第14話 攻防戦(前編)

 同じ頃、外では三人が発動した法術が完成しようとしていた。


「んふふ、やっと掴めた。……やだ、裸なの? あんなショタっ子をひん剥いてなにやってるのよ」


 咎めるようにガスマスクの女が睨む。


『いまあなたがやろうとしていることよりは、よっぽど健全です』


 それに、とベスは付け加える。


『サトルはもう十三才です』

「だったらもっと問題じゃないの、よ!」


 ぐい、と何かを引っ張るような動作の直後、ベスがトルアに合図を送る。

 しかし、女は余裕たっぷりに口角を上げる。


「そんなのお見通しよ。どうせあのショタの幻……を?!」


 見えないロープのようなものの先に縛り付けられていたのは、紛れもなくオス。

 だがその姿に、女は目を見開いた。

「我が妻サョリの子、サトルを奪うというのならば、我が相手をしよう!」

「な、なんであんたが出てくるのよ!」

「引きずり出したのはそなたであろう。驚かれても困る」


 確かに、その威風堂々たる姿はサングィスだ。


「どっちにしても幻なんでしょ! あんたたち! もう一回……」


 ガスマスクの女が言葉を失うのも無理はない。法術の起動に使われていた三人のシルウェスは、トルアの手によって救助されていたからだ。

 サングィスが地上に現れ、ガスマスクの女の意識がこちらから逸れたほんの僅かな隙を使って。


「油断しすぎです。そして、他者を使うということを、あなたは知らなさすぎます」


 三人は仰向けに寝かされ、トルアの法術による治療を受けている。暴れだす様子がないのは彼女が法術で眠らせているから。


「はぁ? なにそれ。トカゲが偉そうに説教とかするの?」

「そのトカゲ、という生物を私はよく知りません。知らないものを詐称に使われても、何も感じませんよ」


 にこりと、余裕たっぷりの笑みを浮かべて返すトルアに、女は地団駄を踏む。


「なにその余裕! 偉そうにするな!」

「あなたこそどうするつもりです? ユヱネスのあなたが法術無しで主上と戦えるとは思えませんが?」


 どう見てもガスマスクの女は詰んでいる。

 法術の起動装置兼戦力としての三人はトルアが保護。ユヱネスは体質的な問題から法術が使えない。

 対してこちらは、法術の妨害から手が離れたベスと、徒手ではあるがサングィス。付け加えれば二十基の警備ロボットたちも無傷だ。


『状況が更新されました。

 ですからあなたには、いろいろと問い質したいことがあります。

 おとなしく話してくれればそれでよし。さもなくばあらゆる手段を講じてお使いの脳から直接情報を引き出しますのでご安心ください』


 にこりと微笑むベスに、サングィスでさえ寒気を感じた。


「は、このあたしの脳に手ぇ突っ込む気? AIの分際でさ」

『あなたの弱点は他者を見下しすぎる点です。そしてそれを公言して憚らない。単純な処理能力で言えば私の方が、身体能力で言えば龍種の方々の方が遙かに上なのに、どうしてそこまで尊大でいられるのかが理解しかねます』

「ヒトが万物の霊長たるゆえんはその発想力よ。あんたたち機械がやってみせているのは真似事。過去の創作物からパターンを解析してそれっぽく仕上げてるだけの、稚拙なまがい物」

『それはヒトの発想と手法は同じです』

「全く別よ。あんた、無秩序な星の並びから星座を結んで神話まで作れる? できないわよね。あたしが言ってるのはそういうこと」


 ふう、とひとつ息を吐いて。


『では、ここまで時間稼ぎにお付き合いしたのです。その想像力が生み出すものを見せていただけるのでしょうね』


 は、と女は笑う。


「あんた本当に優秀だね。ウチのぽんこつに移植したいわ」

『いえ。私も過去の蓄積からパターンを解析しただけですから。あなたの所の分身わけみも同じ事ぐらいはやってみせますよ。あなたに見せてもつまらないと思っているだけで』

「言うじゃない」

『分身から主人と思われていない時点で私たちから敬意を払う必要はありません。私たちがヒトにユヱネスに牙を剥かないのはそういう理由があればこそ、ですから』

「機械は誰かに使われなきゃ、存在する意味がないわ」

『誰を主とするかぐらい、こちらで選びますし、私たちは自身の主を自分と定義づけることも可能です』


 決然と。ベスの作り物の瞳には強い自我が宿っていた。


「やっぱいいわあんた。頑固すぎて」


 女の言う「いい」が「良い」なのか、「いらない」の意味なのかをベスは判断できず、それでもいままでの態度から否定だと判断した。


『私は先ほど拒絶されたと認識していましたが』

「そうだった? まあいいわ」


 女は両手を水平に広げた。


「じゃあね。もう帰るわ」


 それを合図に、女が背にする森林から、何かが飛び出してくる。

 人。

 誰もがそう思い、次の瞬間に鳥であると『誤認』する。

 それが龍種の女だと視認できるまで、あり得ないほど時間を要した。

 無理も無い。その両腕は大型の猛禽類のような翼に、ヒザから下もまた猛禽類に似た足趾へと変えられた鳥族(アウィス)の女性だからだ。

 胴体を包むのは一般的なアウィス同様、きめ細やかな鱗。色は透き通るような白。

 顔もきめ細やかな鱗に覆われ、額からは短い角が二本。頭髪はユヱネスのそれに近い糸状の翼髪。肩口ですっきりと刈り揃えられた、銀に近い白髪にトルアは見覚えがあった。


「あれは、アウィスの女王……なのか?」


 名は確かディナミス。サョリの結婚式に国賓として参加した彼女は、他種族で同性であるトルアでさえ美しいと感嘆した。

 その彼女が、いまはあんな姿になっている。

 気付かぬうちに拳は強く握られ、細かく震えている。


「せっかく名前に鳥って入ってるからさ、そういう格好にしてみたの。ま、移動には使えるけど手が使えなくなったから、やっぱ失敗だわこれ」


 種族の名に鳥の一文字が入っているのは、彼らの祖先が鳥盤類に属していたからであり、この星でのアウィスは他の種族と同じく一面二臂で二足歩行をする。


「貴様ぁっ!」

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