミハエル! 余計な事言うな!」


 天パの方がミハエルらしい。


「余計な事かどうかは俺が判断する。なぁミハエル、教えてくれよ」


 それなりに怒っているフィストである。顔や声が怖くなるのは仕方ない。


「お、お前みたいな山猿の脅しになんか屈指いいだだだだだだだだ話す話す話すからやめてくれ!?」


 首根っこを掴む手に少し力を入れると、ミハエルはあっさり屈した。


「ミハエル!? いだだだだだだだだだだわかった黙ってる黙ってるよ!?」


 そばかすも大人しくなる。


「君がヴァンパイアなんか庇うから悪いんだ! 手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けて、ウィングスの怒りを買ったんだよ!」

「ウィングス? なんだそりゃ」

「これだから山猿は。そんな事も知らないだだだだだだだだ!?」

「俺も馬鹿だが、こうなるって分かってて減らず口を叩くお前も相当馬鹿だと思うぞ」


 呆れながらフィストは言う。

 悔しそうではあったが、ミハエルは大人しく解説した。


「……アカデミーじゃ、僕達みたいな立派な家柄の人間をウィングス、お前らみたいな庶民をアンダーって呼ぶんだよ」

「なんでだ?」

「知らないよ。みんなそう呼んでる。勝ち組のウィングス、負け犬のアンダーってさ」

「ふーん。まぁいいわ。で、そのウィングスってのは誰なんだよ。全員ぶっ飛ばしてやる」


 ミハエルが鼻で笑った。馬鹿にされた気がしたので、じわじわと手に力をこめる。


「ま、待てって! 誰とか、そういう話じゃないんだよ! ウィングス全体の総意なんだ! アンダーの癖に、君は目立ちすぎてる! 分かるだろ!?」

「ウィングスってのを全員ぶっ飛ばせばいいってのは分かるが、誰がそのウィングスなのかわからねぇんだ」


「ダメだコイツ! 本当になにもわかってない!?」

「仕方ねぇだろ。馬鹿なんだから。頭いいなら馬鹿にも分かるように話してみろよ。じゃないと、痛くするぞ」

「誰がウィングスとか、はっきり決まってるわけじゃないんだ。雰囲気というか、勿論、はっきりしてる人もいるけど」


 ミハエルを庇ってか、そばかすが補足する。いわゆるスクールカーストという奴なのだが、学校など通った事のないフィストに理解出来るはずもない。


「わけわかんねぇな。つまり俺は、どーすりゃいんだよ」

「そんな事、僕達だって知らないよ!? もういいだろ! いい加減はなしてくれよ!」


「そんな事言わないで助けてくれよ。マジで困ってるんだって。な、ミハエル。俺達、知り合いだろ?」

「なんでただの知り合いを助けなきゃいけないんだ!?」

「……僕にいい考えがある」


 言ったのはそばかすだった。


「マジか、そばかす!」

「……マーロンだ。変なあだ名をつけないでくれ」

「マーロンな。マーロン、マーロン、マーロン。おう、多分覚えた!」

「マーロン!? どういうつもりだ!?」

「いいから。僕に考えがある」


 ひそひそ声で二人が話す。全部聞こえていたが。

 どんな考えか、早く聞きたいフィストである。


「アイリス=ミスティス=マギオンという名の生徒は……流石に知ってるだろ?」

「いいや?」


 答えると、二人は頬を引きつらせた。

 フィスト以外は、誰もが知っている名なのである。


「ま、まぁ、いいさ。マギオン家は、超一流の魔術士の名家なんだ。アイリスは次期当主の娘で……とにかく、物凄い子なんだ。魔術素養も適正も超一級で、幅広い属性をかなりの高レベルで扱う事が出来る。大魔術士、虹の紡ぎ手と呼ばれたアルバート=ミスティス=マギオンの才能を受け継いだ子として、七光セブンスライトなんて呼ばれてる。そんな子だから、かなりプライドが高くてさ。自分より弱い相手とは組まないとか言って、課外実習の相手探しに困ってるんだ。だから、彼女と戦って勝てば仲間になってくれると思うし、それこそ彼女はウィングスの中のウィングスって存在だから、彼女を仲間に出来れば、他のウィングスも君達の事を認めざるを得なくなると思う」


「つまり、全部解決って事か!?」

「そういう事だね」


 ぎこちなく、マーロンが笑いかけた。

 フィストは首根っこを掴んでいた手をはなすと、マーロンを抱きしめた。


「サンキューマーロン! 嫌な奴かと思ったら、お前、いー奴だな! 礼を言うぜ!」

「ぐぁああああ!? 礼はいいから、は、離してくれ! つ、潰れる!?」

「わりぃわりぃ。つい力が入っちまった」


 慌てて手をはなす。


「アイリスは、背が小さくて金髪の、物凄く生意気な女の子だ。多分、見たらわかると思う。君みたいに、習う事がないとか言って授業には出てないから、この時間は図書館にでもいるんじゃないかな」

「おぉ! マーロン! なにからなにまであんがとな! この礼はその内するぜ!」


 マーロンの華奢な手をゴリゴリ握って、ブンブン振り回す。


「だだだだだだ!? だから痛いって!?」

「わりぃ。興奮すると加減がな。そんじゃ、早速行ってくるわ! あんがとな!」


 手を振って、猛スピードで走り出す。

 フィストが十分遠くに行ったのを確認すると、マーロンはホッと息をついた。


「馬鹿力の山猿め。あいつ、本当に馬鹿だな」


 マーロンが鼻で笑うと、隣のミハエルが腹を抱えた。


「はははは、山猿に、七光ななひかりのアイリスをぶつけるとか! 考えたな、マーロン!」


 肩を叩くミハエルに、マーロンはとんとんと自分のこめかみを叩いて見せた。


「頭の使いようさ。毒を以て毒を制すって言うだろ? あの山猿がいくら拳聖の弟子だからって、流石にアイリスには勝てるはずない。万が一勝ったとしても、あの高飛車女が無様に負けるなら、それはそれで見ものだしな。上手くいけば、両方潰れてくれるかもしれない」


「だな! 山猿も七光りも、どっちも単細胞の乱暴者だから、きっと決闘になる。こいつは見ものだぞ!」

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