第8話 兄さんの子だ
「い、一級勇者ぁ!?」
「拳聖ギャビ―=コルトか! 確かに、あの女ならこの字の汚さも納得できる……その弟子なら、炎の槍を握りつぶすくらいは出来て当然か……」
周りの野次馬も、なんだなんだとざわついている。
「よくわかんねぇけど、師匠ってすげぇのか?」
「すごいのかって、一級勇者ですよ!? 勇者資格の中でも、最上位の等級です! 一級だけは定員が決まっていて、貢献度の高い上位百名しかなれないんです!」
「ギャビ―=コルトはその中でも別格だ。拳聖の二つ名の通り、世界最強の拳法家で、チョー無敵流魔拳術の開祖でもある。タイマンで彼女に勝てる人間は、世界中を探してもそう多くはないだろう」
「マジかよ!?」
それを聞いて、フィストは愕然とした。
「じゃあ俺は、チョー無敵流なんたらの弟子って事になるのか!? そんなだっせぇ名前の弟子、嫌なんだけど!?」
いかにも馬鹿な師匠が考えそうな名前である。どうせなら、神とか鬼とか滅とか、かっこいいのがよかった。
「そこなんですか!?」
「じゃあリーゼは、自分がチョー無敵流なんとかの弟子でもいいのかよ!」
ツッコんでくるリーゼに言い返す。
「そ、それは、ちょっと、嫌ですけど……」
「なぁ!」
「なんにせよだ。これが本当にギャビ―=コルトの推薦状であるのなら、君が入学する希望はあるかもしれん」
「嘘なんかついてねぇよ!」
疑われたと思って、フィストは言う。
「わかっている。君はそんなタイプには見えないし、こんな回りくどい嘘をつく意味もないし、こんな汚い字を書けるのは世界中探してもギャビ―=コルトだけだろう。が、それを理解出来るのは、こうして直に話した俺だけだ。君を入学させるには、その権限がある人間を納得させる必要がある」
よくわからない話である。つまり、どうすればいいのだろうか。
そう思っていると。
「ウルフ教師。これは何の騒ぎですか?」
現れたのは、スーツを着た金髪のひょろ長い男だった。三十代くらいで、頼りなさそうな顔をしている。
「カイル教師。丁度いい。あなたに用があった所です」
「僕に?」
金髪の男の名はカイル、門番はウルフで、どうやら教師だったらしい。
「そこの彼が、非公式の推薦状を持ってきましてね」
「非公式? なら、追い払えばいいでしょう」
とくに興味もなさそうに、そんな事を言ってくる。
「本来ならそうするべきなのでしょうが。推薦状を書いたのは、あのギャビ―=コルトである可能性が高い。手紙には、困ったらあなたに相談するようにとも書いてあります」
「ギャビー=コルト? 脳足りんの喧嘩馬鹿に頼られるような心当たりは……」
どうやら、カイルは師匠の事が嫌いらしかった。名前を聞いて、露骨に顔をしかめている。が、不意に何かに気付いたのか、木の根っこに思いきり小指をぶつけたような顔をして愕然とした。
「ギャビー=コルト……拳聖……そんな、まさか……」
うわ言のように呟いて、カイルがフィストを見つめる。
幽霊でも見つけたような顔で、上から下まで舐めるように確かめた。
「な、なんだよ。きもちわりぃな」
そんな風にジロジロ見られるのは、気分のいい物ではない。
「フィストさん! 先生なので! 言葉遣いとか! もうちょっと、ね?」
慌ててフィストの口を塞ぎ、リーゼが言ってくる。
なにを慌てているのか、フィストにはさっぱりだが。
カイルもなにかに夢中で、気にした様子はない。
「……君は、ギャビー=コルトとはどういった関係なのかな?」
取り繕ったような笑みを浮かべてカイルが聞いてくる。
「育ての親っつーか師匠っつーか。友達に頼まれて赤ん坊の俺を預かって、そのまま最近まで育ててたって感じだな」
フィストの答えに、カイルは満足したらしい。
「……そう、でした。えぇ、そうでした。ギャビ―=コルトには一つ借りがありました。いつか弟子を送るから、よろしく頼むと言われていまして。大昔の事なので、すっかり忘れていました。ははははは」
思い出したらしい。納得すると、カイルはウルフに言った。
「僕の権限で、彼の入学を認めましょう」
「非公式となると、学費の補助は望めませんよ。彼も、お金を持っているようには見えませんが」
「やりようは幾らでもありますからね。それよりも、約束を破った時のギャビ―=コルトの仕返しの方が恐ろしいですよ」
「たしかに。俺としても、彼のような逸材を逃すのは惜しいと思っていた所です。カイル教師が権限を使ってくれるというのなら、願ってもない」
フィストに向き直り、ぶっきら棒にウルフは言った。
「入学おめでとう。次」
「おう! あんがとな!」
「やったああああああああああ!?」
ばいん! と、歓喜の声をあげながら、リーゼはフィストに抱きついた。
柔らかな胸の衝撃に弾かれるようにして前に進む。
「よがっだでずぅうう! ぼんどにぼんどによがっだでずぅううう!」
よっぽど心配していたのだろう。
泣きながら、ぐりぐりと胸を押し付けてくる。
「リーゼもありがとな。お前が助けてくれたから入学できたんだ。でっけぇ借りが出来ちまったぜ」
がしがしと、乱暴にリーゼの頭を撫でる。フィストを褒める時は、師匠はいつもこんな感じだ。
「あ、あへへへ……は、はずかしいですよっ!」
気持ちよさそうにトロンとしつつ、我に返ってリーゼが離れた。
「それに、借りだなんて! 先に助けてくれたのはフィストさんですし……その、わ、私達、と、ととととと、友達じゃないですか!」
その言葉を言うのに、リーゼは勇気が必要だったらしい。真っ赤になって言ってくる。
言われて、フィストもいい気分だった。
友達。チョコのように甘い、いい言葉である。
ニカッと笑い、フィストは拳を突き出した。
「だな!」
リーゼもはにかんで、こつんと拳を重ね合わせた。
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