第15話 攻防戦(中編)

「貴様ぁっ!」


 トルアが治癒の法術を中断して飛びかかる。


「失敗とは言ったけどね、ちゃんと元々の性能は維持してるのよ。こいつ。レギュレーションだと物理攻撃以外は禁止だからさ」


 ディナミスはガスマスクの女の前に立ちはだかり、甲高い咆哮をあげる。

 同時に、その口から炎が渦巻いてトルアへと襲いかかる。


「くっ?!」


 とっさに両手を交差させて直撃を避けつつ、突風の法術で迫る炎を防ぐ。


「ね? 法術、だっけ。こいつらが得意なのって」


 アウィスは三種族の中で最も法術に長けた種族。

 その王たるディナミスが法術を不得意とするはずがない。

 僅かに気後れするトルア。その視界の両隅から、二つの影がガスマスクの女に迫る。


「ふんっ!」

『たああっ!』


 サングィスとベス。

 拳と、かかと落としによる挟撃は、刹那に入れ替わったディナミスが放った突風の法術によって吹き飛ばされてしまう。


「転移の法術か……っ!」


 吹き飛ばされ、中空で姿勢を戻し、着地した地面を滑りながらスズカが歯噛む。


「なぁんだ、やっぱり幻じゃない。そのまま出てくればいいのに、なんで幻なんか使ったのよ」


 女の、純粋な眼差しを携えた問いかけにスズカは、地面強く抉ってダッシュ。一瞬で間合いを詰め、回し蹴りを放つ。


「お嬢を、返せ!」

「質問にぐらい答えなさいよ。つまんないトカゲね」


 ユヱネスならば胴から両断されてしまう回し蹴りは、やはり入れ替わったディナミスの突風の法術によって弾かれてしまう。


「学習しないわね、あんた」


 珍しい生き物を見るように女は言う。


「お前こそ何のつもりでお嬢を攫った!」

「お嬢ってあの小娘のこと? だったら心配しなくていいわ。あんたたちの未来のために有効活用してあげるから」


 殺意。

 そんな言葉すら生温い怒気をスズカは全身から発し、吼える。


「あら怖い怖い。そんなに牙むき出しにしたらせっかくの、まあトカゲにしては美人な顔が台無しよ」


 サヴロスの大人でさえ気絶しかねないほどの殺意を浴びてなお、女は哄笑してみせた。


「さ、こっちは答えてあげたんだから、さっきの質問に答えて」


 す、と手を振ると、ディナミスがスズカの真っ正面に現れ、ふわりと浮き上がって足でスズカの頭部を無造作に掴み上げた。


「が……っ!」


 みし、とスズカの頭部から危険な音がする。


「待って待って。まだ訊きたいことあるんだから」


 女の言葉にディナミスは握力を弱め、スズカをただ掴み上げるだけに留めた。


「じゃ、さっきの質問ね。なんで素直にそのまま出てこなかったの?」


 幼女のように無垢な瞳と口調で女は問いかける。


「目を……覚ませ、アウィスの女王……っ!」


 この状況下でも無視を決め込むスズカに、女はすっかり興味を失ったようにため息をつく。


「まあいいわ。どうせ、幻と同じ身体能力を得るとかそんなのでしょうし。こっちが訊きたいことはもうないし、あのショタガキ渡すつもりもないから、あんたはここで、」

『せええっ!』

「はああっ!」


 ベスはディナミス、トルアはガスマスクの女の胴へ、正拳突きを全く同時に放つ。保護していた三人はすでに船内に収容して医療ポッドに漬け込んである。サングィスへ処方した麻酔も投与して。


「少しは考えたみたいね」


 ディナミスはスズカを振り投げてベスへぶち当てて弾き飛ばし、背後のトルアへは振り返らずに突風の法術で吹き飛ばした。

 おかしい。

 スズカとひとまとめに吹き飛びながらベスは思考する。

 龍種はユヱネスよりも反応速度は上だが、それでもユヱネスが対処できないほどではない。にもかかわらず、ディナミスの反応はそれを軽く超えている。

 ならば法術で底上げしているか、あの女がディナミスの脳や神経系に手を加えていると考えたほうがいい。おそらく後者だ。外見をあそこまで変えてしまうような女だ。それ以外をいじることに躊躇するなんて甘い考えだ。

 まったく、と嘆息しつつスズカを抱き寄せて足から着地。地面が抉れて衣服にドロがついたが些細なこと。


『スズカ、しっかりして。起きれますか?』


ぺちぺちと頬を叩いてやるが、起きる気配はない。頭を締め付けられているから無理に動かすことはやらない。警備ロボットを五基を呼び寄せ、起きるまでの警護と、万が一の事態での搬送を命じる。

 そして自身はガスマスクの女に振り返り、腰を落として構える。


「なに、まだやる気? いい加減帰りたいんだけど」

『あなたがサトルを攫うことを諦めない限り、私はあなたへの攻撃を諦めません!』


 言い終えると同時に突進。狙うはディナミス。両腕が翼の彼女は、拳術は不得手。警戒すべきは翼による立体的な軌道からの、対足趾による爪と蹴りと掴み技。

 そんなのを直接相手にするなんて、ベスの永い経験からも初めてだ。

 未知の相手と闘える喜びと面倒臭さの両方がベスを拳を全身を満たす。


『はあああっ!』


 間合いに入ると同時に正面からの正拳突き。だがこれは相手の反応を誘う一撃。予想通りディナミスの姿がかき消える。船のセンサーもフル稼働して姿を追うが、一切の反応がない。


「せっかく盛り上がってるところ悪いんだけどさ」


 なので女の言葉にも処理が遅れたことは、責めないでやってほしい。


「あたし帰るわ。あのショタっ子につば付けることはできたし、あんたたちしつこいし」


 す、と両手を水平にあげ、なにかを待つ。

 センサーに感。上。蹴爪による急襲と判断し、バックステップで避ける。

 しかし、ディナミスが向かったのはガスマスクの女だった。


「じゃあね。トカゲと人形さんたち」


 ディナミスは女の両腕を足趾で掴み、ふわりと舞い上がっていた。


『待ちなさい!』

「そんな決まり文句言われても、ねぇ。いままで一回でも待ったひといないでしょ」


 強く大きく羽ばたいて突風を巻き起こし、ベスを地面に数瞬固定する。


『このっ!』


 義体の両横脛に縦の筋が一本入り、ばくん、と開く。そこからメイン一基、サブ二基の三連ロケットブースターが飛び出す。即座に点火。すさまじい量の煙を吐き出しながら、森林の木々よりも高度を取っていたディナミスたち目がけて飛翔する。


「わお。やるじゃない」


 再度の羽ばたきで追いすがるベスを引き離し、さらなる高みへふたりは上昇、太陽に隠れる。


『その程度で!』


 太陽を背にして有利に立てるのは相手が生物の場合のみ。ベスは瞬時に視覚にフィルターをかけて陽光を遮る。


「しつっこいわね。どっちみちあんたたちは詰み。だってほら、さ」


 ディナミスが甲高く鳴き声をあげる。なんらかの法術が行使されたことはベスにも判断がつく。また突風か、と身構えるがなにも襲ってこない。


「な、なんで! 離して!」


 ガスマスクの女の腕に、サトルが抱きしめられていた。


「こら、暴れるな! 治療液でぬるぬるしてて掴みにくいんだから!」

「いやだ! 離せ!」


 暴れるサトルの右腕はちゃんと繋がっている。船のベスが『ぎりぎりで接合術式が完了している』と報告してくれた。法術の妨害は出来なかったが、最低限の働きはできた。

 あとは、失敗を覆すだけだ。


『サトル! 下に私がいます! 安心して飛び落ちてください!』

「わ、分かった!」

「あっこら! 余計なこと言うな!」


 顔を全身をライトグリーンの治療液で汚されながらも、女はサトルを離さない。


「ああもう、おとなしくしろ!」


 ディナミスがサトルと目を合わせ、鳴き声をあげる。と、サトルの全身から力が抜け、女に抱きつくような姿勢で動きを止めた。


「よーしよし。いい子いい子。って十三歳だっけ」

『サトル?!』

「うん、あんたの言うとおりこの子ショタじゃないわ。筋肉も骨もしっかりある。精通……はまだならこっちでさせるからいいか」


 よいしょ、と担ぎなおして上に視線をやる。こくりと頷いたディナミスは羽ばたき、あと体一つ分の距離まで追いついていたベスを突き放す。


『……サトル! 目を覚まして!』


 そこが限界高度なのか、オンオフしかない単純な構造なのか、あるいは再点火まで時間が必要なのか、ベスのブースターはそれ以上の燃焼をしなかった。


「ベス殿!」


 地上のトルアから見れば、小指の爪ほどの大きさだったベスのからだが見た目のサイズをどんどん大きくしながら落下してくる。

 法術で筋力を増大させて空中で受け止め、ふわりと着地する。

 その間にもディナミスは進路を西へ向ける。

 いけない。

 このままではサトルが。

 船に装備されている重火器も、トルアやスズカの法術も、とっくに射程外にいる三人に、ベスはもう見ることしかできなくなった。


『サトル!』


 悲痛な叫びに応えるように、船から突風が巻き起こる。

 思わず身をすくめるトルアは、突風に法術の流れを感じ取る。


「法術? だが誰が……?」


 トルアの疑問をよそに、突風は次第に渦を巻き、竜巻へと姿を変える。竜巻は上空の三人にではなく森林へと向かう。木々を枝葉を呑み込みながら進み、その色が深緑に染まった竜巻は一気に上昇。三人へと向かう。

 伸び上がりながら竜巻は、自身の余波が生み出す乱気流でディナミスの軌道をめちゃくちゃに乱す。糸が切られた凧のように無様に飛ぶ三人を竜巻が口を大きく開けて丸呑みし、腹に抱えた枝葉で切り刻む。


「サトルさま!」


 あの深緑の竜巻が誰が放った法術か。消去法で考えればサョリだろう。が、いくらサトルを救うためとは言え、あれではまたサトルが傷だらけになってしまうではないか。

 数秒をかけて深緑の竜巻は三人を咀嚼し終え、消滅する。舞い落ちる枝葉と共に三人も森林へ、鮮血をまき散らしながらふらふらと落下し始める。


『あの高度なら!』


 再度、ベスは両足のロケットブースターに点火。トルアが咳き込むほどの白煙をあげて飛翔する。


「待てベス殿! 私も!」


 咳き込みながらトルアも法術で加速して地上からベスを追う。

 サョリを哀しませないために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る