第5話 おもしれー女

「魔王戦争はご存じですか?」

「聞いた事もねぇな」

「そ、そうですか……」


 リーゼと名乗った白髪の少女は、精一杯困惑を隠そうと努力しているように見えた。

 フィストがあまりにも常識知らずだったからだろう。

 自覚はあるので、気にしないが。

 全部師匠のせいにしておく。


 あの後、軽く自己紹介をして、一緒にアカデミーに向かって歩いている。

 適当に話していたら、フィストがアカデミーや勇者について何も知らないので、説明する気になったらしい。


「何百年も昔、ゼーガ帝国という魔術に秀でた大国があったんです。その国の王様は物凄い力を持つ魔術士で、魔王と呼ばれていました。それである時、この世界を全部自分の物にしようと戦争を始めたんです」

「悪い奴だな」


 きっと、美味しい物を独り占めしようとしたんだろう。師匠みたいな奴だ。そんな風にフィストは思った。


「それはもう悪い奴なんです。という事になってますね。とっても長い名前の王様なんですけど、とりあえず魔王と呼ばれています」


 フィストに合わせて、リーゼは子供にお話をするように言ってくる。


「ふんふん」


 理解出来るかな、と不安になりつつフィストは頷く。


「それで、沢山の国が魔王の物になってしまったんですけど、それじゃ困るという事で、今まで喧嘩をしていた他の国々は仲直りをして、力を合わせて戦う事にしたんです。その切っ掛けを作った多国籍義勇軍の人達が始まりの勇者と呼ばれていて、えーとですね」


 唇に人差し指を置いて、リーゼが考える。

 フィストは多国籍義勇軍の辺りで頭がこんがらがっていたが、リーゼが一生懸命話してくれているので、最後まで聞く事にした。


「頑張って魔王を倒したんです」

「なるほどな」


 思ったより簡単な話で、フィストはホッとした。

 本当は、リーゼが諦めて色々端折っただけなのだが。


「それで、その時の同盟体制や戦後処理の諸々で出来たのが勇者同盟なんです。魔王戦争の悲劇を繰り返さないように、国際平和と秩序を守る事を目的とした平和維持機構で、沢山の国が加盟しています。その活動の一環として、職業勇者制度という物があるんです」

「……なるほど」


 ノッてきたのか、段々リーゼは早口になってきた。言葉遣いも難しくなって、フィストには何一つ理解出来なかった。が、別にいいやと思ったので、適当に頷いた。


「昔は冒険者というならず者達が自然発生的に治安機構の一部として組み込まれていて、始まりの勇者となった多国籍義勇軍もそういった人達が多かったそうなのですが、社会が洗練されるにつれて色々と問題が見直されるようになり、資格化したといった感じです。とは言っても、今でも冒険者という存在を容認している国は結構あるんですが。それで、勇者資格にはそれまでの功績によって五級から一級まで存在するんですが、五級でも同盟加盟国内での信用証明、ほとんどの国で通用するフリーパス、武具の携帯許可、魔術の使用許可、治安活動の執行権、同盟施設その他諸々の使用許可や利用時の割引等、沢山の恩恵があるわけです。その代わり、勇者同盟の抱える仕事を請け負ってノルマを達成しないと資格を失効したり等級が下がったりするわけで……」


 ひとしきりまくし立てると、リーゼは不意に口を閉じ、涙目になって青ざめた。


「す、すみません! 一方的に話してしまって! その、私、こんな見た目なので、あまり友達が多くなくて、アカデミーでもどうせ友達なんかできないと思っていて、フィストさんが友達になってくれて嬉しくて、つい喋り過ぎてしまって、って私、なにを言ってるんでしょう!? あ、あはははは……すみません……」


 ばたばたと手を振り回すと、リーゼは半泣きになってまくし立て、最後にはしょんぼりして俯いた。


「謝るなよ。わからねぇのは俺が馬鹿なのが悪いんだし、俺が馬鹿なのは師匠が馬鹿なのが悪いんだ。よくわかんねぇけど、面白かったぜ」


 面白いのは話ではなくリーゼだったが。

 それを聞いて、リーゼはホッとしたらしい。


「そ、そうですか? それなら、よかったのですが」


 大きく膨らむローブの胸元を撫でおろす。


「友達なら俺も少ないしな。あんま気にした事なかったけど、人と話すってのは楽しいもんだ。もっと喋ってくれよ」


 話し相手など師匠ぐらいしかいない。それもここ数年は外出ばかりで、ほとんど居付かない。だから、自分を相手にひとり言を吐いてばかりだった。


 そんなフィストだから、リーゼの難しい話でも、結構楽しいと感じる。


 言われて、リーゼはじ~んと涙ぐんだ。

 ぐしゅりと、鼻まですする。


「どうした?」

「ひぐっ。うれしくて、ひぐっ」

「泣き虫な奴だな」

「よく言われます……えへへへ」


 恥ずかしそうにリーゼがはにかむ。


「あの、今更の話なんですが、フィストさんは私の事が怖くないんですか?」

「全然。あれだろ? さっきの奴らが言ってた、ナントカカントカって奴」

「そう……ですね」


 自分で振っておいて、リーゼは後悔したらしい。露骨に元気がなくなる。


「言いたくないなら聞かねぇけど。なにを聞いたって、多分俺は気にしないと思うぜ」


 リーゼが気にしているようだから、言っておく。


「……そうですね。フィストさんはいい人ですし。言わないでおくのは、ズルいと思います」


 決心して、リーゼは言った。


「さっきの人達も言っていましたが、私のような人間は、世間ではヴァンパイアと呼ばれて恐れられているんです。理由は色々あるのですが。一番の理由は、魔王戦争の際、多くのヴァンパイアが魔王の手先となって戦ったからだと思います。魔王には四魔将と呼ばれる特別な配下がいて、その一人もヴァンパイアだったんです。鮮血侯ドラクール。血を好む残虐な男で、彼の率いるヴァンパイア軍は、殺した人間の生き血を浴びるように飲んで凄惨な宴を開いていたと言われています」

「はぁ~。血なんか飲んでもたいして美味くねぇのにな」

「飲んだ事あるんですか!?」


 リーゼはギョッとした。


「魔物とか動物のだけどな。師匠がさ、若返り効果があるとか、栄養が豊富とか言って飲ませてくんだよ」

「は、はぁ……」


 言った所で、リーゼには想像もつかないようだが。


「なんでもいいけど、別にリーゼは人の血とか吸わないんだろ?」


 少しくらいなら別に吸ってもよくね? とフィストは思う。師匠にはよく血の気が多いと言われるフィストである。むしろ吸われた方がいいかもしれない。血の気の話をするのなら、師匠の方が有り余ってそうだが。


「勿論です! でも、そういった迷信が広まっているのは事実なので。実際、以前はヴァンパイアは人ではなく魔族だとして、魔物と同じような扱いを受けていたんです。二十年ほど前に、勇者同盟は魔族の存在を否定し、ヴァンパイアも、吸魔症という特殊な魔術特性を持つただの人間だとして人権宣言が出されたのですが、一度根付いた偏見はそう簡単にはなくならなくて……」

「さっきみたいに変な奴に絡まれるってわけか」


 こくりと、悲しそうにリーゼが頷く。


「……ですので、私と一緒にいると、その……フィストさんも、ひぐっ、い、嫌な目に、合うと……」


 言いながら、リーゼはポロポロと涙を零した。


「今度はなんで泣いてんだ?」


 よく泣く奴だと思いながらフィストが尋ねる。


「だって、えぐ、こんな話を聞いたら、フィストさんだって私なんかと友達でいたくないじゃないですか……」

「そんな事ねぇけど」


 なんでそう思うんだ? と、フィストとしては不思議である。

 リーゼもまた、不思議そうにしていた。


「だ、だって、私と一緒にいると、フィストさんにも迷惑がかかるんですよ? ヴァンパイアの仲間とか、魔王論者とか言われて。嫌がらせをされたり、陰口を言われたりして、絶対に嫌な思いをするんですよ?」

「そしたらぶっ飛ばせばいいだろ」


 あっさりと、フィストは言った。


「ぶ、ぶっ飛ばすって……」


 リーゼは思いもよらないという顔をしている。


「だって、別にリーゼは悪くないんだろ? だったら、ぶっ飛ばしちまえばいいじゃねぇか。出来ないってんなら、俺が代わりにやってやるよ。それだけは、得意だからな」


 シュッシュッシュッと空を殴る。それだけは師匠に感謝している。さっきの相手も楽勝だったし、そこそこ強い方なのだろう。


「でも、フィストさんには、関係ないじゃないですか」


 困惑して、リーゼが言った。


「関係ないって、友達が困ってたら助けるだろ」


 当然のようにフィストは返す。


「俺の師匠なんか、友達に頼まれたからって俺の事預かって赤ん坊の頃から育ててたんだぜ」


 友達は大事にしろと師匠も言っていた。

 何故なのか、理由は分からなかったが。

 リーゼと友達になって、フィストは理解した。

 一人でいるよりも、友達といる方が百倍楽しい。

 簡単な話である。

 フィストの言葉に、リーゼはショックを受けたようだが。


「ひっぐ」


 しゃくりあげて、真っ赤な瞳に涙が滲む。

 堪えようとしたらしいが、あっさり決壊して、ぼろぼろと涙が零れた。


「びぇえええええええ!」


 子供のように泣きながら、リーゼは首から下げた聖印を握りしめた。


「がみじゃまー! ありがじょうごじゃまじゅう! びぇえええええ!」


 フィストとしては、なんのこっちゃという感じである。


「本当にリーゼって、面白い奴だな」


 ケラケラと、フィストは笑った。

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