第4話 結果オーライ
ボキボキと、フィストが拳を鳴らす。
少年達は鼻で笑った。
「ゴロツキめ」
「相手が悪かったな。僕達は、アカデミーに入学する勇者候補生だ」
「奇遇だな。俺もそうだ。お前ら、友達になるか?」
良い機会だから誘ってみたが、向こうにその気はないらしい。
「ふざけるな! アカデミーは真に力のある戦闘術士を育成する、エリートの為の場所なんだ!」
「お前みたいなみすぼらしい恰好をした奴が入学できるわけないだろ!」
「なんだよ。アカデミーってのは、立派な服を着てないと中に入れてくれねぇのか?」
まいったなぁと思いつつ頭を掻く。そういえば昔師匠が、高級レストランという場所はそういうルールがあると言っていた気がする。
「ふふっ」
それを聞いて、白髪の少女が笑った。ハッとして、恥ずかしそうにこちらを見る。
「す、すみません。面白くて、つい」
「なんで謝るんだ? 面白いなら良い事だろ?」
師匠も言っていた。男は顔も大事だが、面白さも大事だと。あと年収と、腕っぷしと、アレの上手さも。あれがなんなのかは知らないが。多分、料理とかだろう。
それはともかく。
「お前はどうだ? 俺と友達にならねぇか?」
まぁ、どうせ断られるのだろうが。
ダメ元で聞いてみると、少女はヒゥッ! っと息をのみ、周りを見て、確認するように自分を指さした。パチパチと、長い睫毛を揺らしつつ。
「いや、お前しかいねぇだろ!」
おかしくて、フィストは笑った。
「お前、面白い奴だな」
他の人間など、師匠くらいしか知らないが。師匠は馬鹿だから、話していると頭がおかしくなる。
「で、どうなんだ?」
「ぜ……ぜひっ! わ、私で、よければ……」
少女は大声で叫ぶと、恥ずかしくなったのか、顔を赤くして声を途切れさせる。
「マジか! ならお前は、俺の友達第一号だ!」
ビッと指をさし言う。
昔の友達を除外してだが。
「あ、ありがとうございます!」
少女は深々と頭を下げてきた。大袈裟な奴である。
「お前ら! 僕達を差し置いて何を勝手に盛り上がってるんだ!」
「邪魔をするなら、まずはお前から痛い目を見せてやる!」
バッとマントをはためかせ、二人の少年がこちらに手を突き出す。
「いけない! わ、私は大丈夫ですから! あなたは、逃げてください!」
「俺はフィストだ」
パン! と拳を掌に叩きつけ、フィストは名乗った。
「拳骨って意味らしい。変な名前だよな。馬鹿な師匠がつけてくれたんだが、なんでそんな名前をくれたのか聞いたら、こう答えるわけだ。お前にはそれしかない。あたしは、それだけで十分なようにお前を鍛えてやるって。本当かどうか、試してやろうじゃねぇか」
ニカッと笑ってフィストは言った。
嘘だったら、今度こそ師匠を恨むが。
「馬鹿が! 僕達は訓練を受けた戦闘術士だぞ! 魔術士でもない人間が、素手で太刀打ちできるわけないだろ!」
「魔術なら俺も使えるぜ」
練り上げた魔力を拳に流す。
「はっ! 練成した魔力を手に集めただけの、初歩的な練気術じゃないか! そんなのはただの魔力操作で、魔術とは呼ばないんだよ!」
「御託が多いが、お前らの言う魔術ってのはくだらねぇ口喧嘩の事を言うのか?」
フィストの挑発に乗って、あっさりと少年達が目の色を変える。
「泣いて謝るなら許してやろうと思ったんだけどな」
「そこまで言うなら、痛い目を見せてやるよ!」
「
片方の少年が唱えた。直後、突き出した右手の先に収束した魔力が形を変え、圧縮空気の矢になって飛んでくる。こんなもの、普通に食らってもさほど痛くはなさそうだが。一応は加減をしたという事なのだろう。
「なめんな」
フィストは適当に手で払い落した。
「ぇ?」
風の矢を放った少年が、目を丸くして固まる。
「いや、驚いてんじゃねぇよ。デカい口叩いたんだ。このくらいは出来るだろ」
相当舐められているらしい。そんなに弱く見えるのだろうか?
「いくらなんでも加減しすぎだ!」
「わ、分かってる! 今度こそ! 風の矢!」
同じ少年が繰り返す。先ほどよりも威力が上がり、普通の矢と同じくらいの威力はありそうだが。同じ事である。
「だから、舐めんなって」
ペシっと叩き落とし、矢を撃ってきた少年に指を向ける。
「めんどくせぇよ。やるなら殺す気で撃ってこい」
魔境で魔物を相手にスローライフを送ってきたフィストとしては、欠伸が出る程ぬるい攻撃である。
「そ、そんな事言ったって」
怖気づいたらしい。
代わりに、もう片方の少年が前に出た。
「後悔するなよ! 死んだって、知らないからな!
高く掲げた右手の先に、燃えさかる灼熱の長槍が生まれる。先ほどのそよ風とは比べ物にならない威力である事は見ただけで分かる。
少年が振りかぶると、炎の槍が猛スピードで飛んできた。
「だめ! 逃げて!」
白髪の少女が叫んでくるが。
フィストはあっさり片手で受けて握りつぶした。
「……嘘だろ」
炎の槍を撃った少年が愕然として呟く。
フィストはじれったくなって叫んだ。
「本気で来いって言ってんだろ! 俺だって馬鹿じゃねぇ! 心配しなくても、無理だと思ったら避けるっての!」
これから勇者学校とやらに入学するのである。遊ぶついでに、ちょっと自分の実力を確認しておこうと思ったのだが。ここまで手を抜かれると、実力などわかりはしない。
と、フィストは真面目に思っているのだが。
「本気だったさ! 今のは、殺す気で撃ったんだ! それをお前は、余裕で握りつぶしたって言うのかよ!?」
青い顔をして、涙まで浮かべて言ってくる。
「え、マジで? 今の、本気だったのか……」
魔境化した火山に住む火吹き竜を主食にしていた時期があるフィストとしては、あのくらいの炎はどうという事もないのだった。
師匠も勇者とか言っていたし、候補生とはいえ、十分の一くらいの実力はあるのかと思っていた。この様子では、千分の一もなさそうである。
なんだか、フィストは気まずい気持ちになってきた。
向こうは本気だったのに、舐めるなとか言ってしまって、悪い気がしてくる。
「……あ、アチー! ナンテアツサダー! 遅れて熱さがヤッテキタミタイダゼー!」
右手を抱きしめ、精一杯熱そうな演技などしてみる。
騙されてくれればいいのだが。そう思ってちらちら顔色を伺うと、少年は真っ赤になって震えていた。
「お、お前! 侮辱するのも大概に!」
「ぶふぅっ!? あははははは、す、すみません! お、おかひくて、あははははは!」
必死に口を押さえて耐えていたようだが、堪えきれず、白髪の少女が噴出した。ツボに入ったのか、腹を抱えて身を捩る。
「あははははは、あはははは、すみません! そんなつもりじゃ、あはははははは!」
逆の立場なら、フィストも笑ってしまう気がする。
それでもまぁ、少年は可哀想ではあった。
完全にプライドを破壊され、ぐすぐすと鼻を鳴らして震えている。
ここは一つ、フィストを奥の手を使う事にした。
本来は、馬鹿な事をしでかした師匠が、怒ったフィストを誤魔化す時に使う手だが。
フィストが使っても、多少は効果があるだろう。
フィストはペロッと舌を出し、可愛く肩を寄せて片目を瞑った。
「ごめんちゃい☆」
「ぶふぅっ!?」
「うわあああああああああああああん!」
「ま、待てよ! お、憶えてろよ!」
白髪の少女が盛大に噴き出し、少年Aはついに泣きだして走り去り、Bの方は捨て台詞を残してそれを追いかけた。
「泣かせちまった。これじゃ俺がイジメたみたいじゃねぇか」
悪い事をしてしまったと思いつつ、白髪の少女に目を向ける。
「あははは! あひゃひゃひゃひゃ! く、苦しい! い、息が! あはははははは!?」
こちらはこちらで、最後の一撃が深く刺さったのか、涙を流しながら苦しそうに笑い転げている。
どうしてこうなった? と困惑もするが。
「まぁ、結果オーライって事にしておくか」
フィストは前向きな男であった。
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