第3話 吸魔症
「いやクッソ大変だったんだが!?」
魔導列車の駅から出ると、フィストは叫んだ。
一か月程かけて、どうにかこうにか、エレオノール盟立勇者学校市にやってきた。その名の通り、エレオノール盟立勇者学校とやらが中心となった街である。長いので、アカデミーとか、アカデミー市と呼ばれる事の方が多いらしい。
どういう場所なのか、いまだによくわからないでいるが。とにかく大変な旅だった。
まず、黒の森を抜けるのに一苦労、そこから人里を探すのに一苦労、運よく盗賊に襲われ、そいつらをしばき倒して手近な街まで送ってもらい、ついでに旅費もゲットした。
気の良い盗賊たちの助言で身なりを整える事にし、初めての風呂屋、床屋、服屋デビュー。文明の素晴らしさに触れつつ、目的地がめちゃくちゃ遠い事に絶望し、その辺のおっちゃんに相談して魔導列車を乗り継いだ。なんでも、一か月程で学校が始まるらしく、ちんたらしていたら間に合わないらしい。
旅費が心配だったが、またしても運良く列車強盗に襲われ、そいつらを叩きのめしたお礼で列車代をタダにして貰った。そうでなかったら、途中で旅費が足りなくなっていただろう。旅費くらい用意しとけよ師匠! と思う。
思い返せば随分濃厚な一か月だった気がする。
あと、いかに自分が世間と隔絶されていたかを思い知った。
全部師匠のせいである。
殴り合い以外にもっと教える事あっただろ!? と強く思う。
「しっかしまぁ、でけぇ街だなこりゃ」
途中で立ち寄った街の中にもそれなりに大きな物はあっただろうが、アカデミー市は別格だった。駅前は高い建物が森のように生え、魔導車が行き交っている。
魔境育ちのフィストには、目につく全てが珍しく映った。こんなに人が多いのも初めてだ。入学シーズンという事で、年の近そうな少年少女をよく見かける。彼らもアカデミーに入学するのだろうか。
「友達か。そういや、そんな言葉もあったよな」
魔境で暮らすようになる以前は、近くの村にそんな風に呼べる相手もいたような気がする。
昔の事で、顔も名前も忘れてしまったが、一緒に遊んで楽しかった気持ちだけはなんとなく思い出せる。
「そんじゃまぁ、お言葉通り、青春とやらを楽しませて貰いますかね」
ニヤリとして一人ごちる。ひとり言が多いのは、一人でいる時間が長すぎたせいだろう。
とりあえず、その辺を歩いているアカデミーに入学しそうな雰囲気の少年に声をかけてみる。
「よう! お前、友達になろうぜ!」
「!?」
気の弱そうな少年は、驚いて一瞬立ち止まると、怪訝そうな顔をして足早に去って行った。
「なんだよ、照れ屋か?」
気にせず、今度は気の強そうな女の子に声をかけてみる。
「よう! お前、俺と友達に――」
「ナンパなら間に合ってるから」
素っ気なく言うと、立ち止まることなく去っていく。
「ナンパ? なんだそりゃ?」
食い物だろうかと思うくらい、フィストは世間知らずである。師匠が物を教えなかったからだ。
その後も何人かに声をかけるが全部無視され、しまいには駅員に妙な事をするなと注意されてしまった。
「友達作るってのは難しいもんなんだな」
呟いて頬を掻く。幼い頃はもっと簡単だったような気がするのだが。
友達作りは一旦諦め、フィストはアカデミーに向かう事にした。
駅員に聞いた話では、道なりに真っすぐ進んでいればその内着くらしい。遠いから、バスを使った方がいいとも言われた。興味はあったが、駅前のドーナツ屋で一抱え程ドーナッツを買ってしまい金がなかった。
「うめー! 魔物なんか焼いて食ってたのが馬鹿みたいだぜ!」
うっすら涙まで浮かべてフィストは言った。魔境での生活は自炊が基本である。普通の動物や虫も食べるが、向こうから襲ってきてくれるので魔物を食べる機会が多い。
正直そんなに美味くないし、焼くだけなので味も似たようなものになる。だから、師匠がお土産に買ってきてくれるお菓子が唯一の楽しみだったのだ。
どうやら、世の中には信じられないくらい美味いものが沢山あるらしい。が、それを買うには金が要る。金の稼ぎ方など、獣を解体して毛皮を売るくらいしか知らない。勇者資格とかいうのを取って楽に稼げるなら、それに越したことはない。
なるほど、師匠は適当だが、正しい事を言っていたらしい。
そんな事を思いながら歩いていると、風に乗って不穏なやり取りが聞こえて来た。
「ヴァンパイアが、なんでこんな所を歩いてるんだ!」
「お前、人を殺して生き血を啜るんだろ!」
「誤解です! 吸魔症は先天性の魔術特性の一種で、魔力を吸収する能力はありますが、血を吸ったりは――」
「魔力を吸う!? なら、同じ事じゃないか!」
「バケモノ女め、この街から出て行け!」
「痛い! さ、触らないで下さい!」
気になって声を辿ると、裏通りで二人の少年が一人の少女を囲んでいた。
人を見分けるのが苦手なフィストである。少年はどちらも、特にどうという事のないやんちゃ小僧という感じがした。
少女の方は、かなり印象的だった。旅の途中で沢山人間を見てきたが、こんな容姿をした者は一人もいなかった。
肩口まで伸びた髪は塩のように白い。肌も同じで、同じ人間とは思えない白さだった。唇と瞳だけが、鮮血を飲んだような鮮やかな赤を宿している。背はフィストよりやや低い。
どうやらフィストは長身らしいので、彼女も女としては大きい方なのだろう。シスターが着ているような黒いローブを纏っており、首からも、教会の聖印を下げている。
「多分だが、そーいうのはイジメって言うんじゃねぇか?」
幼い頃の事を思い出して、フィストは割って入った。
村の子供の中には、森に住んでいたフィストを気味悪がっていじわるをする者がいた。悲しかった。それを見かけた村の教会のシスターが、イジメはよくないと助けてくれた。師匠に相談したら、悔しかったらぶん殴れと言われた。その通りにしたら、暴力はよくないとシスターにめっちゃ怒られた。
「……本当、ろくでもねー師匠だよな?」
言われた所で、二人の少年はなんのことやらと困惑していたが。
「なんだおまえ!」
「この女はヴァンパイアだ! 人の生き血を啜る魔物人間、魔族なんだぞ!」
「よくわかんねぇけど、違うって言ったなかったか?」
なぁ? と少女に視線に向ける。
白い少女は夢でも見ているみたいにぼんやりして、フィストを見返していた。
「おーい。寝ぼけてんのか?」
ひらひらと手を振ると、ハッとして意識を戻したらしい。
「ぁ、ぇ、ぇあ、はひ!」
おどおどして、焦りながら首を振る。照れ屋なのだろう。
「ほら。本人が違うって言ってんだ。はなしてやれよ」
「そんなの嘘に決まってるだろ! 馬鹿かお前は!」
「大体、なんで僕達がお前の言う事を聞かないといけないんだ!」
「そりゃまぁ、聞く聞かないはお前らの自由だが、言う通りにしないなら、俺はお前らを殴るぞ?」
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