第13話 師弟
『一斉射』
放たれたのは超硬質のゴム弾。
材質こそゴムであるが、ゴムであるというだけで硬度は石と大差ない。当たり所が悪ければサヴロスであっても骨折ぐらいはする威力だ。
立体的に、隙間なく放たれたゴム弾を、三体は事もなげに回避する。そのまま、最初に飛びかかってきた一体がゴム弾を飛び越えてふたりへ肉薄する。
ふたりに動揺は見られない。
ゆったりと、またも鏡合わせに腰を落とす。
「だあっ!」
『せぁっ!』
ゴム弾たちが森林の木々をなぎ倒すのと、ふたりの回し蹴りが最初に飛びかかってきた一体のこめかみを挟撃したのは同時だった。
あんな状態であっても脳へ伝わるダメージとその影響は同じなのか、挟撃された一体は口角から泡を吹きながら地面へ落ち、意識を失った。
「ガアアアッ!」
左右。ふたりの死角から残りの二体が迫る。
「ふっ!」
『はっ!』
振り上げた足を戻す勢いを使って、足裏で二体の顔面を打ち抜く。吹き飛びながら、潰された鼻が盛大に血を吹き出す。背中合わせに別れてそれぞれが蹴り飛ばした相手に追撃をかける。
仰け反りながら吹っ飛ぶ顔面に、まずは全体重を乗せたヒジを落とす。土砂を巻き上げながら地面にめり込む。立ち上がって伸び上がった足首を掴み、引っ張り上げ、足首を脇に挟んで回転。
きっちり五回転させてふたりは手を離し、ゴブリンもどきを放り投げる。二体は船の入り口付近で交錯。互いの脳天を衝突させて落下した。
ふぅ、と息を吐いてトルアは構えを解く。ガスマスクの女を常に視界に入れつつ、ベスへと駆け寄る。
「お見事。サョリさまのお師匠さまとお見受けしますが」
『まあ、そんなところです』
トルアの、サョリの近衞たちが使う体術はサョリが教えたもの。サョリもフウコだったころにベスから指南を受けている。
大師匠に当たるベスとの共闘に、トルアはすっかり感激した様子で彼女を見つめる。
『フウコは、サトルと違ってどんくさい子でしたから、教えるのには苦労しました。ですが、いまのトルアさんのきれいな動きを見て、あの子はちゃんと昇華しているのだと感心しました』
サョリだけでなく自分も褒められて、トルアは口角が上がるのを止められない。
『そうやって、すぐに顔に出てしまうところも、ですよ』
呆れ半分、苦笑半分でたしなめた後、ベスはガスマスクの女に向き直る。
『乱暴なさろうとしたことは、もういいです。あなたがどういう目的で動いているのかも察しが付きました』
「へえ。さすがオリジナル。じゃあ言ってみてよ。答え合わせしてあげるから」
罠だ。
自分が持つ情報をエサにして食いつかせ、その間に次の手を打つための時間を稼ごうとしている。
ならば自分がやるべきことはひとつ。
『このまま素直にお帰りいただけるなら、今後一切こちらに関わらないとお約束いただけるならば、こちらもこれ以上の追撃はしません』
「なにそれつまんない。うちのぽんこつに見習わせたいぐらいよ」
女の軽口には付き合わず、ベスは右手を挙げる。直後、警備ロボットたちが瞬時にガスマスクの女を扇状に包囲する。
『ゴム弾ですがユヱネスの肉体程度なら、簡単に粉砕できます。おとなしく引き下がるなら見逃します。さもなくば十秒後に斉射します』
はは、と哄笑する女。
トルアが右手を横にしてベスの前に立つ。
「遅いっての」
もぞりと三人が起き上がる。あれほど獰猛に輝いていた瞳には意思も感情も宿っておらず、だからこそ、己の胸に鋭利に変質した爪を突き立てることに一切のよどみを見せなかった。
「っ?!」
『な、なんで?!』
中空に置かれたホロ・モニターからサトルが困惑の悲鳴をあげる。
『どうしたのです、サトル』
『ぼくの、からだが、浮き上がってる! 引っ張られてるの!』
はっとして三人へ向き直るトルアが目にしたのは、血にまみれた右腕を掲げている三人と、その血がある法術を励起させている瞬間だった。
「サトルさまが真の目的!」
ガスマスクの女の目が狂喜に細まる。
「だーいせーいかーい。トカゲ由来のくせに頭いいじゃない」
女のあからさまな罵倒にもトルアは動じない。
高位の法術の起動には術者の血液が触媒となる。
威力や範囲は流した血液に比例して大きくなるが、それだけ術者の命も削ることになる。
危ぶむのはあの三人の方だから。
中空のホロ・モニターが猛烈な勢いで数字やグラフを無数に表示する。ベスがサトルにかけられている転移の法術に抵抗していることを示しているのだと、トルアは法術の流れから感付く。
すごい。
三人がかりの法術に、法術以外の力で抗おうとしている。
『やはりあなたは、龍種の研究以外に、あの組織に関与しているのですね』
ベスの憤怒に女の目尻が緩む。
「
『あなただってユヱネスでしょう。
「は、ユヱネスなんて亜種よ亜種。そんなこと感じるわけないじゃない」
『私が人族の行為でいまだ解析しきれていないことが、他者を見捨てても利用しててでも自らの利を優先する行為です。私の主を歯牙にかけようというのなら、容赦はしません』
「じゃあやってみなさいよ!」
言われるまでも無いです、とベスはトルアに向き直る。
『わたしたちでサトルの転移を妨害します。トルアはあの方たちの救護を!』
「は、はい!」
言ってトルアは親指の腹を自身の
それを待ってベスはトルアになにか囁きかける。一度目を合わせ、こくりとうなずき、治癒の術を展開する。
「普通逆じゃないの? AIが法術止められるとでも?」
『法術であろうとなんであろうと、物理世界に干渉する行為なら、解析できない現象などありません。解析出来るということは再現できるということ。積み重ねてきた人類の英知を甘く見ないことです!』
女は、ふぅん、と返し、
「なぁんだ、やっぱりその程度か。オリジナルだから少しは期待したんだけど。じゃあどうしよっかな」
人差し指を顎のあたりに当てて思案するような素振りを見せる。
「ま、いいわ。いまはあのショタっ子だけで」
ばっと手を挙げると三人に異変が起きる。
掲げていた右手からだけでなく、胸の傷からの激しく出血し、術の完成が近いことを告げる。
「さ、いい子だから出ておいで。きれいなおねーさんが待ってるからね」
くすくすと、ガスマスク越しにも分かる笑みを零し、女は右手を船へ向ける。
『させません!』
* * *
決然と叫ぶベスの声をサトルは治療ポッドの中で聞いた。
医療ポッドが並ぶ医務室は、部屋の中に竜巻が生まれたように激しい揺れに襲われていて、全てのポッドも激しく揺さぶられている。
『な、なにが起きてるの、ベス!』
『法術です。サトルをポッドから引きずり出そうとしている模様。現在、船の能力全てを使って妨害しています』
答えたのは、船を統合管理しているベス。人型を動かしている彼女は、別の人格を持って動いている。
『ベス殿、我をここから』
『サングィスさまは! 喋ることすら危険なほどの絶対安静だと何度も何度も何度も何度も言っているでしょう!』
『しかし』
『ああもう、薬で眠ってもらいます!』
『や、ま、待ってく……』
口に付けられたマスクから、麻酔薬を一気に噴出されてサングィスは五秒ともたずに眠ってしまった。
『まったく。こちらの舌の根も乾かないうちに!』
怒るベスにサトルは恐る恐る言う。
『だ、大丈夫なの? サングィスさまは』
『ブラキオサウルスも十秒とかからず眠る麻酔ですが大丈夫です。私を誰だと思っているんですか』
こういうときのベスはおっかないが冷静だ。サトルもサングィスに危険が及ぶのは望んではいないので彼女の処置に内心ほっとした。
『でも、部屋全体がガタガタいってるのに、こっちは大丈夫なの?』
返答に間があった。
『正直に言います。義体の私とトルアががんばっていますが、完全に阻害することはできません。このままではサトルは外に、あのガスマスクの女性の元へ引きずり出されてしまうでしょう』
『ちょ、ちょっと待ってよ!』
『ですから、時間を稼ぎます。あの女性が諦めてくれるまで、耐えてみせます』
ベスは、ウソが下手だ。
だから、サトルは決意する。
『ぼくの治療は、どれぐらいで終わるの?』
『右腕の縫合は終わりました。神経も筋繊維も血管も繋がり、以前と同じように動かせます。ですが、左腕は繋がっただけです。いま外に出て戦えば、これから生涯、剣術などの繊細な挙動は不可能な損傷を受けてしまいます』
見抜かれていた。
『接合まであと、いえ、再手術が可能な段階までの治療を終えるまで、あと十三分です。大丈夫です。それぐらいなら、耐えて見せますから』
正直に答えてくれたのだと感じる。
『でも、ぼくが目的なら』
『信用がおける相手なら、そうしたでしょう。ですが、あの女性はいけません』
『そうだ。あの女はあたしが相手をする。あの女はお嬢の行方を知っているだろうからな』
割り込んできたのはスズカ。
『やっぱり、あの三人なんですか? スズカさんたちを襲ってタリアを攫っていったのって』
『ああ。私が襲撃を受けた時にあの女の気配は無かったが、三人が付けさせられているあの仮面は見間違えようがない。
あそこまで弱くなっているのは、転移の法術を起動させるための条件が、あの姿で気絶することだからだろう』
『そんな無茶な条件で発動とか、なんで』
『自我が残っていれば、命を賭すような法術の発動にはどうしても躊躇してしまう。命令者に心酔していれば可能だろうが、あの三人は仮面により無理矢理従わされている』
『転移の法術ってそんなに難しいんですね』
視線をやったサングィスは麻酔で眠っている。ベスの話によれば、彼のからだは限界に近い状態だった。それでも彼はサョリを救うために法術を使った。
二度も、だ。
『いや、転移の術自体はそれほど難易度は高くない。そうでなければ、お前たちの歴史で言う六五〇〇万年前に我らが祖先がこの星まで避難することなど出来なかったからな』
だが、とひと息置いて、
『どんな形であれ法術は術者の命を削る。サヴロスは法術をあまり得意としない種族だから余計に負荷も強い。あたしもサヴロスの血が入っているから札の形にして負担を減らしている。
お前たちユヱネスは法術を使えない。だからお前は機械を使って擬似的に身体強化の法術を使っている。
あの女からすればあの三人は、お前にとっての法術ギア。だから身体に負担は無い。実に、実に腹立たしいがな』
歯ぎしりしつつ、スズカは天井を見やる。
『ここから出してくれ。あたしなら治癒の法術で治しながら戦える。あの女に一発くれてやらないと、気が収まらない』
それは、とベスは口ごもった。
『頼む。同胞が苦しみ、なによりあの女の向こうにお嬢がいるんだ。あたしをこれ以上傍観するだけの役立たずにさせないでくれ』
わかりました、とベスは答え、外にいるベスと通信を繋いだ。
『ありがとう。礼は必ずする』
『いつまでも待っています。私の時間はほぼ無限ですから』
『社交辞令じゃない。約定として必ず果たす』
ふふ、と笑い、たしなめるように言う。
『そういう生き方、苦労しますよ』
『お嬢にも、よく言われる』
そんなふたりを、サトルは静かに見つめていた。
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