第11話 嫌がらせ
「よう! お前、俺と友達になろうぜ!」
「やだよ」
「へい! そこの彼女! 俺と一緒に青春の汗を流そうぜ!」
「話しかけないで下さい」
「オッス! 俺フィスト! 俺と――」
「バーカ」
馬鹿にされて、ビキリ! とフィストのこめかみに青筋が浮かんだ。
思わず手が出そうになるが、深呼吸をして、通り過ぎる同級生の背を見送る。
リーゼから、喧嘩はダメだと散々言われている。なにが駄目なのかわからないが、彼女に迷惑はかけたくない。
あれから、数日が経っていた。
場所は、人通りの多い校舎前の広場である。
先日リーゼと話し合った通り、フィストの時間割は大幅に変更されていた。
魔術の実技はバッサリ切って、座学中心。
わからない所は、リーゼが解説しつつ、それを理解する為に必要な前提知識の載っている初歩的な教材に印をつけて、リーゼが実技の授業を受けている間に、フィストが自習をし、後日時間がある時にリーゼが個人授業をしてくれる、という流れである。
始めたばかりなので上手くいっているのかは分からないが、初歩的な教材なら、フィストにも多少は理解出来た。それでも分からない事は多いので、後でリーゼに質問する内容をノートにまとめたりしている。
彼女の教え方は的確で、自分でも気づいていなかった疑問や、物事の関係性などを補足してくれる。なにより、他の先生と違って、沢山褒めてくれる。なので、楽しくはあった。
なんなら、勉強って結構楽しいかも、とすら思いつつある。
特に、勇者同盟の指定する危険団体とか、封印指定と呼ばれる危険な品々や、広域手配されている犯罪者、地図帳なんかがお気に入りだった。
今は、自習を終えて、課外実習を行う為の三人目の友達作りを頑張っている所である。
実は、それをやる為に頑張って早く自習を終わらせていた。
吸魔症がどうたらという話のせいなのだろう。リーゼは、知らない人と話すのが大の苦手らしかった。知っている人でも、得意ではないらしい。自分と話している時はお喋りに感じるくらいなので、不思議だなとフィストは思う。
フィストが勉強が苦手なように、リーゼにだって苦手な事はあるだろう。フィストからすれば、なんでも出来るリーゼである。それくらいは、些細な苦手だ。
とはいえだ。リーゼだって、本当は自分の勉強に集中したいはずである。そうでなくても、暇な時は遊んだり、好きな事をしたいに決まっている。それを我慢して、自分の為に教材を作ったり個人授業をしてくれている。
だからフィストも、彼女の為になにかしたいと思っていた。出来る事はあまりないが、友達を作るくらいの事は出来るだろうと思った。リーゼはそういうの苦手なようだし、彼女が授業に出ている間に三人目の友達を連れて来て、びっくりさせてやろう!
そう思って、自習を早く片付け、同級生に声をかけまくっている。
アカデミーの生徒は皆、真っ黒な制服を着ていて、一見するとみんな同じに見える。フィストも着ていて、こんなにちゃんとした服を着るのは初めてだったので、なんとなく窮屈な感じがする。が、それは気持ちの問題で、着てみると動きにくいという事はない。
リーゼの話では、アカデミーの制服はネイキッドアーマーと呼ばれていて、戦闘服の機能を兼ねているらしい。よくわからないが、高級品で、物凄く高いのだと言っていた。
ふ~ん、という感じだが。大事なのは、左胸にバッジがついているという事だ。このバッジが身分証の代わりになって、勇者資格の仮免にもなっているという。そして、バッジの下についているふさふさの毛の色で、学年が分かるらしい。
フィストは一年生なので、赤だった。他の色は上級生なので、敬語を使わないといけないとリーゼに言われている。なんで上級生というだけで言葉遣いを変えないといけないのか不思議だったが、そうしないと怒る人がいるのだそうだ。まぁ、そういう事なら仕方ない。怒られるのは誰だって嫌である。
新入生は当分の間新入生同士じゃないと課外実習に出れないという事だったので、赤いふさふさをつけている生徒に声をかけている。
友達作りが簡単でない事は、駅前で友達を探した時に気付いていたが、思っていた以上に難しいようだった。そりゃ、リーゼも苦手になるな、と納得する。
五十人くらいに声をかけたが、素っ気ないか、無視されるか、馬鹿にされるかだった。
理由は色々思いつく。馬鹿にされるのは実際馬鹿だからだろう。リーゼが吸魔症だからというのも、無関係ではないと思う。そんな理由で断るような奴は、こっちだってお断りだが。
あとは、フィストにはよくわからないのだが、この学校には立派な家柄の生徒というものが多く、そういう奴らは、家柄が立派ではない生徒を嫌ったり、見下したりしているらしい。
立派な家柄とはなにかとリーゼに聞いたら、親が立派だとか、家が立派だとか言っていた。デカい家に住んでいる奴は態度もデカくなるのだろうか? 不思議だが、自分の家がアカデミーのように立派だった、ちょっとくらい自慢したくなるかもしれない。
だったら、自分達と同じように家柄が立派じゃない奴を友達にすればいいと思った。それで昨日、さり気なくリーゼに家柄の見分け方を聞いてみた。リーゼの話では、私みたいに俯いてコソコソしてるような人は大体家柄が立派じゃないという話だった。
なんで家柄が立派じゃないと俯いてコソコソするのか、やっぱり不思議だったが、リーゼも質問ばかりでは疲れるだろうから、聞かなかった。
どちらにせよ、フィストの考えは外れていた。コソコソしている奴らは、馬鹿にしてくる事は少ないが、声をかけても素っ気なかったり、無視する奴が多かった。迷惑がって、逃げるように足早に去っていくのである。
鈍感なフィストでも、ちょっと悲しくなった。リーゼが優しい分余計に悲しい。そんなに避ける事ねぇじゃんか、と思う。
その程度の事でめげるフィストではなかったが。
探せば、リーゼやウルフのように良い奴はいるはずである。
なにより、友達探しが大変なら、それこそリーゼではなく、自分がやらなければとフィストは思った。リーゼは泣き虫だから、あんな風に断られたら、自分の千倍傷つくだろう。友達を、そんな目に合わせたくはない。
「声の掛け方がよくねぇのかな?」
顎を撫でつつ、呟いた。
さっき、自分と同じように生徒に声をかけまくって成功していた男子がいたから、彼の声の掛け方を真似てみたのだが。なぜだかその男子は、学年は関係なく、女子にばかり声をかけていた。
なんにせよ、上手くいかなかったが。
考えるのは苦手である。まぁいいやと放り出して、フィストは数撃ちゃ当たるを続ける事にした。
コソコソした感じの男子を見つけて声をかける。迷惑そうな顔を見て、こいつはダメだと直感した。
「……ごめん。悪いけど、君とは友達になれないんだ」
目も見ずに、少年が言ってくる。そんな事を言われるのは初めてではないが。フィストは理由を聞いていなかった事に気付いた。
「なんでだ? なんか理由でもあんのか?」
それが分かれば、友達作りに役立てられる。リーゼも言っていた。わからない時は、その理由を考えて、質問してみようと。
「それは……」
言いかけて、少年は口ごもった。こいつ、なにか知ってるなと直観する。
「なに隠してんだよ。意地悪しないで教えてくれよ、なぁ、なぁ、なぁ?」
フィストとしては、脅すような気持ちは全くない。言葉通りの気持ちだった。が、背が高く、筋肉質で、乱暴者と噂のフィストに、哀れなコソコソ君は完全にビビってしまった。
「ひぃっ! い、言うから、殴らないで!」
涙目になって身を縮めると、内緒話でもするように言ってきた。
「お、怒らないで下さいね。その、君がやっつけた生徒が、名家の人間で、君達が課外実習の為の仲間を探してるって知って、協力した奴はただじゃおかないって脅して回ってるんだ」
「はぁ? なんだそりゃ」
ビキリと、青筋が浮かぶ。思わずフィストは拳を握った。
「ご、ごめんなさい! ぼ、僕のせいじゃないです!」
彼に怒ったわけではないが、怖がらせてしまったらしい。
「わりぃ。お前に怒ったんじゃねぇんだ。教えてくれてサンキューな」
安心させるつもりでニカッと笑うが、少年は余計に怯えただけらしい。
「でだ。その脅して回ってる奴ってのは誰なんだ? ぶっ飛ばすから、教えてくれよ」
少年は真っ青になって激しく首を振った。
「なんでだよ。お前、そいつらの味方すんのか?」
ジロリと睨むと、少年はガタガタと震えだす。
「ご、ごめんなさい! でも、沢山いるし、そんな事したら、僕も嫌がらせをされて、アカデミーにいれなくなっちゃうよ……こんな風に話してるだけでもまずいのに、うぅぅぅ……」
「それは困るな。サンキュー。もう行っていいぜ」
「ご、ごめんね!」
頭を下げると、少年はパタパタと走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。