第10話 パフェとケーキとウルフ=ブラック

「まずは、授業選びからです。前にも言いましたけど、アカデミーでは、生徒が目的に合わせて自分で授業を選ぶんです。そこまではいいですよね?」

「よくねぇな」


 バジルソースのかかったパスタをずるずる啜って、フィストが答える。


「その目的って奴がよくわかんねぇんだよな。俺は別に、師匠に言われたからここに来ただけだし。勇者資格ってのが取れればなんでもいーんだ」


 フィストの言葉に耳を傾け、リーゼは考える。


 孤児院では、助け合いだ。年長者から色々教わる。自分が年長になれば、同じように年少者に教える。相手が怖がりさえしなければ、子供の相手をするのは得意なリーゼである。魔境育ちのフィストは、ある意味子供みたいなものかもしれない。子供とは案外、物事の本質を見ているものである。


「そうですね。じゃあ、勇者資格を取る事を目標と考えてみましょう。勇者というのは同盟公認の戦闘術士ですから、強くないといけないですよね? お仕事も、魔物を退治したり、犯罪者を捕まえたり、危ない事が多いですから。みんな強くなる為に、自分の適正に合った授業を受けて、能力を伸ばしてるわけですし」

「けどさ、俺って結構強いっぽくね?」


 確かに、その通りである。本気を見た事がないので、どのくらい強いのかは分からないが。

 それでも、所詮は学生である。本職の勇者には敵わないだろうとリーゼは思う。


「世の中には、上には上がいるものですよ。それに、もっと強くなれば、それだけ沢山お金が稼げます。美味しい物、食べ放題ですよ」

「今だって食べ放題だぞ?」

「アカデミーは最長でも五年までしか居れませんし、その分の学費を払うくらいなら、普通にお店でご飯を食べた方が安いですよ」

「マジか」


 常識だし、普通に考えれば分かりそうなものだが、普通も常識もすっぽり抜け落ちているフィストなので仕方がない。リーゼとしては、そんな所も可愛く感じる。


「マジです。なので、授業選びの一つの目安としては、戦闘力の強化ですね」

「つってもなぁ。俺、魔術の適正全然ないっぽいし。師匠もそんな事言ってたぜ。一応授業出てみたけど、どの先生も無駄だって言ってし」

「得意分野を伸ばしたらいいんじゃないでしょうか?」


「それは俺も思ったんだけどさ。魔力を纏ったり集めたりするの? 練気術って言うらしいけど、そのセンセー、明らかに俺より弱かったし。教えてもらう事、特にねーなって」

「えぇぇ……」


 アカデミーは、世界最高峰の国際的な戦闘術士育成機関である。当然、教員のレベルも高い。いくらフィストがすごいとは言え、そんな事が有り得るのだろうか?


「フィストの言っている事は本当だ。得意分野に関しては、こいつになにかを教えるような余地はほとんどないだろう」


 突然後ろから声をかけられ、リーゼはギョッとして尻を浮かせた。

 気付かなかったが、いつの間にか後ろの席にウルフが座っていたらしい。


「おうウルフ! なに食ってんだ?」

「パフェとケーキ。あと、ウルフ先生だ」


 振り向いて覗き込むフィストに、ぶっきら棒にウルフが答えた。顔に似合わず甘党らしい。


「そうだった! えーっと、ウルフ先生、そのパフェ、一口下さい!」

「フィストさん、その調子です!」


 小さな成長に、リーゼがはうっ! っと感動する。


「断る。これは俺の為の特製だ」

「ケチ!」


「それよりだ。授業選びで悩んでるんだろ。教師として助言をしてやる。勘違いしている人間が多いが、アカデミーではかなずらしも授業に出る必要はない。必要がないのなら、それこそ出る必要はないという話だ。お前の師匠も、在学中はろくに授業に出ず、喧嘩ばかりしていた。それでも、アカデミーが同盟から委託された仕事をこなして貢献度を貯めれば、勇者資格は取れる。というか、いくら授業に出た所で、課外実習をこなして貢献度を貯めなければ、資格は取れないとも言える。そういう意味では、アカデミーは実利的な場所だ」


 つついているのが、底までたっぷり生クリームの詰まった花瓶のような特大パフェでなければ、もう少しかっこよく見えただろう。


 それでも、リーゼは少なからず衝撃を受けた。

 フィストがウルフ教師の言うような天才であるなら、自分のような凡人のやり方では、かえって可能性を潰すだけかもしれない。


 そう思うと、リーゼは面倒を見てやらなければ! と思い上がっていた自分が恥ずかしくなった。


「そんな顔をするな。こいつの師匠は、喧嘩の強さ以外何一つ取り柄のない女だった。弟子のこいつも似たようなものだろう。誰かが面倒を見てやら必要がある。君にその責任があるとは言わないが、世間知らずの山猿相手に、よく頑張っていると俺は思うが」

「ウルフ先生……」


 好きでやっている事ではあるが、そんな風に認められると、嬉しい気持ちにはなる。


「本当だぜ! 俺が馬鹿なのが悪いんだけどさ、リーゼには面倒かけってばっかりだ」

「そう思うなら守ってやれ。彼女のような人間は敵が多い。言われなくてもやっているよだが」


 リーゼの目を盗んで、フィストが彼女に嫌がらせをしようとする生徒をしばき回っている事を言っているのだろう。

 リーゼにバレると怒られると思い、フィストは慌てて人差し指を立てた。


「シーッ! 余計な事言うなっての!」

「なんですか?」


 そんな事は知らないリーゼが不思議そうに尋ねる。


「なんでもないって。それより、授業の話しようぜ!」

「むぅ……。そうですね。ウルフ先生の言う通り、必要のない授業はバッサリ切っちゃってもいいかもしれません。その分座学を増やして、ちょっと早い気もしますけど、課外実習を始めちゃいましょうか。それで、足りないなと思ったり、興味を持った授業があれば、取り入れていくという感じでどうでしょう」


「勉強増やすのか? 全然わかんねぇし、座ってると眠くなるんだよなぁ……」


 渋い顔でフィストは言った。一応頑張る気はあるのだが、アカデミーはエリートの学校なので、座学のレベルも高い。あらゆる学問に対して基礎レベルの知識すら持っていないフィストには、先生の言っている事が何一つ理解出来ず、わからないので退屈なのだった。


 が、隣に座って一緒に授業を受け、常にどうしたらフィストの力になれるか考えているリーゼである。フィストの悩みは理解出来た。


「わからない所は私が教えてあげます。私は実技の授業に出ないとなので、付きっきりは無理ですけど……そうですね。初歩的な教材を用意するので、それで自習をして貰って、私の時間がある時に、一緒に確認していけばいいんじゃないでしょうか」


 正直、嫌だなぁとフィストは思った。師匠は勉強と言えるような事はほとんど教えてくれなかった。それで、アカデミーに入っていきなり難しい授業を受けて、バカだアホだと周りから呆れられた。自分でも、その通りだと思っている。勉強に対して、完全に苦手意識が根付いてしまっていた。


 が、そういった基本的な知識こそ、自分には必要なのだろうという事もなんとなく理解していた。リーゼと普通に話していても、分からない事が沢山ある。先生が息抜きにする面白そうな話も、基本的な事が分からないので理解出来ない。


 リーゼが隣にいる時は、気を利かせてあれこれと解説してくれる。けれど、一生彼女に通訳して貰うわけにもいかない。リーゼには夢があり、フィストとは違って色んな魔術の適性があって、本当は物凄く忙しいのである。


 自分みたいな馬鹿の為に時間を使わせるのは悪いと思うが、リーゼは良い奴だから、困っている友達を見捨てたりはしない。そんなリーゼの気持ちに応えなければ、こちらも友達とは言えない。


 あと、リーゼは教えるのが上手いから、リーゼが教えてくれるなら、自分でも理解できるのではないかという期待もあった。リーゼと話していると楽しいし。

 そんな諸々の気持ちを総合して、フィストは言った。


「わかった。俺、頑張ってみるわ!」

「はい! フィストさんは物を知らないだけで理解力はあるので、すぐに先生の授業も分かるようになりますよ!」


 にっこりと微笑んでリーゼが言う。理解力があるは言い過ぎだが、大事なのはやる気である。やる気を引き出すには、褒めるのが一番なのである。


「だといいけどな」

「あとは、課外実習ですね。私もまだやった事ないんですけど。手続きについて、調べてみます」


 入学してまだ一週間程だが、新入生の中には、既に課外実習を始めている者もいるようだった。リーゼも興味はあったが、受けたい授業が沢山あり、フィストの面倒も見なければいけないので、完全に後回しにしていた。


「それについてだが。もしかすると、お前たちにはちょっとした問題があるかもしれん」


 ほっぺにクリームをつけて、ウルフが言ってきた。


「問題、ですか?」


 首を傾げるリーゼに、ウルフは恐ろしい事を言ってきた。


「新入生の場合、安全を考慮して、しばらくは三人以上じゃないと課外実習は受けられない決まりだ」

「ふぇっ」


 リーゼは絶句した。グループを作るのは、大の苦手である。

 フィストは気にした様子もなかったが。


「じゃあ、もう一人友達つくんねぇとな!」


 事も無げに言うのだった。

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