第6話 入学おめでとう
「この髪や肌、目の色は、吸魔症のせいなんです。あと……その、吸魔症というくらいなので、私には触れた相手から魔力を吸う力があって。一応、制御出来るように訓練はしたのですが、興奮すると、暴走する事があって……」
泣き止むと、リーゼは言った。
フィストの事を信用して、自分の事は全部話すつもりらしい。
それでも少し不安な様子で、ちらちらとフィストの顔色を伺っている。
「俺も同じだ。興奮すると、すぐ手が出る」
ニカッと笑って、フィストは拳を握った。
それを聞いて、リーゼはほぅっと頬を赤らめる。
「同じ、ですか。あ、あははは。そうかもしれませんね。それとあと、吸魔症の特徴で……魔術に対する素養や適性は高いのですが……その、自分で魔力を生み出す能力は低いんです。それでその、吸魔欲求というものがありまして……誤解しないで下さいね! 私はちゃんと我慢できるので! ただ、そういう物があると言っておいた方がいいかなと思っただけで……」
ちらちらちらちら、フィストの顔色を伺ってくる。
「よくわかんねぇけど、腹が減ったら何か食いたくなるみたいなもんだろ? なら、誰だってそうなんじゃねぇか?」
何がそんなに気になるのか、フィストにはさっぱりわからなかったが。
そこでふと思う。
腹が減っているような物なのだとしたら、我慢するのは辛いのではないだろうか?
フィストなら嫌だ。腹ペコは、我慢できない。
「吸いたいなら、俺の魔力吸うか?」
可哀想に思って、フィストは言った。師匠には、お前は魔力だけはめっちゃ多いと言われている。持て余しているくらいだから、吸われたって困らない。
「だ、大丈夫です! そ、そういうつもりで言ったわけではないので!」
リーゼは真っ赤になって激しく首を横に振った。真っ白い髪がサラサラと揺れ、光を浴びて白く輝く。雪みたいで綺麗だなとフィストは思った。
「そうか? 余ってるから、遠慮しなくていいぞ」
顔を近づけると、リーゼはビクリとして仰け反った。
「いえ!? ほ、本当に、大丈夫ですから! そういう所が、ヴァンパイアなどと言われて恐れられる原因になっているんだと思いますし! わ、私もその、魔力は吸うのは、良くない事だと思いますので……」
はふはふと、苦しそうに喘ぎながら言ってくる。
腹が減ったら食うように、吸いたいのなら吸えばいいとフィストは思うが、本人が嫌だというのなら、それ以上言う事はない。
「そうか? まぁ、無理すんなよ」
とだけ言っておく。
「はい! それでですね。そんな感じなので、両親も私の事は良く思わなかったのでしょう。赤ん坊の頃に、イーサー教会の運営する孤児院の前に捨てられたんです」
不意に表情を暗くして、リーゼは言う。
「奇遇だな! 俺も親に捨てられたぞ! 理由は知らんけど」
師匠は預かったと言っていたが、親には一度も会った事がないし、これからも会う事はないだろう。そもそも誰が親かも知らないのだから、捨てられたのと同じだろう。
その事について思う事も特にないが、初めて出来た友達と共通点があると思うと、仲間という感じがして嬉しい気がした。
そんな事を明るく告げるフィストを見て、リーゼは苦笑したが。
「そうですね。フィストさんと一緒なら、捨てられた事も悪くはなかったのかもしれません」
はにかんで、話を続ける。
「そこのシスターはいい人ばかりで、こんな私にも同情して、色々と良くしてくれました。他にも、色々な事情で捨てられた子供達が多くて、嫌な事もありましたが、良い事の方が多かったと思います」
「そいつはよかったな」
「本当に。吸魔症に対する偏見を思えば、私はまだ、運が良かったのでしょう」
ふと、リーゼは遠い目をして懐かしんだ。
「それで、シスター達と色々相談をして、私のような人間がこの世界で人並みに生きていくには、勇者になるのが良いんじゃないかという事になりまして。孤児院には、イーサー教徒の勇者の方なんかも時々顔を出していて、その方に訓練して頂いて、学費なんかも色んな方にカンパしていただいて、ぐすっ……こうして、アカデミーに入学出来る事になったわけです」
「どいつもこいつもさっきの奴らみたいだったらぶっ飛ばす相手が多いなと思ってたが、そうじゃない奴もちゃんといるんだな」
「はい。あまり多くはありませんが、そういった優しい方も確かにいるんです。なので、私が勇者を目指すのは、自分の為でもあるのですが、そういった方々に恩返しをしたり、同じように困っている人達の助けになりたいと思ったからなんです。勇者になれば、こんな私でも仕事を得て、沢山お金を稼ぐことが出来ますから。寄付をしたり、新しい孤児院を建てたり、色々出来ます。それに、私が勇者になって活躍すれば、同じ吸魔症の人達に対する偏見も、和らぐんじゃないかと思うんです!」
真っ赤な瞳を夢と希望でキラキラ輝かせ、大きな胸の前でリーゼが拳を握る。
「すげーなリーゼは。めちゃくちゃ立派じゃねぇか」
感心して、フィストは言った。こんな奴が友達だと思うと、誇らしい気持ちになる。
「え、えへへへ。その、そういう気持ちがあるというだけの話なんですけどね」
照れくさそうに、リーゼは頭を掻いた。
「気持ちが一番大事だろ。気持ちがなくちゃ始まらねぇって師匠も言ってたぜ」
師匠の場合は、フィストに無理難題を押し付ける時の常套句として使っていたが。
「え、えへへへ」
褒められて、リーゼはふにゃりと笑顔になった。
可愛い奴だなとフィストは思った。同じ女なのに、師匠とは大違いである。
「フィストさんは、どうして勇者になろうと思ったんですか?」
自分ばかり話しては悪いと思ったのだろう。リーゼが聞いてくる。
「俺は別に大した理由はないぜ。師匠がさ、戦い方しか教えなかったから、学校でも行っとけって。勇者の資格があれば、お前みたいなのでもどうにかなるだろって。そんな感じだ」
「私も似たようなものですよ。夢はありますけど、結局は、吸魔症の自分が人並みに生きていく為ですから。な、なので、その、お、同じかな、と」
もじもじと、大きな胸の前で指をイジイジしながら言ってくる。
「なら俺達、似たもの同士って奴か。おもしれねぇな!」
「そ、そうですね! あ、あはははは!」
はにかんで、リーゼがぎこちなく笑う。
「あとはアレだ。俺はずっと魔境に住んでたからな。世の中の事とか知らねぇし、美味い物も知らねぇ。だから、勇者になったら沢山金稼いで、あっちこっち旅して美味いもん山ほど食いてぇな!」
ここまで旅をして分かったが、世界というのはフィストが思っていたよりもずっとずっと広くて賑やからしい。勇者になって、金に困らず好きなように旅が出来たら、楽しいのではないかと思う。
そんな話を取り留めもなく続けながら、二人はのんびり歩いていた。
やがてアカデミーが近くなってきたのか、似たような年頃の少年少女が周りに増え始めた。
彼らはリーゼを見つけると、眉を潜め、指をさし、ひそひそと意地悪な事を囁きだした。
フィストに聞こえるくらいだから、リーゼにも聞こえているのだろう。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、急に口数が減って、俯いてしまった。
「……すみません。私のせいで……」
ぽつりと、そんな事を言ってくる。
「俺はいいけど。気になるんなら、全員ぶっ飛ばしてやろうか?」
適当に拳を鳴らしてフィストは言った。
「……私がお願いしたら、フィストさんは本当にやっちゃうんでしょうね」
泣き笑いの顔になって、リーゼが顔を上げた。
「そりゃ、やる気がなけりゃ言わねぇだろ?」
なにを当たり前のことをと思いつつ。
「で、どうする?」
「……大丈夫です。こういうのは、慣れっこですから」
「それって良くないんじゃねぇか? なんかムカつくし、やっぱぶっ飛ばすか」
リーゼはよくても自分は嫌だなと考え直す。
踏み出そうとするフィストの腕を、慌ててリーゼが捕まえた。
「大丈夫ですから! 大騒ぎになりますし!」
「俺は気にしねぇぞ?」
「私が気にするので!? 入学取り消しとかになったら困りますし!」
「そうか? なら我慢するか」
リーゼを困らせたいわけではない。
まぁ、リーゼはいい奴だから、あいつらもその内分かるだろう。
そんな風に考えて、納得しておく。
程なくして、長い石橋の向こうにそびえたつ巨大な城塞のような建物が目に入った。周囲はぐるりと高い壁に囲まれて、入口には大きな門が待ち構えている。
城など知らないフィストだから、でっけー家だ! と驚いた。
門の前には顔の怖い門番が立っていて、やってきた新入生達はなにやら封筒のような物を彼に見せて通過している。
「緊張しますね」
はにかんで、リーゼも肩から下げた鞄から真っ白い封筒を取り出した。
彼女に習って、フィストも師匠のくれた推薦状を懐から取り出す。
「合格通知を掲げろ」
門番に言われて、リーゼが封筒を前に出す。
門番が手をかざすと、中指の指輪が白く光った。
「入学おめでとう。次」
ニコリともせず祝福すると、門番はフィストに視線を向けた。
「おう!」
元気よく返事をして、フィストが手紙を掲げる。
「なんだ、これは?」
訝しんで、門番が聞いてくる。
「推薦状らしいけど、もしかして、これじゃダメか?」
門番は、一応右手をかざしてきた。リーゼの時と違って、指輪は光らなかった。
「ダメだな」
きっぱりと言ってくる。
「マジか」
あのクソ馬鹿師匠は! と内心で呪いながら、心配そうにしているリーゼに告げる。
「わりぃリーゼ! 俺、入学出来ねぇわ!」
「……えぇぇぇぇええええ!?」
リーゼの悲鳴が長く響いた。
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